2010年4月12日

龍馬伝

NHK大河「龍馬伝」の調子がいいようです。

歴史家の同僚に言わせると「点と点を自由につなぐことのできるドラマはうらやましい」とのこと、いろいろと疑問点はあるようです。しかし、国家や時代の要請で押しつけられる歴史像よりもずっと心地よい気がします。

ところでこの「龍馬伝」、僕はもっと別の視点から楽しんでいます。実は何度も何度も繰り返して見ています。飽きないのです。

それはカメラアングル。一連のカットを多くのカメラが取り囲み、連続的に、また時には不連続に、迫っていって何かを伝えようと試みられています。それは与えられたアングルというよりも複数のカメラマンがそれぞれ独自に迫り、複数の独立した目でドラマを多角的に解析しているようで、まるでピカソのキュビズムのようでめまぐるしくドラマが進行してゆきます。役者の向こうにあるはずのカメラが見えるようで見えない、ギリギリのところでカットされているかのようです。

そのHPには次のように説明されています。
「「龍馬伝」のチーフ演出を担当するのは大友啓史。・・・徹底的にリアルで濃密な人物描写―。そして奥行きや広がりを感じさせる美しい映像―。あらかじめカット割りすることなく、複数台のカメラを様々な角度から回し、自在の編集で組み上げていくという手法で、その世界観を描き出していきます。」

統制のとれた静かなドラマよりもこのような動きのあるバラバラなアニメのようなドラマチックな映像にひかれてしまいます。それは個や部分が作る豊かな創造行為、「集団による創造性の開発」につながるのではないかと感じられます。

2010年4月11日

大阪都

「大阪府の橋下徹知事をトップに4月に旗揚げする地域政党「大阪維新の会」が訴えの柱とする「大阪都構想」案が24日、判明した。

 全府域を「大阪都」とし、大阪市と堺市を分割して周辺9市とともに計20の「都区」(仮称)に再編。東京都と23特別区のように、各市の広域行政機能を新都に集約し、各都区には公選制の区長と区議会を置くとしている。5年以内の実現を目指す。」(2010年3月25日 読売新聞)

橋下知事には少なからず期待していました。しかし、東京への傾倒は大阪のアイデンティティを見失ってしまうことでしょう。これまで何度も繰り返してきた愚行です。山手線にならった放射状の拡大化、水の都を台無しにした湾岸副都心開発、成田のような遠隔地空港、、、、など大阪の地盤沈下の原因の一つかもしれません。

府と市の一元化は必要かもしれません。しかし、もっとリベラルなやり方で、東京とは異なる新たな都市モデルを見出すべきです。それはマンハッタンのような高度に周密化し、それらがもたらす利便性や効率性、そして自由性から生み出されるものなのではないでしょうか。

かつての北、東、南、西の4区とそれらを縦につなぐ、南北の都市軸のなかにすべてを詰め込んでゆく、大きな特別区1区を、自立性と領域性を持った都市国家のように、また自由と集中とを特権とした香港のように、あるいは特別の機能のみに特化されたワシントンのように、、、、、、、新たな発想を持ったビジョンの構築が求められています。

2010年4月3日

コミュニティシンクタンク再起動

ながらく、更新をサボってきました。この5ヶ月間、新たな方向を模索し、自らギャザリングを試行してきましたが、新たな仲間に恵まれ、「Community-Thinktank」をスタートさせることが出来ました。コミュニティシンクタンクmocoをさらに進化させ、政治にも経済にも、そして古い慣習にもひるまない共同体として突き進んでゆきます。
詳しくは→http://community-thinktank.org  まだトップページだけですが、これから活動を報告してゆきます。

また、設計では大学キャンパス設計の機会を与えられ、研究では内井昭蔵論構築のための準備を行ってきました。いづれも「集団による創造的行為の開発」を進めるための貴重な実践となります。

「Community-Thinktank」の新たなテーマはDirectionです。

2009年10月27日

駅とは。。。パブリックコメントへ

東岡崎駅北口駅前広場整備計画(素案)について 提言書 091018

駅とは何か?それは単なる通勤電車の乗降駅でいいのだろうか。


JR岡崎駅/東岡崎駅計画案






JR岡崎駅や現在構想されている東岡崎駅のようなインターチェンジのような車中心の駅から何が生まれるでしょうか。何も生まれません。

人の姿はどこへ行ってしまうのでしょうか。人の姿など考えられていません。
岡崎の駅とは通勤乗降客が毎日行き過ぎるだけのものでも、彼らを駅まで運ぶバスやタクシーやマイカーの待合場所でもないはずです。

それは町の玄関であり、町の顔だという意識が重要です。

外部から来る人は岡崎がどのような町だろうかと胸をわくわくさせており立つ場所であり、市民は我が町、我が家へ帰ってきたとほっとする場所であるはず。だから、駅とは町そのものであるはず。

市民が集い、町を表わす駅とはどのようなものだろうか?

それは水と緑と歴史文化が輝く(行政の掲げる岡崎のテーマ)駅でなくてはなりません。どこまで視野を新たに、忘れられているものを発掘するか、かかわる人たちの想像力が試されるのです。

自分たちの利権だけで町づくりはできない。地元の商店主の綱引きで方向が定められては市民はたまったものではありません。地域の関係者の狭い視野で考えられては貧困な駅しかできないでしょう。

私なら次のようなコンセプトを構築します。


風土や景観/緑、丘、地勢、風の道、乙川、桜並木、岡崎城
歴史や森/六所神社、龍海院、萬徳寺、永昌寺
そして何より駅とは何かに対する強い理念/中心性、人の集まる広場、マーケット
などコンセプトが不可欠です。

新たな構想は、背後の丘の緑や風の道を駅に引き込み、岡崎の新しい中心をつくるセントラルパークとしての駅となる。

駅とは次のようなものをいいます。岡崎を象徴する東岡崎駅構想を提言します。

1.広場をつくる。













2.六所神社とつなげ、参道を復活させる。(かつて名鉄本線は参道を分断し、敷設されました。)












3.丘からの風の道を取り込みます。













4.町への視線を確保する。岡崎城を意識し、乙川の匂いを感じる。












5.広場にマーケットを設置する。















2009年9月23日

フィンランドの教育

フィンランドメソッドと言われるその教育方法に注目が集まっています。

福田誠治氏の「驚きのフィンランド教育  格差をなくせば子どもの学力は伸びる」を見てゆくと、格差をなくすというそのテーマより、多様な生徒を一つのクラスに混在させ、それぞれを多面的に指導するその驚くべき風景が描かれていることがわかります。それはメソッドというような一つのやり方ではないし、表面的な方法論でもありません。

授業の進め方は学校ごとに、教員ごとに決められている。複数の学年が20-30人程度の一つのクラスであり、家庭のような雰囲気と空間を持った教室のどこでも好きな席で授業を受ける。生徒の進行状況や意欲など、その時々の状況に合わせて、いくつもの授業が一つのクラスで同時並行で行われているかのようです。
標準化された教室、30-40人ほどの生徒が整然と机を並べ、TOPで決められた教科書や教材によって、ひとりの教員が一斉に全員の生徒に話しかける日本の授業風景。そこでは、余計な声や視線や関心はそこには無用のものであり、クラスを一つにまとめ、統括することが教員の務めのような印象もあります。
フィンランドの授業風景はかなりそれとは異なっています。グループで勉強する生徒、一人で考え込む生徒、一人で先に進む生徒、もちろん理解のスピードも、学んでいる内容自体も生徒によって様々です。
教員の視線と支援はその一人ひとりに注がれ、一人ずつ異なる支援を同時にいくつも行わなければならない、、、、その能力は日本の教員のそれとは大きな隔たりがありそうです。
一つのことを全員に同時に教えることさえままならないわけですから、、、、。しかし、よく考えてみると、むしろ、一つの枠に押し込め、一つのシステムで対応しようとするそのようなことの方が難しいことかもしれません。かつては学校や教員を聖域化、聖職化することで、そのような困難でかつ不思議なことができるような錯覚を与えてきたのかもしれません。
フィンランドの授業は大学でのゼミの授業のようなものに感じます。今僕は、3,4年の2学年20人ほどに一つの設計課題を与え、学生それぞれ自ら課題に取り組むことで授業を進めています。設計課題に対するそれぞれの答え、答え方はかなり方向の違ったものですし、それぞれの方向に特化するように個別にアドバイスをしなければなりません。だから同時に20の課題を勉強していることになるし、20の取り組むスタイルがそこにはある。
「高校までは、まわりと同じことをしないと親が心配し、他人と同じことができないと教員から評価されなかった。また、他人と同じでないと目立ってまわりからいじめにも遭っただろう。しかし、これからの社会では他人と同じだったら評価されないよ。」毎年、入学してくる大学1年生に僕はこのように伝えています。
フィンランドでは小学校からそのように教えられ、自ら学び、自ら行動しているかのようです。学校社会という特別の、聖域化したものではなく、HOUSEのような居心地のよさとHOMEの雰囲気の中で、COMMUNITYの多面性を持ったいつもと同じ普通の社会の中に学校はあるのでしょう。

2009年9月21日

「ビーチ図書館」

「大学生が「ビーチ図書館」開設プロジェクト/横浜

砂浜で読書の秋?-。ビーチの利用の幅を広げようと取り組んでいる東海大学の学生による「ビーチライフ創生プロジェクト」(高市慎太郎代表)のイベント「砂浜の図書館」が20日、横浜市金沢区の海の公園に開設され、親子連れらが砂浜での読書を楽しんだ。今年で2回目。21日、10月4日も開設される。 

