2009年5月28日

企業通貨

ポイントカードが企業の連携によって、企業通貨としての価値を帯だしています。他カードへポイント変換のできる「ポイ探」なるサイトもあって、消費者は企業間の乗り入れ、コラボを意識し始めています。通貨に近い形になって、目に見える身近な価値の認識が広がってきたようです。見方を変えれば企業の連携が具体的に消費者の立場にまで降りてきたということかもしれません。

そのひとつがJR東日本発行のSUICAです。ビックカメラでの購入で溜まったビックポイントでSUICAをチャージできるようです。ヨドバシでも同様のようですね。 ビックカメラやヨドバシカメラがSUICAと連携するわけ、それは同業の巨大なヤマダ電機の存在があるようです。

「企業分析力養成講座」で山口揚平氏は小売業種の熾烈な競争原理によって純粋な小売業は仕入れの拡大とマーケットの拡大へ走らざるを得ないことを説明しています。彼の分析は一般人が経営と分析と聞いて陥りやすいB/SやP/L、キャッシュフローだけではない、もっと多角的な9つの視点から複合的な関連性を示しています。

企業の拡大ではヤマダ電機のMAで分野全体が一段落しかけており、ビックカメラの戦略としては小売業の土俵を変えることと分析されています。次の段階へ向かう必要があったのだと。

それが駅前、駅近の大型店舗に活路を見出すことであり、JR東日本との連携につながりました。また一方、JR東日本としてはエキナカ、エキビルという付加価値の部分で活路を見出そうとしていて、両者の連携が進んだようです。

ここにおいて、企業通貨、つまりポイントカードはこれまでのOTAKUによる狭い領域の奥の深い物語ではなく、誰にでも共通する普遍的価値を見出したようです。つながること、目に見えることの重要なポイントです。

一方で地域通貨は?と言えば、、、地域は3万人の町も40万人の町もコンパクトシティと都心再生で花盛りです。都心再生というごくごく一部のみに焦点を当て、近視眼的に町を見るようになっています。

商店街は自分たちの足元だけにとらわれ、どのような消費者がどこから来て、どのような行動をとってゆくか、何を求められていて、どのような要望があるのか、など通常のマーケッティング探索機能さえ、果たしていないように感じられます。都心再生事業の欠陥であり、地元の利権と利害が絡んだ都心再生構想の破綻です。

これでは、古い商店街の活性化も夢と終わりますし、地域通貨などとてもできないでしょう。
生き残りに必死になって、目を見開いた企業のあり方を取り入れる必要がありそうです。

2009年5月26日

協働から生まれる形とは

閉鎖的であったり、また開かれていても同じ志向を持つ組織からは豊かな、多面的な思考は生まれてこないものです。そうした貧困さを打開するために協働という組織の形態が生まれてきました。

デザインや設計の世界では昔から多くの人との協働で、そして屈託のない意見交換により、新たな発想を生み出してきたのです。今そのような方向がコミュニティにおいても重要となってきています。縦割りの閉鎖的な行政組織では様々な利用者である市民や専門家の期待にとても応えられないからです。
しかし、協働の中で市民の声を聞いてつくるとはどういうことかがまだわからないようです。市民の多様な声を聞いて、アイデアを膨らませて作れば、そっけない、何もない、すました、ガラス張りの図書館にはならないのが一般的です。

岡崎市図書館交流施設。このさびしい施設の状況は協働を拒否した悲しい結果なのではないでしょうか。建築とは人の思いが込められたものなのです。その思いは訪れた人にもわかってしまいます。

また、窓のないガラス面は、近くのせせらぎの川風を引き込むことなく、鳥のさえずりを異次元のものとしてしまいますし、ましてや、窓のない理由が、利用者が本を外に盗み出さないようにとの配慮からだと聞くとあきれるばかりになります。建築家の倫理はどこへ行ってしまったのか。。。

本来はそこ、ここに市民の居場所となるいろいろの、行政マンには想像もつかないような、抽象論しか語らない設計者には思いもつかないような豊かな場所と場面が用意されているはずなのです。

このようながらんどうの図書館は声を聞かなかったことの象徴でもあります。

広まってきた市民協働、官民協働とも言いますが、形だけで終わっているようです。かけ声、ないしはポーズ、あるいはガス抜き、、、、、。

協働によって生まれてくる形とは、統一された既成の完成美などではなく、多くの価値観にあふれ、多面的でむしろ雑然としたような人間的な様相を持ったものになるはずなのです。統一的、抽象的秩序が市民にとって必要であるならば、市民の声など最初から聞く必要はないのです。

