2008年11月26日

シビックトラストへ

シビックトラストいう概念が拡がり始めています。

トラストとはナショナル・トラスト (正式名称は「歴史的名所と自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」 National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)に由来する言葉ですが、それは自然を保護し歴史的建造物を保存するために、広く国民から資金を募って土地を取得し管理を行うことを目的とし、1895年に設立された英国のボランティア団体のことを言います。また、今日ではその運動や理念そのものをナショナルトラストと称することもあるようです。

世田谷区では
1.自然環境や歴史的・文化的環境を保全した美しい風景のあるまちの実現
2.安全に安心して活き活きと住み続けられる共生のまちの創出
3.居住環境を魅力的に守り育む活動やコミュニティの形成    を目的とし、


「世田谷の美しく潤いのある街並みとみどり等の資産を次世代に継承し、地域コミュニティとの連携・協力をさらに進め、環境共生や地域共生の理念に基づくまちづくり」を目指し、財団法人世田谷トラストまちづくりは、2006年、設立されています。(財団法人せたがやトラスト協会と財団法人世田谷区都市整備公社を統合)

それは地域の豊かなまちづくりを目指した、シビックトラスト活動と言えます。

なかでも市民緑地制度が設けられ、世田谷らしさを残す屋敷林や雑木林をまち並みとして活用する試みが行われています。市民緑地とは、都市に残された民有地のみどりを保全し、みどり豊かな環境を未来へ残していくために都市緑地法によって定められている制度であり、

土地所有者との契約によって、維持管理を行い、地域に公開することによって、地域に解放されると同時に、所有者にはみどりの維持管理や固定資産税・都市計画税・相続税について優遇措置が受けられる制度のようです。

世田谷の自然環境や歴史的文化遺産を調べ、世田谷らしいといわれる環境を次代に引き継いでゆく調査研究事業をはじめとし、ボランティアやまちづくりのための啓蒙育成事業を進め、保全からその継続運営へ向けた活動がおこなわれているようです。



シビックトラスト、、、身近な地域の資産を地域を継承するために生かすことが地域に広がりつつあります。

2008年11月25日

地域の代弁者

地方自治が変わり始めています。

古い地方都市には、総代会といった伝統的な地域の代表があり、これまで市政に大きな影響力を持っていたようです。それは地域ごとの利権代表であり、調整役でもあります。また、地域の代表である総代ごとにその情熱や発言力が異なり、継続性や地域の全体性、ヴィジョンを持ちえていないように感じられます。

しかし、今日では、彼ら地域の代表が集まると60代以上の男性ばかりが結集することにもなり、地域の偏った情勢を表わすことにもなりかねないようです。

また、近代的な地域の代表として市議会議員がいます。37万人くらいの地方の中核都市でも、2500票も獲得すれば当選できるくらいであり、当然、支援される地域の団体の利権を代表せざるを得ないのでもあるようです。

しかも、代表としての議員も、当選回数によって、訴える力が異なるという、不合理性を持ち、意気盛んな新人議員も団体に飲み込まれてしまします。もちろん、地域をかけずりまわって、その声を集めている大切な議員もなかにはいますが、一部の議員は市政に巻き込まれ、既成の事実に追随するように議会答弁するようなことにもなっています。とても地域全体の利益やビジョンを目指すことのできる代弁者ではありません。

それゆえ、市民自ら声を上げる時代がそこに来ているのではないかと感じられます。
次は市民の時代であり、市民協働の時代と言われる所以です。しかし、市民協働といっても、行政のおかかえとなっていたり、出先機関となっているNPO を通じて、市民を集め、市民を強制し、結論の決まった、既成の事実へと市民を誘導するだけなのではないでしょうか。

地域の伝統的システムでもなく、近代的システムでもなく、次は市民協働であるという時、市民を誘導することでむしろ行政の独善的市政が行われようとしているとも言えるでしょう。

市民協働の時代において、市民は強いメッセージを発信することが不可欠です。そして、そのための基盤となるプラットフォームを構築する必要に迫られているのです。

2008年11月24日

二度と起こらないために

事故や事件が起こると、責任者や加害者は必ず「二度と起こさないようにする。」と言い、被害者は「二度と起こらないようにして欲しい。」と言います。それは当然の心情ですが、二度目が起こるかどうかが問題なのではなく、、、、まず、一度目の問題を明らかにしておかなければなりません。


「二度と起こさせない」という決意はただ危ういだけのものでしかありません。言葉ではなく、具体的な処方が必要です。

社会にはいろいろのチェック機能が働き、事故や事件を未然に防いでいます。一つの大きな事故の背後には、その何倍もの多くの事故や事件の要因がすでに社会や組織に潜んでいるのだと思います。それらが飽和し、またチェックの網の目を逃れてきたからこそ、ひとつの大きな事故として現れたのではないかと感じるからです。