同プロジェクトは東海大学の学生が中心となって取り組み、「秋のビーチの楽しみ方」を提案するもの。書籍は市民などから寄せられた小説や絵本など約350冊を用意。砂浜には、シートを敷き、背もたれ用の板を砂浜に差し込んで作った座いす約40個で観光客を出迎えた。 砂浜にずらりと並ぶライムグリーンの座いすに当初は困惑気味だった観光客も、趣旨を説明されると、興味のある本を持って靴を脱いで着席。心地よい潮風が吹き抜ける中、足の下の砂の感触を楽しみながら、本を読みふけっていた。 

近所に住む主婦の小林英代さん(40)は「風がとても気持ちいい」と話し、長男の優人君(11)も「家では読まないけど、ここだったら読書も気持ちいい」と満足した様子。 高市代表は「一年を通してビーチが楽しめるよう取り組んでいきたい」と話している。 」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090920-00000023-kana-l14 より)

「本が焼けるから」と言って閉鎖性を高め、「市民が本を盗むから」快適な環境なのに窓をあかない構造にする。落ち着いた空間が欲しいのに規定の明るさを確保するため眩しいくらいの照明を設置する。静かな読書のための空間があればいいと言って、本の世界とつながる多様な生きた活動を放棄する。

今、それが日本の大部分の図書館の姿であり、利用者のニーズではなく、本を管理する側の条件で計画、運営されています。日本がまだ貧しかった時代の過去の図書館像が今でもそのまま現代に引き継がれています。これでは、誰も図書館や本には興味を示さないでしょう。

そうした中で、「本物の図書館」、「生きている図書館」を目指して、いくつかの試みが行われるようになってきました。この「ビーチ図書館」もまさしく、そのひとつです。

こうしたニュースを耳にすると、温めてきた市民による市民のための図書館設立に向けて勇気と意欲と可能性が立ち上がってゆきます。

2009年9月19日

NPO法人東京コミュニティスクール

NPO法人東京コミュニティスクールはコミュニティスクールを推進し、実際に経営するNPO団体です。その設立趣旨がWEBSITEに述べられています。(長い一文ですが、、、)

「特定非営利活動法人東京コミュニティスクールは、子どもたちとその教育に関わる親、教育関係者、学生、地域住民を対象に、コミュニティスクールの運営を通じて「思考と行動のつながり」をベースにして学ぶ学習スタイルとその教育の具体的な進め方についての研究開発、実践、提案、普及を行うとともに、学びの選択肢の多様化とその選択の自由に関する社会的認知・支援を獲得していくためのさまざまな活動を行い、子どもと大人が共に一人一人の市民として豊かな社会生活を創り出していく活力のある社会の実現に寄与していきます。」(http://tokyocs.org/0130_aboutus/npo_3.html より)

まだまだ、私立のフリースクールのようにも感じられますが、何より標準設計の監獄のような校舎の中で整然と机を並べて行う教育ではなく、アットホームな雰囲気の中で独自の教育が行われているようでフィンランドでの授業風景を思い起こさせるようでした。



ただ、学校教育法第1条に定める小学校ではないため、子どもたちは地元の公立小学校に学籍を置いたまま通い、学期ごとに保護者がここでの出席や学習の記録を学校長に提出することで在籍校で公的な出席記録として認められ、卒業の認定が行なわれるようです。


募集要項や教育費用が以下のように記載されています。


【募集人員】 新1年生~新6年生
【定員】 1クラス12名×6学年 合計72名
【対象と時期】 ・原則として小学校1年生から小学校6年生まで。 ・定員に至るまでは随時、生徒の募集を行ないます。
【選考の基準】 ・保護者とスクールの考えに基本的な相違がなく、グリーンシートの内容への同意があること。 ・子どもが、東京コミュニティスクールで学ぶことに対して前向きに考えていること。 ・子どもが、他の子どもたちやナビゲータとのコミュニケーションがとれること。

【入学考査料】 5,000円(入学選考時)
【入学金】 200,000円
【学費】  60,000円/月(720,000円/年)
【寄付金】 一口20万円 
【その他費用】<教材費><研修旅行、校外学習費用><NPO入会費用>

2009年9月18日

コミュニティスクール

コミュニティスクールとは地域がつくる新しいタイプの公立学校です。有志による設立提案を地方自治体が審査して学校を設置し、任命された校長がマネージメントチームを率い、教員採用権と経営権を持って学校経営を行うというものです。



「教育委員会が日常的に監督しないと教育の質が保てない」「有志による教育だと偏向的、反社会的教育の場になる恐れがある」「教員をリクルートするとなると、教育の公平さが保たれない」「特別の教育は私立学校で行うべきである」「特殊なニーズに公立学校は適合しない」・・・・・・・金子郁容氏による「コミュニティスクール構想」には学校を変革させるために経営的概念を持ち込もうとする金子氏と旧態然とした教育関係者との格闘が描かれています。


出版されたのが2000年ですからそれ以来9年がたっています。文科省でもコミュニティスクールの普及をめざしてすでに266校(20年度)の公立学校で実践的研究を始めています。まずは既存の校長をトップとした教員システムのなかに地域有志からなる学校運営協議会を設置しているのですが、、、、。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/community/index.htm



教育大学や教育学部を卒業したばかりの教員の卵が、採用されれば1年目から担任を受け持つなど教育システムの歯車となり、「先生」と呼ばれる。子供との力学的関係は明らかであり、教員には間違えることが許されないとプレッシャーとなるでしょう。また、大切な授業では指導要綱から外れることができずお決まりの解説を続けてゆかねばなりません。


コミュニティスクールとはこうした課題を打破し、教育の本質へ向かうための試みであるはずです。地域の様々な人たちが学校の中に入り、もっと異なる世界観を教員に教えてゆく必要があるのではないでしょうか。それによって閉塞した一元的な関係を打ち破ることができるのではないか、それによってしか改革することはできないのではないかと思うのです。


地域に開くとは、これまでの教員と生徒との一元的な関係によって閉塞した学校社会の中に、新たな価値観を持ち込むことではないでしょうか。「新たな」といっても一般の社会の中では至極当然の価値観なのです。


それが地域に開くこと、学校のオープン化です。コミュニティに開き、コミュニティを受け入れることですね。


1980年代、小学校ではオープンスクール化が実験的に試行され、一部の先進的な学校では成功したかに見えましたが、むしろそれ自体が定番化されてしまい、単に教室の壁を取り外すことのできる学校が定着しただけになってしまいました。


生徒と教員が向かい合うだけの一律の関係を持つ教室、がらんどうで、さびしげで、冷たく、しかも音響性能は悪く声が響き渡る教室や廊下、古い企業の事務室のように机が並べられた教員室、こんなところで豊かな活動や仕事ができるわけがありません。


オープン化とはこれまでの学校という価値観で作られるのではなく、多くの価値観を混在させるような、温かで、居心地がよく、誰もがくつろげるような雰囲気の中でコミュニケーションに溢れる空間となることが不可欠です。


絶えず、地域の誰かが訪れて、地域の拠点ともなって、彼らとともに自然体の中で、生徒と教員が向かい合い、混ざり合う、そのような学校がこれから必要なのではないでしょうか。それがコミュニティスクールなんだと確信していました。


グリーンニューディールと言って、IT環境やソーラーなどエネルギー設備に予算をかけてる場合ではないですね。教育環境そのものに真剣に取り組む必要があります。

2009年9月4日

1勝9敗/ユニクロ

柳井正氏は、ユニクロは失敗ばかり重ねてきたと書いています。

成功ばかりだと、保守的になり、形式化をもたらすのであり、それらは市場の変化へ対応が不可欠な小売業には致命的なものであるようです。
詳細に描かれている起業からのプロセスを読んでいると、試行錯誤の多さとそれから学び、実行することへの素早さが大切であるのだと思わずにいられません。
そこに「1勝9敗」の意味があるようです。
また、組織や人事評価についても語られていて、とても興味深い内容も明かされています。現在の社会にとても有用です。


ひとつは組織のあり方。仕事を組織に合わせるのではなく、仕事を行うための組織をその仕事に合わせることが大切さであり、その構成、つまり人員の配置とその目標を絶え間なく、仕事に合わせて変え続けることであるようです。組織は流動化し、外部からは組織の形さえ見えないこともあるそうです。

また、組織は部長とリーダーと社員の3部構成で成り立っています。リーダーとスタッフとはチームを組み、プロジェクトごとに役割を変えて業務を行っているので、基本的には部長とチームによる大変フラットな運営となっています。

人事権とは経営者やリーダーの職務の一つですが、状況に応じて柔軟に、また確実に対応できている会社は少ないのではないでしょうか。

もうひとつは、集団主義ではなく、実力主義となるきびしい評価。人が働く大きなモチベーションとして正当な評価の必要性があげられています。

その評価は意外にも自己申告によるもので、4半期ごとに人事考課をし、その期間に何をどのように成したか、自分の業績を自分でアピールする、、、、それを、面接に時間をかけて評価するようです。それは人材教育にもなるし、モチベーションも上がるし、何より能力の差を見分けることができるということなのでしょう。

90年代後半、首都圏ではまだディスカウントショップと間違えられることもあったユニクロはその直後、フリーズの販売が成功し、新たなカジュアルなファッションブランドとしてそのデザインが確立されます。そのデザインコンセプトがいつ確立したのか、誰のデザインか、考えていたのですが、、、、このフラットでストレートな経営手腕がカジュアルでユニセックスなファッションを研ぎ澄ませていったのかもしれません。