悲しいことに、どこの町でも中心地の整備された歩道は単調でさびしい舗装となっていたり、樹木も貧相な様相を呈していたりで、人間性に欠けています。それは緑政課や土木課が実際の町そのものや人や樹木や敷石を見ないで、ユンボで掘って、固めただけの代物だからなのです。

しかし、協働によって生まれる形とは、それは古くからある住民が自ら育ててきた街並みのようなものです。なんとなく統一が取れているようで、でも、個性は至る所に溢れている。それが町のエネルギーになり、生命力になると思うのです。

福岡で会った小さな町の職員は話し合いの相手が見つからないから、町に出向いていく、営業や取材に出掛けて行くと自ら語ってくれます。対話によって豊かなものが生まれてくるものなのです。

2009年5月25日

グローバルアリーナ

グローバルアリーナは、これまで日本には少なかったスポーツ人材育成を目指し、地域のスポーツ振興事業に取り組む企業です。駅から も近く、山と広々とした芝生に囲まれた競技場や宿舎は、滞在型の豊かな環境を持っていました。
ここにあるパン工房やカフェ、それらに付属した小さな図書館に興味がわいただけでなく、その運営や経営に注目し、視察に行ってきました。
青少年のスポーツ大会や合宿を中心に滞在型の人材育成を行うほか、少年サッカー大会や4日で1万人が集まるというスポーツイベントを開催するなど、現在は年間10万人程度の集客があるそうです。滞留型複合施設を併設しているため、一日ここで過ごしてゆく参加者も多いということです。
中心となっている芝生の広場に、レストランや高級食材を置いたショップ、パン工房や図書館があります。図書館は年間70万円ほどの予算で、休館日がなく、11-19時または10-20時の運営となっています。健康やスポーツ、ガーデニングや交流のある国の書籍を中心に、宿泊者や滞在者に貸し出されています。蔵書のボリュームではなく、いかにテーマを絞ることができるか、そうしたことも地域の小さな図書館にとっては大変重要なことであると知りました。
当初、地元企業の創業者の上場益によって設立されたのですが、その後、独立採算となり利用者の会費やゲストの宿泊を財源にして経営されています。スポーツ施設でありながら、また経営的な組織体でありながら、若者への情報発信や文化学術への志向など、文化を財産として捉え、次世代を視野に入れた長期展望を持つ運営を考えているようです。パン工房や図書館も文化の情報発信源として考えられているようです。
まだまだ、この分野は日本には根付いてるとは言えず、経営的財源が限られているのは仕方がありませんが・・・。将来への人材育成や青少年の交流に力を注ぐことで、市民や地域へ無形のものを還元し、さらにそれらをマーケットと考え、コンベンションを起動して都市機能をも取り込む考えです。次世代への発信、文化や学術への貢献、公共的、NPO的経営基盤など、スポーツ事業の裾野を広げることで10年後の収益を視野に入れているようです。
この小さいけれど居心地の良い図書館を軸に、芝生でくつろげるワークショップ型ブックモビールを展開する発想が生まれてきました。発想が次なる発想を呼ぶ。これが次なる創造を生み出すのだと思います。

2009年5月19日

北九州市戸畑図書館-地域による図書館運営

辻桂子氏から戸畑で面白い人が図書館長をやっていると聞き、北九州市戸畑図書館、館長伊藤豊仁氏にお目にかかりに行きました。図書館の運営を尋ねると言うよりも、経営者にその経営理念を聞いたようなような印象が強く残っています。

北九州市では2005年に指定管理者制を導入したのを機に、地域の青年会議所がNSK日本施設協会を組織して、地域に根ざした情報発信のための新たな図書館理念を掲げ、その館長に伊藤豊仁氏を招聘したようです。

指定管理者とは、本来は市民の目線で、柔軟できめ細かなサービスを、というのを求めて導入されるものですが、どの地域でも実際にはコスト削減のために導入されており、サービスの空洞化へ繋がると批判が出ているケースが多いようです。

図書館の指定管理者には、図書館業務を遂行する全国規模の大手業者が請け負うことが多く、図書館を単に本を貸し出す機能としてしか考慮せず、地域の司書をアルバイターとして派遣するだけの運営になりがちですが、戸畑では自分たちの図書館を自らの経営理念で自分たちで運営しようと立ち上がったわけです。