「二度と事故は起こさせない」   そこでは責任をきちんと問いただすことはめったにない。しかし、「二度目が起こらない」その保証はないはずです。

2008年11月23日

旧本多邸を岡崎へ移築しようとする建築史研究家への手紙

今岡崎市では、世田谷区にあった旧本多(岡崎藩主の子孫)邸を移築しようとする行政と建築史研究家の動きがあります。予算も決まり、すでに造成工事がおこなわれているにもかかわらず、この9月より市民会議が開かれ、移築の内容を決めようとしているのです。ここに、多くの市民は反発しています。
問題の背後には様々な思いと利権があるようです。
この保存・移築に携わる建築史研究家へ、地域の事実と真実を伝え、思いを伝えた手紙に地域運営の課題を表わしました。

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〇〇様

昨日、旧本多邸活用のための市民会議が開かれました。そのテーマが直前になって「活用のアイデアを考える」ことから「旧本多邸活用の夢を語る」と変更されています。活用の既成事実があり、工事が始まろうとする今の時点で「夢を語る」などと本質をずらした、市民会議を愚弄するようなやり方だと皆が反対をしておりました。20名ほどが参加したようですが、昨日の会議も賛成派と反対派をテーブルごとに分けて議論を行うような姑息な手段を取ろうとしたようです。市民会議やワークショップのいつものやりかたです。市民の考える枠組みを最小限に限定し、分断し、意見の方向を定めようとするものです。

しかし、多くの反対にあい、頓挫し、全体を一つの場として意見交換が行われたようです。活用委員会の委員も3,4名参加されていたようで、旧本多邸活用委員会で現実の生の様子が報告されることと信じています。また、会議のなかで6つほどの提案がなされ、賛成派も反対派も賛同し、議事録に書き加えることが決定したようです。しかし、議事録に書くことを約束しなければならないということは、議事録も主催者側できれいに作られたものだということです。よくよくご注意ください。

> 私自身が、島崎さんのお考えや活動に理解できたとしても、どう接点をもてばよいかもむずかしいところですね。

私たち建築家には職能倫理が要求されてきました。自分自身の創造意欲だけではなく、それ以上に社会性や第三者性が不可欠とされるのです。市民は「本当に岡崎(自分たち)のためになるかどうか」を考えています。その考えを共有し、それを真摯に考えていただくことが接点となるのではないかと思います。

1.
何故、世田谷区にあった本多邸を、岡崎市で保存しなければならないかという点です。しかも、財政規模も世田谷区は岡崎市の2倍あります(19年度で2000億と4000億の違いがあります。)。岡崎市では財政悪化が叫ばれ、33億もの減収が見込まれています。また、今年度は豪雨で被災した人も数多いですし、市に一つしかない市民病院も赤字が続き、有能な医者と患者が離れつつあるようです。

2.
あなたは本多邸の価値は高いとおっしゃいました。しかし、岡崎には素晴らしい文化資産、江戸期も明治期も昭和期も含めて数多くあります。先日も電話でお話しさせていただきました。それらは市民の生活に密着した身近な文化資産なのです。

江戸期のコミュニティを伝える、常夜燈や石碑なども多いですし、数多くの神社仏閣だけではなく、カフェ兼町の拠点として、市民によって手作りで経営されている古い庄屋なども残っています。明治期には額田郡としてとても豊かな文化が栄え、いなか歌舞伎の舞台となった奈落を持った回り舞台の劇場が複数残っていますし、りっぱな木造の村役場や公民館など、全体的素晴らしさだけではなく、コテで製作した漆喰のレリーフも見事です。また、煉瓦造の紡績工場もありました。岡崎の紡績は全国的にもすばらしく、ガラ紡という古いスタイルの紡績機も文化として今も活用しています。煉瓦の工場は解体されてしまいましたが、地域には木造の工場や水車がまだまだ数多く点在し、岡崎の文化として、実際の紡績に使用しながら残していこうという活動もあります。昭和期でも地域の拠点として、古い木造の建築が残されてきました。木造の音楽喫茶や古い公会堂や婦人会館などごく最近解体されてしまいましたが、地域の活動の拠点となり、市民に愛されていました。

私は、それらが本多邸に劣るとは考えられません。5億を使うならそれにこそ使って欲しいと思う市民は多いです。しかも、それらは公園などでテーマパークのように残されるのではなく、地域に密着し、地域の生活のなりわいのなかでこそ、残されるべきなのです。

先日、旧本多邸の保存がそれらの先駆となって岡崎の意識を変えられるものになればいいとおっしゃいましたが、それは本末転倒ではないでしょうか。仮に一歩譲ったとしても意識を変えるための授業料が5億もかかるというのは一般的に考えれば、倫理観を疑わざるを得ません。