デザインとはしくみを現わし、描くことなのです。

2009年8月24日

うちの集落のスポンサーになりませんか

「うちの集落のスポンサーになりませんか――。新潟県十日町市松代地区の峠、蓬平の2集落が、4月から里山の再生を支援する企業を募集する。


同市、津南町を舞台に3年に1度開催される現代アートの国際展「大地の芸術祭」の一環で企画された。


出資企業には、
〈1〉集落内に設置されたアート作品のスポンサー契約
〈2〉地元の田んぼで収穫されるコメの契約栽培(1~2ヘクタール分)
〈3〉社員研修などとして年3回の体験交流活動――をセットで提供する。
出資金は、芸術祭の運営費や集落での活性化事業などに充てられる。


契約期間は原則3年間で、出資額は集落や契約栽培の面積に応じ、年額302万~494万円。4月から首都圏の企業や大学など350団体を対象にダイレクトメールなどで募集を始める。


出資を募る2集落は、いずれも市街地から15キロ以上離れ、棚田が連なる中山間地に位置する。過疎化を何とか食い止めようと、スポンサー探しに手を挙げた。

31世帯65人の峠集落は、住民の半数以上が65歳以上と高齢化が進む。2006年の芸術祭で日大の学生らと協力して作品を制作。今夏の芸術祭でも、空き家を利用し、住民と学生らが来訪者にコロッケを振る舞う「コロッケハウス」が出展される。(2009年3月24日16時26分 読売新聞)」


未来の見えない農村地域の発する声をどのように受信し、文化や環境などに関心を示す企業が地域の活動にどこまで取り組めるか、楽しみな企画です。

80年代に企業が意欲的に取り組んだメセナ「企業の行う芸術文化支援活動」は一時的なものに終わってしまいました。芸術分野をリードしていたセゾンミュージアムが閉鎖されて、西武百貨店もその先進性や華やかさが失われてしまいました。サントリーミュージアム「天保山」も閉鎖が決まったようです。

今、企業の視線はエコを中心とした環境や福祉に対する「社会貢献活動」に変わってきました。これらも一過性のものになるのでしょうか。

ルーチンワークの多い企業活動、減点主義の経営管理、そうした実務にまじめに取り組む企業にとって、若い学生たちや意欲的な市民がボランティアによって大切なことを学んでゆくように、こうした新たな試みを勇敢に進めてゆくことから学ぶことはとても多いのではないでしょうか。

一方で、先に声を発して自立した町「矢祭町」には名誉市民になりたいと言って町を支援する著名人が多くいるそうです。

彼らは町において、講演会など、啓蒙支援活動を頻繁に行っているそうです。柳田邦男氏、櫻井よし子氏、、、。地域が自由や理想を発信し、その活力に応える支援者。彼らも町の活動から勇気と希望を授けられ、自らの活動に活力を与えているのではないでしょうか。

そうした、互いの活力を相互に交換させ、関係づけてゆくことが社会における自らの立場を社会に向けて発信しているようでなりません。PR パブリックリレーションですね。

PR、地域も企業ももっと深く考える必要がありそうです。

2009年8月23日

郵政民営化は圧倒的な民意ではなかったのかな

今社会は地方分権化へ。しかし、地方のあり方は旧態然としたままで、財源だけ地方によこせという要求は中身のない議論に陥りかねません。 何より、自民も民主も掛け声は地方分権化であり、その違いもわかりにくい。

そして、二党とも同じように郵政民営化に逆行するような方向です。

4年前、世襲制や税金よる施設を借上げる利権としての「特定郵便局」に疑問を持ったものでした。しかも、地方に分散しているというように見えて、都心のある地域には一方的に集中しているのです。

「特定郵便局(とくていゆうびんきょく)は、郵政民営化以前に存在した郵便局の分類のひとつである。郵便局には他に普通郵便局と簡易郵便局があるが、全郵便局の約4分の3が特定郵便局であった。

1871年の郵便制度発足時に、「三等郵便局」制度に由来する。三等郵便局は明治時代に公費で郵便局を全国に設置することが財政的に難しかった中で全国にいち早く郵便制度を浸透させるため、郵便の取り扱いを地域の名士や大地主に土地と建物を無償で提供させて、事業を委託する形で設置された郵便局である。」

しかし、現代では制度が確立し、その状況は変わっています。

「特定郵便局長の任用は自由任用である。25歳以上(一定条件の場所では30歳以上)から55歳以下で公務員としての欠格事由に該当しない場合には応募することができた。だが、特定郵便局長は公募がほとんどなく、事実上特定の関係者(主に局長の親族)しか知り得なかったこと、自営業としての性格も持っていたことから、事実上の公職の世襲という指摘がなされてきた。

特定郵便局の局舎は、それぞれの局により異なるが、国営局舎、自営局舎(個人・企業他)とあり、その他に郵政福祉などの外郭団体が有している場合もある。
かつての国営局舎は国(公社化以降は日本郵政公社)が所有しており、改築等も国(または公社)の費用により行われていた。自営局舎は、その名の通り特定郵便局長が個人で土地、局舎を有しており、書類上、日本郵政公社が借り上げている形になっており、国が局長に対して家賃等を払っていた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%AE%9A%E9%83%B5%E4%BE%BF%E5%B1%80 より)

制度が硬直化し、有益な利益が古い利権となって、過疎化へ進む地方を阻害するものになるのではないでしょうか。利権は利益の見えない所へは手を伸ばさないはずです。むしろ、新たな民によるネットワークを構築すること、それを進めてゆくことが、地方分権化に進む地方自治においても必要なことではないでしょうか。

今しかし、それは「地方分権」という大波の中に忘れ去られようとしています、、、、。

2009年8月22日

ドラマティック

ドラマの様相が変わってきたように思います。
それらはTVの画面の中ではなく、いつでもどこでも見れるようになりました。http://youtubetvdoramadouga.blog111.fc2.com/ などで自由に見ることができます。1週間ごとに間を置きながら見るより、むしろ10-12話程度の1クールの全体像やそのストーリーははっきり見えてくるのです。


歌舞伎のように大見えを切るのでもなく、大根役者のように大げさな身振りをさせるのでもなく、多くのドラマがごく自然な姿勢で、私たちの目線から描かれるようになっています。

医師や政治家の倫理問題、脳科学や物理学への興味、チームやプロジェクト室の記述、現代社会の問題がそのままストーリーとなってドラマが制作されています。

ドラマのエンディングには、「このドラマはフィクションです」とテロップが流れてきます。ドラマとはフィクションのはずなのですが、ドラマとドキュメントとの違いが分かりにくくなってきたのかもしれません。そこには社会の中にごく自然にあるストーリーがしっかりと描かれるようになっています。

ドラマとは決してドラマティックなものではありません。むしろドラマとはストーリーであり、ストーリーを秩序立てて構築し、きちんと基盤をつくり、環境を整備することが不可欠です。それこそが新しいドラマティック=劇的様相なのではないでしょうか。

劇場型政治と言われたり、政治は劇的であると言われたりします。小泉もオバマも。しかし、劇的状況とは、劇薬のようなものではなく、それは、ストーリーがあって、基盤が築かれ、環境が整備されて生まれるものではないでしょうか。「CHANGE」はひとつのドラマである。
それは地域をつくる根本でもあって、もちろん建築をつくる根本でもあって、ストーリーだとか、ビジョンだとか、コンセプトだとか呼ばれています。

2009年8月21日

釧路公立大学 地域経済研究センター

90年代後半より、様々な形で産学連携が進んできました。商工会議所主導によるネットワーク構築、リエゾンオフィスによる大学と地域の連携、TLOによる高度技術の開発、、、、。
釧路では大学主導の地域経済にかかわる研究が行われているようです。

「1999年6月に設立された地域経済研究センターは、地域に開かれた大学の研究機関として、社会科学系の地方の研究機関として、さらに地域のシンクタンクとして、新しい地域研究の取り組みに挑戦してきました。

様々な地域の課題に対してどのような形で地域研究として応えていけばいいのか、限られた体制、資金でいかに効果的な研究プロジェクトを組織し、コーディネートしていけるのか。まだまだ模索しながら取り組む日々ですが、大学が担うべき新たな役割を目指して、たゆまず歩んでいきたいと思っております。

今後とも、地域経済研究センターの地域研究活動によって広がる環のなかから、新たな地域創造の機運が生まれることを願っています。」(http://www.kushiro-pu.ac.jp/center/message.html より)

受託研究や自主研究などの地域研究の一つ一つを共同研究プロジェクトとしてセンター内に立ち上げ、民間や行政、他大学の研究者を客員研究員として迎え、その研究体制を整備しています。また、フォーラムやセミナー、ブックレット活動なども頻繁になされています。

センターでは2008年2月段階で、設立以来、延べ224名もの研究員(外部からが9割以上、地元人材の研究参加が73名)が参加し、21の共同研究プロジェクトを展開しています。柔軟な連携を目指し、地元の人材の積極的参加を求めたり、人材育成を行い、緩やかな地域の知的ネットワークをつくり、幅広い分野の産学連携を展開しています。

行政や商工会議所など公的機関の思惑にかかわらない、つまり助成金で縛られない、純粋で中立的な研究活動が地域の本来の課題を描き出しているように感じられます。東京や関西で大学のオープン化が進む今、地方都市でこそ、大学が主体となった透明な地域研究とネットワークが不可欠です。

2009年8月19日

沖縄県シンクタンク協議会

「沖縄県シンクタンク協議会設立趣意

地方の時代、国際化の時代、情報化の時代がいわれる今日、沖縄県内においても地方自治体や地域の住民による自らの地域に根差した活性化への試みが様々な形で進められている。 

私達、県内のシンクタンクは、このような地域社会の取り組みに対し、地域課題への対応や問題解決の方策を提起するなどそれぞれの企業活動を通じて一定の貢献をしてきたものと自負するものである。