現在は最初の1期3年が終了し、その成果が市から認められ、2008年度より2期目(5年)に入っているようです。

18人の司書職員(館内14人、4つの分館に4名)は90名の公募の中から選ばれたそうです。現在も大変苦しい運営状況・人的状況ですが、直営時には司書の資格を持った職員が半数しかおらず、業務が偏り、司書が図書館外部へも出かけてゆくなど、本来必要なはずの多様な運営を行うことができていなかったことに比べれば、むしろ現在のほうが効果的に業務が取り行われているということです。

伊藤氏は自ら企業家としての経歴を持ち、そのキャリアを生かし、図書館運営に地域のつながり、大学や学術団体との連携や市議会へのロビー活動などによてイベントや啓蒙講座を開いています。そこには、目指すべき図書館の姿があります。行動する図書館、情報を発信する基地、市民シンクタンクとしての図書館、、、、、。


伊藤氏には何事も、楽しまなければならないという、基本的な起業人の発想があるようです。リーダーの豊かで柔軟な資質とそれを支え登用した組織のバックアップがこの新しい図書館像を推進していると言えます。

本来の指定管理者制度の本質が見えてきます。

2009年5月9日

JR KYUSHU

新しい図書館構想をまとめたくて、福岡へ行ってきました。『真夜中の図書館』の辻桂子さんとの打ち合わせと北九州市戸畑図書館を訪問するためです。先に戸畑図書館の伊藤館長にお会いするのに小倉で下車。

新幹線を降りると、何か違う雰囲気がぐぐっと迫ってくる感じがしました。

近郊電車がかつての長距離電車のような重厚なデザインと雰囲気を持っているのです。丸みを帯びた堅牢な形状から感じ取れる素材の厚み、原色にはない濃厚な深い色彩、落ち着いたインテリアを創る小さな窓、控えめできらりと光るエンブレムなどにも目が行きます。、、、、、かなり思い入れのあるデザインであることがわかります。

東京を走るJR東日本のアルミ製の軽い通勤電車とは発想が全く異なっています。

国鉄が民営化されて20年経ち、ようやく地域性が現れてきたのでしょう。
JR九州は他のJR各社とは異なり、デザインに関する受賞歴が多く、またそれをきちんとWEBサイトに事業報告として掲載しています。

1988年「ホテル海の中道」のアートディレクションを手がけたことを契機にJR九州の車両デザインや広告のデザインに関わってきたデザイナーである水戸岡鋭治氏の存在がそこにはあるようです。地域振興・活性化の基盤を担う大きな戦略として成功を収めているように感じられます。

小さな地域での営業のため、JR東日本や東海などと比べて経営的には厳しいと思われますが、十分に社会的使命を果たし、地域の独自性を生み出しています。

■ハイパーサルーン 1989 ローレル賞(鉄道友の会選定)
■ゆふいんの森 1989グッドデザイン商品選定(通商産業省・Gマーク商品に選定)
■200DC 1992 ローレル賞(鉄道友の会選定)
■博多駅コンコース 1992 福岡都市景観賞(福岡市選定) 92商環境デザイン賞特別賞(日本商環境設計家協会選定) SDA賞(日本サインデザイン協会選定)
■由布院駅 1992鉄道建築協会賞入選(鉄道建築協会選定)
■熊本駅ビル「フレスタ」1992鉄道建築協会賞入選(鉄道建築協会選定)
■JR 九州の列車 1993公共の色彩賞(公共の色彩を考える会選定)
■787つばめ 1993ブルーリボン賞(鉄道友の会選定) グッドデザイン商品選定(通商産業省・Gマーク商品に選定) 1994ブルネル賞・長距離旅客列車部門(国際賞)
■つばめ客室乗務員制服1994ブルネル奨励賞・制服部門(国際賞)
■JR 九州の列車とバスの色 1995北九州都市の色彩賞(北九州市選定)
■ソニック883 1995グッドデザイン商品選定(通商産業省・Gマーク商品に選定)1996 H 8 ブルーリボン賞(鉄道友の会選定) ブルネル賞・長距離旅客列車部門(国際賞)
■ソニックの「動く彫刻」 1996ブルネル奨励賞・芸術の鉄道への適合事例(国際賞)
■会社案内など 1996ブルネル奨励賞・視覚情報グラフィックデザイン(国際賞)
■宮崎駅 1996宮崎市都市景観賞(宮崎市選定)
■美咲が丘駅 1997福岡県建築住宅文化賞貢献賞(福岡県選定)
■JR九州のデザイン活動 1998SDA特別賞(日本サインデザイン協会選定)
■新ゆふいんの森 1999JIDインテリアスペース部門賞(日本インテリアデザイナー協会選定)2001 H13 グッドデザイン賞((財)日本産業デザイン振興会)
■小倉駅 1998 鉄道建築協会賞入選(鉄道建築協会選定)1999照明普及賞九州支部賞(照明学会)2000グッドデザイン賞特別賞((財)日本産業デザイン振興会)公共の色彩賞(公共の色彩を考える会選定)
■JR九州 2000 国際交通安全学会賞(国際交通安全学会)業績部門:デザインを中心とした魅力ある鉄道づくりによる地域活性化
■長崎ターミナルビル2000 照明普及賞優秀施設賞(照明学会)
■885かもめ・885ソニック 2000照明普及賞優秀施設賞(照明学会)2001 ブルーリボン賞(鉄道友の会選定)ブルネル賞・長距離旅客列車部門(国際賞)グッドデザイン賞((財)日本産業デザイン振興会)
■815系近郊電車2001ブルネル賞・近距離旅客列車部門(国際賞) グッドデザイン賞((財)日本産業デザイン振興会)
■817系近郊電車 2001グッドデザイン賞((財)日本産業デザイン振興会)
■800系つばめ 2005ローレル賞(鉄道友の会選定)グッドデザイン賞((財)日本産業デザイン振興会)JIDAデザインミュージアムセレクション(日本インダストリアルデザイナー協会)
■JRホテル屋久島2006照明普及賞優秀施設賞(照明学会)
■日向市駅2007優秀木造施設 林野庁長官賞(木材利用推進中央協議会、農林水産省後援)鉄道建築協会 作品部門 入選・国土交通省鉄道局長賞((財)鉄道建築協会)2008建築九州賞一般建築部門 作品賞((社)日本建築学会九州支部)