3.
市民会議や文化財審議委員会など、行政の運営の問題も指摘しなければなりません。結果ありきの手続きばかりであり、プロセスがなっていないのです。今回の問題の本質はすべてここにあり、反対や賛成という視点ではなく、プロセスとしくみをきちんと確立することがコミュニティシンクタンクmocoの使命だと悟りました。

そのため、私たちのスタンスは原点に戻り、本来の市民の声を受け取り、本来あるべき姿へ向かうことにあります。本多邸だけの問題ではありませんが、そのためのプラットフォームづくりをします。
この問題は、あなたがおっしゃっていたような、単に市民に周知すればいいという問題ではありません。市民と共に考えるということです。市民は気づいています。旧本多邸の本質も、結果ありきの行政のことも、NPOでありながらその出先機関となってそれを無理に推し進めようとする組織のことも。

プラットフォームとは、市民にとって大切な資産とは何か、文化とは何か、町とは何かを考え、実践に移す土台であり基盤であるものと考えています。そこでビジョンをつくり、戦略を策定し、その上で、プライオリティを決定してゆくべきであるのです。市民はそのように考えています。その上で本多邸のプライオリティが高いのであれば、本多邸の復元を実施すればいいと思いますし、きちんと事実と真実を知り、本当に必要なものから始めればいいのです。岡崎市にはそうした、利権や私権にとらわれない中間的な考える場が必要なのです。それが私たちmocoの使命だと思っています。

これまでもそのプラットフォームづくりを提唱してきましたが、反対派と称する人たちは目先の対応にこだわってきました。しかし、何度かのmocoでのギャザリングや昨日の市民会議を経て、市民自ら主導する市民会議を開催してゆく動きが高まりました。それが先ほど申し上げたプラットフォームとなります。ビジョンを作り、真を問うてゆこうと考えています。

2008年11月10日

町の執行機関としての町長と職員/ニセコ町づくり基本条例

ニセコ町づくり基本条例 では、市民の多大な役割と議会の責務については数多く記されていますが、町長と職員については簡潔に述べられています。それは多くの地方都市のように肥大した、執行機関としての役割を超えたものではありません。本来の役割をしっかり、迅速に成し遂げるためのあり方が記されているのです。

町長は、「町政の代表者としてこの条例の理念を実現するため、公正かつ誠実に町政の執行に当たり、まちづくりの推進に努め」とあり、職員については、「その権限と責任において、公正かつ誠実に職務の執行に当たらなければならず、」「まちづくりの専門スタッフとして、誠実かつ効率的に職務を執行する」こと、「まちづくりにおける町民相互の連携が常に図られるよう努める」こととされています。

まちづくりは市民が主体であり、その意向を議会が形あるものとし、執行機関がそれらを実践すること、と明らかにされています。このように明快な組織においては「町の組織は、町民に分かりやすく機能的なものであると同時に、社会や経済の情勢に応じ、かつ、相互の連携が保たれるよう柔軟に編成されなければならない。」ことも同時に具現化されることでしょう。

多くの地方都市では市民をないがしろにした、結果ありきの市政が行われています。その結果を作ろうとするから、ますます、市民とかけ離れてくる。施政は議会が構築し、市民がそこに協働する、、、まちづくりとは本来、そんな単純なものであるはずです。

2008年11月9日

町の意思決定機関としての議会/ニセコ町づくり基本条例

また、ニセコ町では、議会の役割を町の意思決定機関として明確に記されています。

地方議会では議員の役割が質疑の応答に偏り、市政のチェック機関としての役割しか果たされていないように感じます。本来は立法を行う役割は議会と首長に与えられているはずなのですが、首長の立法権限はとても大きいものであり、それはつまり、行政の管理に携わる職員からの立法につながっているのではないでしょうか。

立法に携わる行政職員とその管理に専念する議員、そこには施政のプロセスの逆転現象が起こっています。しかも、議会で通してしまったことを市民に報告などしないものなのです。立法にかかわる能力がなければ、せめて、その程度の活動は行うべきと思うのですが、、、、。

ニセコ町では、議会を、「町民の代表から構成される町の意思決定機関である」と定め、「議決機関として、町の政策の意思決定及び行政活動の監視並びに条例を制定する権限を有すること」、「議決機関としての責任を常に自覚し、将来に向けたまちづくりの展望をもって活動し、広く町民から意見を求め、議会における意思決定の内容及びその経過を説明する責務を有する」とその役割と責務を明らかにしています。

また、「そのための政策会議を設置し、まちづくりに関する政策を議論する」とあり、「議員は政策提言及び立法活動に努めなければならない」と結んでいます。

ここには、市民とつながり、その代弁者としての役割を持った立法や政策のための大切な機関とその能力が描かれています。