しかしながら、小規模経営の多い県内のシンクタンク業界を取り巻く環境は厳しいものがあり、特に長期的な不況が続く中で多様な地域のニーズに対応するためには、個々の努力はもちろんのこと、私達シンクタンク業界としても情報収集力の向上、研究員の教育機会の確保等経営環境の整備に向けての取り組みが重要な課題となっている。 

このため私達は、これまでの各シンクタンクの有志の話し合いを踏まえ、会員相互の人的交流、情報交換等の活動を通じ、県内シンクタンクの資質の向上。業界の健全な発展を目指すべく、「沖縄県シンクタンク協議会」を設立するものである。」
http://www.thinktank-oki.net/index.html より)

地域のプロのコンサルタントの組合的組織によって新しいコミュニティシンクタンクが生まれています。

沖縄県では、自然環境調査・環境アセスメント、地域計画、経済社会の将来予測、産業振興計画、マーケティング、流通計画、各種イベント・プロモーション計画、地域振興・商店街活性化計画、緑化計画・公園計画・環境整備計画・観光リゾート計画、土地利用・都市構成・市町村マスタープラン、観光振興計画、福祉・保健計画、文化振興計画、コミュニティ計画、地域・環境計画・生態的土地利用計画などをキーワードにコンサルタント活動を行うシンクタンク9者による新たな試みが模索されているようです。

プロによる膨大な情報蓄積と専門的な解析手法によって、「沖縄の自主・自立の将来像を“目に見えるかたち”で描いてみること」を目標に、機関紙を発刊し、講演会を主催されているようです。

具体的な設立時期や活動内容、詳しい組織構成・役割は明確ではありませんが、自治体が主体となって主導するのではなく、専門家集団が独立、自立したスタイルで、地域に根ざしたシンクタンクを目指しておられるようです。
地域での活動を推進し、地域ビジョン構築に向けたリーダーとなってゆく、市民を啓蒙し、環境整備を行う専門家のありようが見えてきます。コミュニティシンクタンクへの一つの手がかりです。

2009年8月18日

ネット献金

ネット上で政治家への献金が行われるようになりました。(http://seiji.rakuten.co.jp/

選挙が組織票よりも浮動票によって左右されるように、政治資金においても、政治が企業から決別し、市民とつながる契機となるかもしれません。

ネットトレイディングのように個人が自由に政治に参加してゆくのか、あるいは抽象的な仮想世界に入ってゆくように政治を考えてしまうのか、、、、。
これまでの市民活動やNPOの献金や寄付も、その行為以上に理念や趣旨を一人ずつ丹念に説いてまわることが重要であると言われてきました。献金とは献金そのものの行為より、むしろ市民と政治家のネットワークが構築できることが重要ではないでしょうか。
企業と政治家のネットワークは利権と癒着によって正義を失ってしまったわけですが、献金するという行為の前に政治家やその理念に身近に接し、共感を持ち、共感が広がって、ネットワークを築いてゆく、それが新しいWEB上であろうが、駅前の演説の場であろうが、政治や活動のあり方に変わりはないかもしれません。
今回新しく始まったネット献金、ネットとラクテンという新しい形態によるものながら、政治家を地域から検索し、選択する必要があります。手順もわかりにくいです。まだまだ、市民と政治の古い関係や体質がにじみ出ているような気がしました。

2009年8月16日

全国知事会の評価

「地方分権化」「道州制」という掛け声は聞こえてきますが、本当に地方に権限が移行するのか、また権限が移行して、それが地方の手に負えるものなのか、見えてきません。

一部の有力知事によってその様子が公になる機会が多くなった「全国知事会」、地方分権と言われる中でその主役の顔が見えてきたことは望ましいことではないでしょうか。

彼ら「全国知事会」が政党のマニフェストの内、地方分権にかかわる部分の評価、「地方分権政策に関する政権公約評価結果」(http://www.nga.gr.jp/news/saisyuu090808.pdf より)を公開しました。

評価の基準は10点満点を3段階くらいに分けて設定されているようです。とりようによっては、どのようにも解釈できる曖昧なマニフェストをどのように点数をつけたのでしょうか。

目指す、充実する、配慮する、、、、数値目標もなく、確実性もない多くの文面を好意的に解釈したのでしょうか。

一方、評価した側、知事のマニフェストはどうかと言えば、、、、、、、、、

ちなみに愛知県神田真秋知事の場合。(http://www.pref.aichi.jp/chiji/manifesto/index.html より)

流行語やキャッチフレーズでいっぱい、市民にわかりやすいと言えるかもしれません。電通や博報堂のような広告会社がかかわっているのでしょうか。

プロ仕様のマニフェストとはいかなるものか、マニフェストが政治に不可欠になってまだ日が浅い日本ではまだ、わかりやすく、本当の政治姿勢が見えてくるものが少ないかもしれません。すべてを表現しようとすると薄れてしまいますし、言いたいことは山ほどあるし、、、、どの世界でも悩みは同じですね。

むしろ、進むべき方向への決意やコンセプト、それが表現できていることが重要なのかもしれません。

「4年前は小泉、今は鳩山」と言って、国民の右往左往を嘲笑するジャーナリストがいますが、国民を見ていないのでしょう。国民はそんなに馬鹿にしたものではありません。言葉が表現する不毛な弁明ではなく、もっと大きな政治への軸線を国民は見出しているのではないですか。

地方分権政策のわずかな違いなど取るに足らないことです。経済成長と言ったって、政治家の言う通り人為的に市場が動くとは思えません。福祉、子育てと言うのは簡単ですが、人間の根源的欲求に取り組まないで、補助金や休暇でどうにかなるものでしょうか。

特定郵便局の利権に代表される、社会を後退させているすべての旧勢力を解体する、小泉元首相の思いが国民に瞬く間に広がっていったのではないかと感じます。それは「郵政だけで決まってしまった」のではなく、大多数の国民がその思いを共有していたのです。マニフェストの一つひとつをチェックして、これは自民、こちらは民主、、、、などと馬鹿げた評価をしている場合ではありません。

「美しい日本」じゃわからない、「友愛」でもわからない。美も愛も人の数だけ存在する。もっとドラスティックに、もっとドラマティックに、そしてロマンチックに政策を語れないと政治ができない時代になってきました。


ところで、愛知県知事のマニフェスト、道路の整備はしっかり、ダムのことはこっそり書いてありました。

「被害の半減をめざした地震防災対策や災害対策を進めます。
○ 河川の改修、流域貯留機能の確保などの総合治水対策や、海岸保全対策、土砂災害対策を進めます。


渇水への対応を強化します。
○ 設楽ダムについて、平成19 年度中の着工に向けた手続きを進めるなど、建設事業を促進します。

陸・海・空のさらなる交流基盤を整備します。
○ 第二東名・名神高速道路、名古屋環状2号線、三遠南信自動車道、名古屋高速道路、名豊道路などの整備を促進します。
○ 西知多道路、名浜道路、名岐道路の早期事業化に取り組むほか、一宮西港道路や名濃道路などの計画熟度を高めます。
○ 伊勢湾口道路や三河湾口道路の構想を推進します。
○ 日常生活圏における道路ネットワークを一層充実します。
○ 愛知環状鉄道の新豊田駅から三河豊田駅間の複線化を進め、平成20 年度の供用開始をめざします。また、沿線開発の促進を図りながら、東部丘陵線の利用を促進します。
○ 地域の足を支えるバスネットワークの維持に努めます。
○ 名古屋港において、世界最大級のコンテナ船が寄港できる次世代高規格コンテナターミナルの整備を促します。
○ 三河港において、自動車専用埠頭の拡張や自動車リサイクルポートの形成、コンテナターミナルの増強を図り、特定重要港湾への格上げをめざします。
○ 衣浦港において、背後圏へのアクセス強化や港湾施設の耐震化などを図ります。
○ 中部国際空港の第2滑走路建設に向けた取組みを、行政・民間が連携した体制をつくり、進めます。○ 県営名古屋空港において、ビジネス機、コミューター航空など多様化する航空需要に応える空港づくりを進めます。」

2009年8月15日

「給食パン」やや小型にしたら食べ残し半減

「学校給食のパンについて、食べ残し分の持ち帰りを認めず捨てている福岡市教委が、1学期にパンを小さくしたところ、廃棄量は昨年に比べて1日当たり約1・2トン減り、半分以下になった。

食べ物の無駄をなくすための珍しい試みといい、1学期全体では44・8トンの減少。学校給食の食べ残しの扱いは各地で課題になっており、ほかの自治体からは「導入を検討したい」という声も出ている。
市教委によると、市立146小学校と69中学校の給食では、文部科学省の基準に沿い、パンの小麦粉を小学1・2年50グラム、3・4年60グラム、5・6年70グラム、中学生80グラムと設定。しかし、1学期は気温が高くて食欲が減退しがちで、入学間もない小学1年や、パンが大きくなる小学3、5年、中学1年を中心に食べきれない子どもが続出。廃棄されるパンは3学期の約2倍に上っていた。

市教委は市内の児童生徒に必要なカロリー摂取量を試算。細身で通学距離も短いことなどから、全国平均より1食約30キロ・カロリー少なくてもよいと分かり、小学1、3、5年と中学生用の小麦粉を毎日10グラム減らした。パンは子どもで2口分ぐらい小さくなったという。」(http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090814-OYT1T00710.htm より)

給食のパンの小麦の分量に至るまで文科省の基準があって、今までそれを遵守してきたとは驚きです。基準があることも、それを守っていることにも、、、。基準値とは大切なものかもしれません。小学生の基準摂取量も決められたものがあるのかもしれません。ただ、それは平均値であり、標準値ですから、すべての生徒に同じように基準値をあてはめる、それが健康の糧にはならないのではないでしょうか。