2009年5月6日

アートディレクション

「アートディレクションの可能性」は現在活躍するグラフィックデザイナーによるトークセッションが収められたものです。

彼らの多くはグラフィックデザイナーというその名称から想像される枠をはるかに超え、もっと重要な役割を担って活動しているようです。パッケージやポスターのデザインやCMなどの映像制作に留まらず、商品開発や企業イメージのプロデュースまで行っています。

企業や製品の本質を捉えて、ありのまま描き出すことに (私たちには思いもよらない素敵な描き方ですが、、、) 成功していると言えます。
プロデュースし、ディレクションし、そしてビジュアライズするという3役を引き受けている彼らは、、、、、、自分たちを「物申すデザイナー」と位置付けています。

一瞬にして物の本質を表現するビジュアルコミュニケーションという分野での彼らの能力は、ライフスタイルの方向性、しいては現代社会の方向性をも形造ることができるのです。

私の専門分野である”建築”といった長大で孤高と言われがちな’とっつきにくい物’ではなくて、身の回りのそこここに存在する’あふれた物’によって、方向づけることが可能なのです。

たとえば、資生堂のTUBAKIという製品は、その名を「なでしこ」でもなく、また「さくら」でもなく、静かな庭に妖艶にたたずむ『椿』をテーマにしています。『椿』は1年を通してその深い緑の葉に光沢を湛え、花は色も形状も個性が強く、豪華に、時には清楚にその花を咲かせます。実はもちろん長く黒髪に愛されて来た椿油を蓄えています。

日本女性の奥深い美と資生堂という企業イメージとを同時に具現化し、多くの人の視線を釘づけにするあのCM。それは視聴者の意識を同じ方向へと導く強さを持ったものと言えます。

コミュニティをデザインするということは群造形に近い感覚だと考えてやってきましたが、方向性をつけるさらなる強さが必要のようです。多様なエネルギーを受け止めることのできる、プロデュース力とディレクション力そしてそれらをありのまま、ビジュアル化するという事が必要のようです。

2009年5月3日

閉じられたコミュニティでNOと言えること

閉じられた、しかも小さな地域のコミュニティの中では、NOを発することが難しいようです。 しかし、同時にそれは、YESとも言っていないことにも気づかされます。密接なつながりとあつれきや思い込みによって、生まれてくるようです。メディアであるはずの新聞社でさえ、そのようであると感じられます。

この、NOとも、YESとも言わないあいまいな姿勢が地域の、そして地方の政策をなんとなく形作っていきます。小さな社会で、その小さな部分しか視野に入らない閉鎖性を打ち破り、 NO、、、あるいはYESと言える環境づくりが地域の活性化には不可欠のようです。

コミュニティシンクタンクの次のかたちは、触媒としての中間媒体から閉鎖性を解放する仕掛けを与えてゆくプロジェクトへ、GATHERING から DIRECTION へと、その立ち位置を広げてゆきたいと考えています。

