
今日は第一部、第2回、6月21日掲載分を紹介します。
「2.岡崎らしさ
岡崎の町を横断する名鉄本線に乗っていると、田園風景から住宅地へと次第に街並みが変わり、ある地点から岡崎らしさが突然見えてくる。町が独自のものと感じられる領域に入るのだ。町は様々な顔を持ち、多様性を持つものであるが、そうした町にも明確に感じとれる境界線が出現する。そこには岡崎らしさを持つ固有の町の姿、すなわち岡崎の町の風景が確かに感じられるのである。
それは、単に川を渡る橋が町のゲートの役割を果たしているからではない。また、岡崎城というシンボルが見えてくるからでもない。住まいが集まり、うごめき、寄り添ってできる集住の形全体が醸し出す、何か特別の景観を感じるのである。田畑を開発してできる町の構造から人の住まいが重なる町へと変わり、様々な人の営みが織りなされた町の姿が見えてくるのである。様々な痕跡が、人の生活や活動の痕跡が積み重なって、周辺の地域とは違った町の形やしくみをつくっているのである。そこには岡崎らしい景観と言えるものが確かにある。
それは象徴としての岡崎城でも、城下町でも、康生というかつての繁華街でもない。生活の重なり、時間の重なりが生み出す雰囲気こそ、町であると感じるのである。それが岡崎らしさを与えるのだと思う。そこが面白いのである。
歴史ではなく、時間の重なり。場所ではなく、空間の重なり。それらが町を形づくる。
学生たちは東岡崎駅前を「さびれた地方観光都市の風景」と言う。また、その中心と言われる地域を岡崎市民自ら空洞化の町とも呼ぶ。しかし、それは近視眼的な見方である。むしろ、岡崎城を町のシンボルとしてみなすから、康生通りを中心市街地再生の目標とするから、また、豊かな生活の場を観光都市と位置づけるから町が見えなくなってしまうのである。岡崎城、中心市街地、観光都市など、こうしたお決まりの言葉が町を見えなくしているひとつの要因ではないだろうか。それらは現実の町を見ないで作られた概念としての町の姿である。そこには現実感はないし、市民も不在である。
しかし、岡崎の町はとても面白いと感じる。初めて訪れた時からその確信がある。長い名鉄本線沿線においても、岡崎は他とは違う何か魅力を感じ、興味深い、ある特別の景観持った町なのである。そうした魅力は何から生まれてくるのだろうか。
現実の町を見る以外にそれを感じるすべはない。しかし、実際は見ているようで見えていないものある。自分の町をよく見て欲しい。それは自分たちの生活の場面であり、活動の痕跡なのである。町とは人の営みが形になったそれぞれの生活の場面や場所であり、それらは積み重ねられ、また新たな活動の源泉となる。そこには人の姿がつくる様々な形が溢れていて、それらが互いに親密に関係しあって、町を形づくる。
町とは住まう人たちが作る時間や空間の重なりである。そこに町の形がにじみ出してくる。岡崎はそうした人の営みが時間的にも空間的にも幾重にも積み重ねられた厚みのある町なのである。それが他とは違う魅力を感じる特別の景観をつくり出しているのだ。そうした住まう人たちの視点から町を考えることで町はより豊かさを持つ。岡崎らしさを重ねてゆく時、その中心となる地域は元気を取り戻し、シンボルが生き、他の町から多くの人たちが魅惑されて訪れる町となる。」
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