給食はかつてよりおいしくなったと聞きますが、基準分量を基準時間で、お決まりの作法で食べなければならない小学生も大変です。だから、シェフの給食は楽しくて楽しくてしようがないのでしょうね。(ref:シェフによるスーパー給食 http://community-thinktank.blogspot.com/2009/07/blog-post_14.html

マニュアルの給食から脱するためには専門家たる学校栄養士の勇気と努力が不可欠です。

2009年8月14日

シンクタンクとしての「自民党総研」

自民党総合政策研究所、その設立時は2名の常駐の研究員と9社から派遣された9名の研究員によって、しかるべき提言機能を持ったシンクタンクとしてスタートしたようです。

「大企業と自民党の癒着の代表例。とかくそうやゆされがちな自民党総研だが、産声をあげた27年前の姿は今とはまったくかけ離れていた。  「官僚依存や調整型政治から脱却し、党の政策立案能力を高める」。82年7月、総研の発足とともに発行された設立趣意書には、こんな決然とした言葉が躍る。首相、鈴木善幸の意向を受け、当時の政調会長、田中六助や幹事長の二階堂進が動いた。「目指すは米国のブルッキングス研究所やフーバー研究所だった」と関係者は語る。

「業界トップ企業の加盟は避ける」とのルールだった。政官との結び付きが強いトップ企業から情報が霞が関官僚や族議員に筒抜けとなり、提言機能がゆがめられるのを避ける狙いだった。

スタート当初の活動は活発だった。業務の根幹を成したのは「黄表紙」や「赤表紙」と呼ばれたリポートの発行だ。黄表紙は「総合政策情報」というタイトルで隔週で外交や経済、防衛など複数のリポートを掲載し、党全体に配布された。赤表紙は緊急性のある政策提言をまとめ、機密情報として首相と政調会長にのみ手渡した。

総研設立後間もない82年11月末に中曽根内閣が発足。「日本では珍しいトップダウン型の首相」と言われた中曽根康弘は当初は総研を積極活用した。いくつかの冒険的な提言は首相に実際に採用され、党内における総研の存在感も次第に高まった。中曽根が突然の新方針をぶち上げる度、驚いた党幹部や族議員らは「また総研の仕業か」と怒り狂った。」
http://netplus.nikkei.co.jp/nikkei/news/seiken/seiken/sei090813.html より)

政策中心の政治を行うためには、社会やマーケットを熟知した研究員が、利権から離れて、将来構想を策定する本来の意味を持つシンクタンクが不可欠です。

そして、そうしたシンクタンクとは情報や政策を発信する確かな場を持つことによって、その存在意味を持ち、同時に、利権や癒着の中に埋もれてしまうことで、単なるサロンと化してしまうことも記録からうかがい知ることができます。

その役割を担うもの、地方においてはそれがコミュニティシンクタンクではないでしょうか。

2009年8月13日

静岡空港の魅力を高める有識者会議初会合

「静岡空港:施設に厳しい注文次々--有識者会議初会合/静岡

川勝平太知事や建築家、女優らによる「静岡空港の魅力を高める有識者会議」の初会合が12日、静岡空港内で開かれた。空港施設について「ビルが狭く、使いにくい」「喫茶店がなく、ゆっくりできない」などの厳しい注文が目立った。川勝知事は会合後、記者団に「(空港が)いかに未完成か、よくわかった。やるべきことはいっぱいある」と述べた。

川勝知事の意向で設置され、初会合は委員12人のうち8人が出席した。浜松市出身の女優、鈴木砂羽さんは「全体的にビルの色彩が暗い。明るい色を使った方がいい」と指摘した。また、「将来的には最寄りに新幹線の駅を作るべきだ」との声が相次いだ。
県は今後、会議を重ね、委員の意見を踏まえた対策を検討する。【浜中慎哉】」
http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20090813ddlk22010120000c.html より)

無理やり進めた事業を肯定、前提とし、その後の活用を考える会議や委員会はどの地域でも行われているようです。新たに選定された委員が与えられた状況において恣意的な意見を述べる、、、、お役所仕事の典型です。

機能が十分でなく、また魅力もない空港計画は誰が策定したのでしょうか。多くの有識者や専門家がかかわってきたはずです。彼らこそが空港建設やその妥当性を判断し、お墨付きを与えた首謀者ではないのでしょうか。

彼らは結果には誰も責任を取らず、今も第3者的に過ごしておられるのでしょう。責任を取らないで専門的な判断を下すことの不条理を皆が実感するべきです。

事業の推進段階で委員会に名を連ねていた有識者や専門家の責任を問いただすことから始めなければならないのではないでしょうか。有識者や専門家とは権力や制度に目を向けるのではなく、それのどこに問題があるのか、何を目指すべきか、きちんと市民の側へ立つ責務があります。

きちんと中立的立場に立って責任ある判断を下せることが専門家であり、有識者であることの証であるはずです。

どこでも、そして何度でも起こるこうしたお役所仕事とお抱え委員会、あるいはお抱えGONPO。「今後このようなことは二度と起こしません。」という事故や不祥事のような釈明ではなく、何故起こったのかを明らかにしない限り何度も起こることになるでしょう。

あなた方の責務なのですよ。 責務であるからこそ、静岡県は今でも委員名簿をホームページで公開しています。お墨付きを与えることの怖さを実感することが必要ですね。
http://www.pref.shizuoka.jp/kuukou/contents/ayumi/kaigi/juy.html
http://www.pref.shizuoka.jp/kuukou/contents/ayumi/kaigi/senmon/index.html より)

静岡空港需要等検討委員会
屋井 鉄雄委員長(東京工業大学工学部教授)
塩川 亮 (静岡大学教育学部教授)
中島 英輔((社)日本建設機械化協会建設機械化研究所長)
林山 泰久(東北大学大学院経済学研究科助教授)
兵藤 哲朗(東京商船大学商船学部助教授)

静岡空港専門家委員会
木村 尚三郎委員長(静岡文化芸術大学学長)
中山 慶子委員長代理(静岡県立大学国際関係学部教授)
大泉 光一(日本大学国際関係学部教授)
斉藤 晃(東海大学海洋学部教授)
塩川 亮(静岡大学教育学部教授)
徳田 賢二(専修大学経済学部教授)
中島 英輔((社)日本建設機械化協会 建設機械化研究所長)
橋本 裕子(弁護士)
馬場 信行((社)日本航空機操縦士協会 副会長)
林 圭一郎((財)航空保安協会顧問)
兵藤 哲朗(東京商船大学助教授(流通情報工学課程))
政所 利子((株)玄 代表取締役)
横田 勇(静岡県立大学環境科学研究所教授)

2009年8月12日

ローカルマニフェスト

福岡県大木町、石川潤一町長のマニフェストは、どちらともとれるあいまいな表現ではなく、行間に真実が隠されたようなまがいものでもなく、町の推進政策として、簡潔かつ具体的に、また秩序だてて書かれています。

町長のリーダーシップがよく表わされています。
(http://www.town.oki.fukuoka.jp/chouchou/chouchou_7.htm より)

「大木町のビジョン
・行財政改革を通して未来へ投資
無駄なものはすべてなくし、切り詰めるところはきちんと切り詰め、情報公開を通して住民の皆さんにしっかりと評価してもらう仕組みをつくります。 行財政改革は最重要課題ですが、切り詰めるだけ切り詰めて、「その先には何もない」では夢も希望も持てません。地域の活力、人の元気まで削ぎ落とすことになってしまいます。 行財政改革の最終目標は、住民一人ひとりが未来に夢や希望を持って暮らしてもらい、その夢や希望を住民の皆さんと一緒になって実現していくことです。そのために、コスト削減は徹底的に行い、そこで生み出された財源は、大木町の未来のため、そして、未来を担う子どもたちに、しっかりと投資をしていきます。 行財政改革を進めていくためには、エンジンが必要となります。そのエンジンとなるのが町職員であり、その職員のやる気を引き出すことが私の最大の役割です。職員一人ひとりにきちんと向き合って、できない職員には徹底的に指導します。100人程度の職員数だからやれるのです。
・世界に誇れる循環のまちづくり
高額の税金をかけてごみ処理する方法は、地球温暖化などの深刻な環境問題を起こし、子どもたちの未来に大きなつけを残しています。大木町は住民との協働により、ごみを資源として地域の中で循環利用し、環境を壊さない持続可能な暮らしを築いて次の世代に引き継ぎます。そして大木町で暮らすことが、住民一人ひとりの誇りになるような世界に誇れる循環のまちづくりを目指します。

すぐに行う重要施策
1.着実な行財政改革の実現
2.子育て支援の充実
3.住民視点によるサービスの向上

4年間で行う重要施策
1.図書施設・ホールの整備
2.「もったいない(ごみを出さない)宣言」を通した循環のまちづくりと財源づくりの実現
3.地域のがんばりをしっかり町が応援する制度の創設 
各小学校区に、地元の町職員を中心に校区担当職員を置き、誰でも参加できる「校区まちづくり会議」をつくります。地域課題を掘り起こし、地域計画をつくり、その事業に予算を付けていく制度をつくります。「自ら考え・自ら行動する」ことを通して、地域に愛着と誇りを持ってもらうまちづくりを目指します。

行財政改革の具体策
1.町長の報酬・賞与の削減、交際費の削減
2.職員の管理の徹底、助役の廃止
決済規程の見直しと住民視点による現場の決定権を大きくし、併せて各課で目標をつくり公表することで責任を明らかにするとともに、職員の「やる気」を最大限発揮させます。
3.職員の人件費、物件費の削減

大木町の地域活性化のための具体策
1.町の強みを活かした交流人口の増加
2.高齢者や障がいを持った方の社会参加の促進
3.環境にやさしく、人が元気になる農業の推進

・・・・・・・」

ローカルマニフェスト進捗状況が公開されていますが、まだまだ、定量的な成果であり、その成果も各部署ごとの報告になっています。(http://www.town.oki.fukuoka.jp/chouchou/chouchou_22.htm

「そのエンジンとなるのが町職員であり、その職員のやる気を引き出すことが私の最大の役割です。職員一人ひとりにきちんと向き合って、できない職員には徹底的に指導します。100人程度の職員数だからやれるのです。」

しかし、こうした活動を真摯に遂行してゆく時、一つの部署ではとても取り組むことはできず、融合的、有機的組織へと移行してゆくのではないかと期待します。

どのような大きな都市も一つひとつの町が集積して構築されているように、また、どのような組織も単位となる数人のチームから組織が組みあがっているように、数千人、数万人にも上る肥大化した組織も、100人程度の組織が可能とする改革から始めてゆくことができるはずです。

2009年8月11日

ゼロ・ウェイスト

福岡県大木町は水郷の町柳川市の北に位置し、人口14500人ほどの町です。生活や農業の用地確保のために整備された掘割(クリーク)と呼ばれる水路が縦横に走り、地域の風景を作っています。

「大木町には、・・・・・拠点施設『おおき循環センター「くるるん」(平成17年度に全国で5箇所のバイオマスタウンの指定)』が平成18年11月に本格稼動し、住民の皆さんと行政が一緒になって各家庭の生ごみを分別し資源化する取り組みがスタートしています。 

この「くるるん」は生ごみのほか、し尿、浄化槽汚泥をメタン発酵させ、エネルギーや有機液肥として活用する循環事業に取り組み、全国でも先進的な事例として注目を集めています。

今までのごみ処理の方法は、高額の税金をかけ、地球温暖化などの深刻な環境問題を起こし、子どもたちの未来に大きなつけを残しています。 これからは、ごみを資源として地域の中で循環利用し、環境を壊さない持続可能な暮らしを築いて次の世代に引き継がなければなりません。そして大木町で暮らすことが、住民一人ひとりの誇りになるような循環のまちづくりを目指します。」(http://www.town.oki.fukuoka.jp/chouchou/chouchou_6.htm より)

こうした本物の動きは地方から広がりつつあるようです。

近年、ゴミの特定の種別ごとに分別するようにいくつかのゴミ箱が設置され、私たちも幾分その意識を高めるようになりましたが、そのような市民任せの無責任な政策ではなく、真にゴミをゼロにする事業が始まっています。

「徳島県上勝町にはいま、全国から研究者や議員らがひっきりなしに訪れている。人口約2000人の小さな町に、昨年は約2500人がごみ問題の視察にやって来た。

上勝町は2003年、全国初の「ゼロ・ウェイスト」を宣言した。ごみの再利用や再資源化を進め、20年までに焼却・埋め立て処分をなくすことをめざしている。ごみ収集車は走っていない。住民が自ら、町の「ゴミステーション」に持ち込む。

分別収集の品目は34種類に細分化。「スチール缶→建設用資材」「ペットボトル→繊維・シート」「蛍光灯→断熱材」「雑誌→おかし等の箱」……。分別後の行き先を記した容器に入れていく。分別の手伝いをしている舟井康雄さん(66)は「かつてはごみを山に不法投棄する人もいて困っていた。最初は面倒だと言う人もいたが、今は喜んで協力してくれる」と話す。

「ゼロ・ウェイスト」は1996年、オーストラリアの首都・キャンベラが宣言し、米国やカナダなどの自治体が続いた。日本では上勝町に次いで福岡県大木町が昨年3月に宣言。バイオガスプラントで生ごみなどを発酵させ、エネルギーや有機肥料として再利用している。06年に稼働するとごみ処理量は半分近くに減った。東京都町田市や神奈川県葉山町など首都圏でも「ゼロ・ウェイスト」をめざす動きがある。」
http://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_090810_01.htm より)

若干のエネルギー効率と補助金によって、新しい製品へと買換えを行い、近視眼的に微量の消費電力を削減しても、製造や廃棄のエネルギーの方がよほど大きいのではないでしょうか。

エコロジーは循環することが基本です。生物が住み合う社会や環境とはすべてがつながり、連鎖するものであるという概念です。同時に、エコノミーもまた循環する、だから見誤るのかもしれません。エコではなく、こうした本当のエコロジーこそが私たちに不可欠です。

これまでは消費の入り口をインフラと称して整備してきました。しかし、これからは消費の出口を抑え、次につなげてゆく必要があります。そこに次代のインフラがありそうです。

2009年8月10日

名古屋がどえりゃおもしれぇことになっとるがや

「4月の名古屋市長選で初当選した河村たかし市長(60)。・・・・・学者でも役人でもない、初の政治家の市長が誕生した。従来の手法とは違う」(幹部職員)と、想定しにくい市長の言動に、市職員に緊張が走る。報道されることを前提とした、パフォーマンスともとれる河村市長の言動は、政策決定過程をオープンにし、市民や市関係者に「同時進行」で自分の考えを伝えようとする狙いがある。水面下で政策を練り上げ、議会に根回しして固めるという、従来の手法とは格段の違いがある。市民にとってどちらがわかりやすいか、説明の必要はないだろう。
・・・・・・・いま、市役所内では、河村市長のマニフェストを詳細に担当部署ごとに振り分け、実現に向けた協議を始めている。市役所全体が動き出しているのだ。」
http://www.yomiuri.co.jp/column/national/20090522-OYT8T00672.htm より)

前置きやあとがきのないスピード感あふれる名古屋弁が政治のプロセスも変えているようです。市民からリーダーへ、リーダーから市民へ、その直接的なプロセスこそが地方の政治に不可欠なものであり、硬直化した行政マンを置き去りにし、そして鍛えなおしてゆくのではないかと感じられます。

組織とはコンセンサスによって動いてゆく、どのように組織の中でコンセンサスを取ってゆくかが重要です。「従来の手法」であるか、「イノベーションを目指す新しい手法」を取り入れるのか。

係員-係長-課長-部長-局長、、、といった書類の承認欄に示されるような順序ではなく、誰もが同じ立場でグループセッションのように交流することでコンセンサスを得てゆく必要があるのではないかと感じます。一方向的な上下の関係がピラミッドをつくるのではなく、横につながる多くのゲリラ部隊(つまりプロジェクトチームですが)が互いに双方向的に認め合ってゆく、そうした組織のプロセスが必要ではないかと思うのです。

そうした真にフラットな組織の在り方が市民や地域とつながり、有機的な組織となってゆくのです。どうせ、実際に仕事しているのは係長クラスでしょう。彼らの溌剌さや敏感さこそが組織の中心となって動く組織をつくらねばならないのではないでしょうか。

2009年8月9日

フランチャイズのゆくえ

コンビニエンスストア 「コンビニ」、それはだれも思いつかなかった消費の根本から生まれ、デパートや量販店、特別の専門店をも凌駕し、今や日本では最大のマーケットとなりました。いつでも、どこでも身近な生活用品を提供するという一種のブルー・オーシャン。

そして「コンビニ」はフランチャイズというシステムによって瞬く間に「いつでも、どこでも」を実現しました。フランチャイズとは一握りの起業家とそれを支える多数の店舗オーナーとのコラボレーションと言えるかもしれません。


「フランチャイズとは、「フランチャイズは英語で「販売権を与える」という意味があります。フランチャイズビジネスにおいては、その権利を与える企業を“フランチャイザー”、“本部”といい、与えられる側を“フランチャイジー”、“加盟店・加盟者”といいます。

つまりフランチャイズチェーンとは、営業の象徴となるマークを利用し、システム化された経営のノウハウを用いて、同じ商品の販売などを行なう権利を提供するするフランチャイザー(本部)と、それを利用して店舗運営をしていくフランチャイジー(加盟者)が構成する集団のことで、お互いに利益を得ようとする共同体といえます。フランチャイジーは見返りとしてフランチャイザーに一定の対価を支払います。フランチャイザーとフランチャイジーの経営責任は別で、それぞれが独立企業です。 」
http://www.franchise-navi.jp/beginner/begin11.html より)

しかし、意外なところ、消費期限のある弁当の販売からほころびを見せようとしています。また、フランチャイジーたるオーナーが会社従業員のように労働組合を結成したとも報じられています。

消費者にとっては、「いつでも、どこでも」の替わりに定価でもいいから購入するわけですが、オーナーにとっては本部から決められた卸単価でいつもの商品を購入し、それを定価で販売するコンビニ経営はうま味のない経営かもしれません。

しかし、弁当の販売数など、一般の経営者なら、天候や気象条件、地域性、購買履歴など神経を研ぎ澄ませて、需要を予測するのではないでしょうか?仕入れた弁当が大量に余るなど経営者失格です。

そして、定価の破壊は「コンビニ」店舗という、その経営をもっと大きな競争の海の中に飛び込ませてゆくことになりはしないでしょうか。また、労働組合は「オーナー」という自らの立場を単なる従業員とおとしめるものではないのでしょうか。



オーナーが自らを全国展開企業の支店長と考えるか、それとも独立企業のオーナーと考えるか、、、そこに大きな分かれ道があるように感じます。従業員としての待遇を守るのではなく、オーナーとしての使命を死守することが必要なのではないかと感じられます。

そこにこそ、経営という大きなモチベーションがあるのではないでしょうか。「コンビニ」と言えど、スタッフの対応も、品ぞろえも、店の雰囲気も様々です。1オーナーがやるべきことも山のようにあるはずです。

セブンイレブン本部もそのように考えているようです。
「私たちのフランチャイズ・ビジネスは、加盟店さまと本部が対等の立場で、独立性を保ちながら取り組む共同事業です。その信頼関係の基盤になっているのが、3つの制度とシステムです。まず、小規模な資金で事業をスタートさせ、安定した事業運営を進められるように考えられた決済・融資の仕組みである「オープンアカウントシステム」。加盟店さまと本部が売上げ総利益を一定の割合で分け合う「荒利分配方式」。そして、オーナーさまに年間の総荒利益額を保証する「最低保証制度」。セブン-イレブンのお店の安定した運営と着実な成長は、ここにベースがあります。」(http://www.sej.co.jp/corp/aboutsej/franchise.html より)

2009年8月8日

旧峯岸水車場/三鷹市

「20年の研究実る 立川・小坂教諭 昨年申請、先月認定

三鷹市大沢の「旧峯岸水車場」が、今年度の機械遺産に認定された。認定に向けた陰の功労者が、立川市錦町の小学校教諭小坂克信さん(60)だ。約20年前から社会科の授業を通じて関心を持ち、研究を始めた。このほど研究をまとめた冊子も完成し、二重の喜びに包まれている。


同水車場は江戸時代後期から、野川の河川改修で取水できなくなる1968年までの約160年間稼働。


明治30年(1897年)当時、都内には水車が710台あったが、同水車場は当時の状態で保存されている唯一の存在とされる。98年には都有形民俗文化財に指定された。通称「新車(しんぐるま)」と呼ばれ、現在の所有者の三鷹市が一般公開している。


小坂さんは約20年前、社会科授業に関連して玉川上水を調べた際、都内に多くの水車があったことを知った。「水車に見られる木工の技術の高さや芸術性、自然エネルギーや地域の食生活という観点から学ぶ点が多い」ことが研究を始めたきっかけだった。」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/news/20090805-OYT8T01094.htm?from=dmst3 より)



地域の資源やエネルギーによって社会が動いていたころ、多くの町で水車がその活動を担っていたようです。繊維の地域、岡崎など三河地方もすぐれた産業の町でした。そのころの遺構が残っていたり、今も動いていたりします。思っている以上に多くが残されていますが、そのほぼすべてが顧みられず、解体を待っている状態です。そこには煉瓦の工場や煙突、川に寄り添って作られた個人経営の工場や水車、そこで稼働していたがら紡など固有の紡績機械など、それら大切な資産もすべて同じ運命をたどってしまいます。

先進的地域では、古くは1970年代紡績工場を保存し、新たな施設、アイビースクエアとして継承した倉敷市をはじめ、今ではどこの町でも自らのアイデンティティを探し求めて、試行を始めています。価値がどこに見いだせるか、見出さなければならないか、必死の思いなのです。


一方で、未だ地域の資産を理解できずに解体し、東京の古い洋風木造邸宅を移築保存しようとする岡崎市。民意を無視し、まち育てセンターなるGONPOを使い、東京の建築史研究者に翻弄されています。→ref:岡崎市旧本多邸活用検討委員会議事録

彼らは結果ありきの活用検討委員会や市民会議で自らのアイデンティティを解体させようと自虐行為に取り組んでいるかのようです。地域の文化や歴史が理解できないだけではなく、それらによって生じる経済のシーズすらも放棄しています。


こういうニュースが流れるたびに、このまま地方分権してゆけるのか、疑問を感じます。地方自治が自立するために不可欠なもの、弱者や市民に強く、権力や権威に弱いその体質を改めてゆく必要があるようです。


江戸時代末期、志に燃え独自の視点を持ったいくつかの藩と、そのような時代においてすら、それでも時代に翻弄され揺れた藩、、、、。その構図は地方自治の時代になった時に再び浮かび上がってくるのではないかと案じています。

地方分権時代とは地域平等の時代ではなく、リーダーや市民のありようによって地域格差が広がる時代と言えそうです。

2009年8月7日

市民立法から市民行政へ

市民立法機構第2回総会における基調講演でキッコーマン社長茂木友三郎氏がアメリカでの地方自治の様子を講演されています。(1998年5月に開催されていますが、、、、)

「今、地方分権が盛んに議論されていますが、地方分権だけでは地方自治は成り立たない、生まれてこない。ただ中央の権限を地方に移しただけでは地方自治にはならないのであって、それプラス草の根民主主義がなければ駄目だと思います。 それでは、草の根民主主義の基礎は何かといえば、やはり私は市民意識だと思います。別の表現をすれば、市民社会に対する人々の帰属意識ですが、そういう市民意識が草の根民主主義の基礎になっているのだろうと思います。・・・・・

・・・・・
この町議会は、小さな町なので、助役の家で開会するわけです。さらに、小さな町なので立法と行政が分離しておらず、町長が町議会の議長を兼ねていました。そして町議会議員が二人いて、三人でモノを決めるわけです。三人で決めるということは、町議会議員が二人賛成すれば、それで決まり。二人が一対一になると町長が決めるという仕組みです。

また、みんな仕事をもっているので、議会が開かれるのは夜の七時からです。この町議会の議員は全て時間給で、欠席すると給料はもらえません。こうして、夜の七時から十時まで議論をするわけです。」
http://www.mmjp.or.jp/gyoukaku/toron/199807_2.htm より)

地方分権という新たな中央集権主義にならないように、地域単位の民主主義、草の根民主主義が不可欠です。

矢祭町の原点はここにあるようです。こうした市民の意識と柔軟なシステムは市民自ら、議会にかかわることができ、立法機能や行政機能を市民の領域へともたらしてくれるものではないでしょうか。

それらは市民による行政ユニットや市民マニフェスト、市民標準規格など新たな制度が予感されます。

2009年8月6日

身体的空間としての建築

建築の基盤となる考え方、場所性と身体性。どちらも大切なものですが、現代は場所性優位の時代と言えるかもしれません。

妹島和世さんから始まった、透明感あふれる建築の姿。そこに生きる人の活動を融合し、展開してゆくすばらしい建築です。そうした有機性を持った建築を僕も目指しています。

しかし、ガラスあふれる、がらんどうの現代建築の多くは似ているようですが、彼女の建築とは全く異なります。多くの組織事務所や建設会社、あるいは建築家が、オフィスビルや学校や図書館さえも、流行のごとく、表層的な側面だけ彼女を追随しました。

フラット、透明感、軽やかさ、言葉さえもう消費しつくされたかもしれません。後を追うことはつくるのも考えるのも簡単です。

20世紀のはじめ、ミース・ファン・デル・ローエにより構想されたガラスの摩天楼は彼自身の設計によってレイクショアドライブ・アパートメントやシーグラムビルなどとなって具現化され、それらがその後、経済至上主義の建築に流用され、無機質なオフィスビルとなって世界の都市を席捲してしまったように、ちょうど今つまらないガラスの、がらんどうの、軽く見せる建築ばかりになってしまっています。

そうした建築は現代の人を蝕んでいないでしょうか。 それらは元気で明るく、活動的で多様な活動志向を持った人を想定し、動的な建築として設計されてはいないでしょうか。

しかし、現代では多くの人が精神的に病んでいるようにも見えます。子供も青年も、そして高齢者も。現代の建築は彼らにとっても、とても厳しく、また危険なものになってしまいました。

本当のバリアフリーとは何かを考える必要があります。それは、車いすを使う市民も、白いつえを突く市民も、明る過ぎて、遮るものがなくて、音が響き過ぎて、紫外線が入り過ぎて、精神的な圧迫感を感じている市民にも、誰でもが心安らかに佇める居場所となる空間のことではないでしょうか。

バリアフリーと言って、単に平坦であったり、スロープで代用したりするだけ、本当のバリアフリーは考えていないのです。ガラスによる内外の透過性は本当のコミュニケーションを考えたものではありません。

それこそ本当に軽さを持った、人の衣服のようなフィット感とやさしさを持ったインテリアのような建築であり、そのような人を支え、包むような空間が必要のように感じています。

それは人の身体性を豊かなものであると考え、それらによって形作られた意味によって作られた建築です。多くの意味を持ち、それを多様な人たちに読み取らせる(アフォーダンスと言いますが)仕掛けのある建築です。そこにこそ建築家の職能があるのではないかと考えています。

もう一度、一つひとつ空間の意味を身体性から創りださなければなりません。ポストモダニズム、30年前にロバート・ベンチューリやチャールズ・ムーアが始めたこの運動を今私たちもやらねばならないのかもしれません。真剣な真のバリアフリー空間をめざして。

2009年8月5日

自閉症と創造性

「アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性」には創造力の源が描かれています。

「本書は、天才といわれている著名な6人の歴史的人物を取り上げ、彼らが自閉症あるいはアスペルガー症候群であったことを論じている、天才と自閉症の関連を述べた病跡学の書である。
しかし、本書は、病跡学の本にとどまらず、人間の持つ創造性とは何か、その創造性を高めるのに自閉症であることがどのように影響を与えているかを、個々の事例を基にして探求している。

さらに本書では、もっと大胆に自閉的思考がないと人類はこのような文明を築けなかったのではないか、と主張する。自閉症は、障碍ではなく、特有の認知スタイルを持った人類の発展に必要な存在であり、そうであるならば、自閉症の進化論的意味が問われなければならないことになる。このことも本書の論点の目玉である。 (マイケル・フィッツジェラルド 著、石坂好樹、花島綾子、太田多紀 訳 )」

「アスペルガーの偉人たち」はもう少しポピュラーな芸術家について書かれています。ミケランジェロ、ニュートン、スウィフト、ゴッホ、サティ、アインシュタイン、キンゼイ、アンディ・ウォホール、グレングールド、パトリシア・ハイスミスなど天才と呼ばれた20名の芸術家たち。それを紹介するブログがありました。http://harubonbon.seesaa.net/article/83406553.html
曲を思い描いた時には曲のすべてが五線譜と音符に表わしていたと言われる作曲家や対象を様々な角度、視線から同時に描けた画家など、天才の多くは一般の人たちとは異なる認知回路を持っていたのかもしれません。
日本には天才は現れないと言われます。彼ら自身の他と異なることへの苦しみは大きいのかもしれませんが、むしろ、画一的な教育や古いコミュニティでの偏見、病気や障害と断じる精神医学など権威、、、、どこかで誰かがその才能をつぶしてしまっているのかもしれません。

2009年8月4日

PR ピー・アール

企業が社会との関係を広く知らしめることから、「広報」の意味を持つようになったPRパブリックリレーションズ。

「PR(パブリック・リレーションズ)とは
PRはパブリック・リレーションズ(Public Relations)の略語で、文字通りに解釈すると「企業や団体が、公衆=パブリックとの間に(良好な)リレーションズ=関係をつくっていくこと」を意味します。社会の一員である企業・団体にとって、周囲との調和を取ることが大切であり、そのために自分のことを良く理解してもらうために語り(広報)かけ、同時に社会の意見や考え方を聴き分析して正しく認識すること(広聴)が必要です。こうした双方向のコミュニケーションをPRと呼んでいます。」
http://www.dentsu-pr.co.jp/what より)

PRとは自己ピー・アールと呼ばれるように一方的な売り込みの行動だと思っていたのですが、それでは成功しないようです。どの組織も広報と言えば、一方的な情報の発信、その戦略を考えがちですが、公衆とわが身との関係を分析し、わが身のスタンスを決めることから始めなければならないわけですね。

同じような言葉にパブリックコメントPCがあります。こちらは言葉通り一方的なもののようです。

「意見公募手続とは、行政機関が命令等(政令、省令など)を制定するに当たって、事前に命令等の案を示し、その案について広く国民から意見や情報を募集するものです。これは平成17年6月の行政手続法の改正により新設された手続です。 なお、これまでは「規制の設定又は改廃に係る意見提出手続(平成11年閣議決定)」に基づいて意見提出手続(いわゆるパブリック・コメント手続)が行われてきましたが、行政手続法に意見公募手続の規定が設けられ閣議決定の趣旨が引き継がれたことから、平成18年4月1日にこの閣議決定は廃止されました。」
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/tetsuzukihou/iken_koubo.html より)

2009年8月3日

自分たちの生きる場所を自分たちでつくるために

それが金沢21世紀美術館が地域に、社会に飛び出し、生きた実践の場でアートを展開したプロジェクト「金沢アートプラットフォーム」のテーマです。

「近年、多くのアーティストが美術館という中立的なアートスペースを飛び出して、社会と直接的に関わる活動を多様に展開しています。どのような活動を通して社会に影響を与えることができるのか、どうすれば見えない未来に向かって新しい提案を行うことができるか―アーティストは、このような問いを抱え、生きた社会を実践の場として捉えながら、アートの可能性を探っています。

このような姿勢を持ったアーティストには、いくつかの特徴がみられます。表現者として先立つよりも、場や基盤をつくるコーディネーターのような立場に身を置き、仕組みや状況の建設へ向かうこと。また、協働的であり、関わり合う人たちとの了解、合意、ときには逆の反応である反発などを含めた相互関係を重視すること。展覧会などの形式や、美術、建築、デザインといったジャンルに捕われず、横断的に表現の可能性を捉えていること。そして、非日常であることよりも日常や場所との親和性、継続性に重点を置いていること

―そこでは、協働性と現場主義が優先され、さまざまな人たちと関わりあうことが求められます。」
http://www.kanazawa21.jp/exhibit/k_plat/index.php より)

金沢21世紀美術館では先進的、創造的なアートをテーマとし、地域の活性化に向けて一般の市民への教育普及を行ってきただけではなく、特に将来を担う子を積極的に美術館へ招いてきました。
美術館を中心に意欲的な取り組みを行ってきた21世紀美術館ですが、今、キュレーターもアーティストも美術館の枠を離れて、地域に飛び出していったのだと言えます。19人のアーティストが市内19ヶ所で 美術館アートバスやまちバスで巡ることができるようになってます。

「アートプラットホーム」とは、文字通り、駅のプラットホームをイメージし、そこでは、アートを介して人々が出会ったり、情報が行き交うことで新しい出来事の誘発を可能にします。それによって、会社、家庭、学校、地域、といった社会のさまざまな枠組みのあいだに新たなバイパスをつくること、人々のあいだに対話を生み出し、都市がいきいきとした活動の場となることを目指しているのです。」


社会に求められている重要な役割が美術館の世界で行われています。そこには利権や因習や制度を離れて、人々が共に住まうかたちが現れているのではないでしょうか。
それはどの組織にも共通に必要なことであり、図書館も市役所も議会も、そして大学もまちに出てゆくことが不可欠な時代になりました。

2009年8月2日

広汎性発達障害 (Pervasive Developmental Disorders)

大学では、今FD(Fuculty deveropement)やSD(Stuff deveropement)が義務付けられています。ようやく古い組織にも時代の視点が入り込んできました。

そのFD・SDセミナーが開かれ、臨床心理学を指導し、臨床心理士でもある同僚から学生指導におけるPDD(広汎性発達障害)などの問題について講義を受けました。

彼らは人とのコミュニケーションが苦手だったり、変わっているとからかわれたり、言葉の比喩や言い回しが理解できなかったり、など周囲から理解されることがなく、孤立化しています。また、特別の分野には強い興味を示し、マニアックな一面もあるようです。

日常の中でパターン化されたことは進められるが、少しの変化に対する対応、柔軟さや臨機応変さが欠けているとも言われます。
また、そうした症状のコアな状態を自閉症と言うようです。自分の世界に閉じこもることを自閉症と考えていたのですが、そうではないようです。閉じこもるという状態はPDDをはじめ、様々な状態や症状の結果そうなるとのことです。


こうした少数の人たちへの理解を進めることが重要と言われます。彼らへの教育は早期に症状として認知することが重要であり、情報を構造化し、視覚化する訓練を受ける必要があるのだそうです。

しかし、それはむしろ人間の本質を表しているような気がします。多くの人がある程度はPDDの気質を持ち、孤立化しているのではないでしょうか。情報の構造化も視覚化も誰にも不可欠な能力であり、誰もが訓練を受ける必要があります。

「ちょっと待っていて」というと、詳細な待ち時間を尋ねられたり、「何度言ったらわかるのだ」に対し、その回数を答えたり、、、、、。それはPDDのほんの一面かもしれませんが、むしろ「ちょっと待っていて」や「何度言ったらわかるのだ」の方こそ、現代の社会においては通用しないのではないでしょうか。「何時にどこで」、「どこがわからないのか」を明確にする必要があるように思います。

人の認知の基本に立つこと、それは習慣や間違いに気付く大きなチャンスなのではないでしょうか。

2009年8月1日

集団行動が苦手な高校生の手紙

「集団行動が苦手」 (http://www.yomiuri.co.jp/jinsei/shinshin/20090801-OYT8T00297.htm?from=os4 より)

「16歳の女子高校生。学校へ行くのがとてもつらいです。集団行動が苦手で、社交的ではないので、親しい友達が少ないです。もっとみんなと仲良くなりたいと思っていますが、うまく話せません。

私は人と話す時、相手の顔色ばかり気にします。嫌われたくないので、話を合わせてしまいます。こんな自分がとても嫌で、前向きな気持ちになれません。もっと自分を主張できるようになりたい。・・・・・(東京・I子)

◇(精神科医 野村総一郎氏の回答)
青年期に、いや、ある程度年をとってからでも、あなたと同じ悩みで苦しんでいる人はものすごく多いですよ。私の見るところ、現代社会には「明るく元気に!」という姿勢が過度に強調される傾向があって、内向的な人が多少無理を強いられているという側面があります。

あなたも自分を主張し、楽しく騒がねばという思いが強すぎて、かえって暗くなっている。うまく話せないから皆と仲良くなれない、焦りがある。しかし、これを解決するためには自分の性格を変えねばならないと思っても、空回りするばかりではないでしょうか。

性格は変えるより、その強みを生かそうとする方が大事なのです。あなたは相手の顔色を見て、相手に合わせる。これは確かに苦しいけど、それこそがあなたの強さかもしれない。むしろこれを徹底して、相手の話をよーく聴き、誠実さで勝負してみては? おとなしく社交的でない素のあなたで十分なんです。大切なのは今のあなたを生かしたままの粘りだと私は思います。」

現代建築もオープン化、透明化へ。コミュニティは昔からおつきあいと村八分の世界。地方自治も中心市街地活性化や定住自立圏構想など中央からの一方的な通達に一面的に応えるばかり。一方向的、一元的社会が広まりつつあります。

一方で新しい有能な企業組織は個人プレーとグループセッションによる独自性を重視した業務を進めています。それは新しいアイデアや企画が必要な分野には以前より不可欠な方向でした。

人も組織も、地域も自らの特性も持っています。それを見極めることが不可欠ですが、実際は高校生I子さんのように「相手の顔色ばかり気にします。嫌われたくないので、話を合わせて」しまっているのではないでしょうか。

今精神科医による組織の分析が必要かもしれません。