NOとYESの代弁者として。

思考再開です。

2008年12月23日

地域の病院

病院の経営が行き詰っているようです。

「銚子市立病院 休止のお知らせ

子どもからお年寄りまで、市民の皆様一人ひとりが、健やかに安心して生活するために、地域医療の充実が必要なことは誰もが願うことであります。
市立総合病院は、こうした「市民の命と健康を守る」地域の病院としての大きな役割を担ってまいりましたが、平成20年9月末日をもって一旦休止することにいたしました。
私としては、市立総合病院を公設公営で存続させるべく、医師を確保し続けるための引き揚げ防止や派遣の要請など、関係機関に対しあらゆる手を尽くしてまいりました。
そのなかで、公設公営を含めた市立総合病院の方向性について、知事と会談し、その後、県・市・コンサルタントの3者で協議を進めてまいりました。
この結果、
(1)関連大学などからの医師派遣が極めて困難であること
(2)今後の診療体制のなかで、外科医1名、内科医も1名になることなど、医師の減少によって入院の受け入れや救急対応が困難となり、収入が大幅に落ち込むこと
(3)更に医師の退職が想定され、現行の診療体制が維持できないこと
(4)大幅な経営改善を行っても多額の追加支援が必要となり、市の財政状況では支援が困難であること
(5)年度途中に到来する資金不足に、県の財政支援が受けられないこと
などから公設公営での存続はできないと判断いたしました。
開設者として、市民の皆様をはじめ市立総合病院に関係するすべての皆様に深くお詫び申し上げます。私としても、この苦渋の決断につきましては断腸の思いであります。
今後は、患者の皆様の転院に全力をあげて取り組むとともに、病院の再開につきましても、公設民営または民間譲渡により、なるべく早い時期に対応したいと考えておりますし、市立総合病院の医療従事者のなかには、地域医療に対する使命感と高いモチベーションを持つ多くのスタッフがおりますので、それらのスタッフを、地域医療を支える財産として活かしていきたいと考えております。
また、本市の救急医療につきましては、県の支援を得ながら市医師会との十分な協議を進め、近隣病院への協力もお願いするなど、市民の皆様が安心できる体制整備に奔走していく覚悟であります。
市民の皆様や関係各位のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。 平成20年7月7日                   銚子市長  岡野 俊昭」

5つの休止の理由のうち3つが医師の逃避が原因のようです。

近年は「患者本位の経営」が目指されている中で、医者の労働、研究環境をないがしろにしてきたことのつけでしょうか。

「岡崎市民病院 患者さんの権利と責任
・患者さんは、良質の医療を平等に受けることができます。(適切な医療を受ける権利)
・症状・検査・治療について十分な説明を受けることができます。(知る権利)
・十分な説明を受けた後、治療や検査を受けるか受けないかを決めるのは患者さんです。(自己決定の権利)
・医療機関を選択することができ、必要な情報も受けられます。(医療機関を選択する権利)
・医療上の個人情報は保護されます。(プライバシーが保護される権利)
・医療関係者と力を合わせ、患者さんにも治療に参加していただきます。(医療に協力する責任)
                                  病院長」

嘘っぽさも、責任放棄にも見える部分はありますが、、、、これが責任を積極的に取り込まない一般的な公立病院の姿かもしれません。岡崎市民病院でも赤字経営の問題と同時に医師離れが大きな問題となっているようです。しかも、有能な医師が離れてゆけば、同時に患者も離れてゆきます。離れてゆく先は周辺市町村の優秀な医師のいる病院ということになってしまいます。

ところが、同じ公立病院でも大きな理念ときめ細やかな対応を行っているところもまた多くあります。
兵庫県北部の八鹿病院では、地域医療の再生に向けて、地域の医療ネットワークを整備するとともに医師の働く環境を整えているようです。多くのメディアにも取り上げられています。

http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/

そこには医療のあるべき姿を、とれる姿を、1歩も2歩も踏み込んで、具体的、かつ自分たちの言葉で、考えられています。戦略と戦術のコンセプトがたっぷり含まれていて、とても、おもしろいですね。

強いリーダーシップがあるべき姿を描き出すのだとあらためて感じています。

オープン外来
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=99361badae5463c4e85af41a01c835e9
医療機器の共同利用
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=f2f5c784e9dddd8ba3c13f6c9249a2ec
小児科休日診療(ドクターバンクによる)
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=7b2421b8b4fd6a92e9fcae3d64573673
診察の予約(FAXによる)
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=2b20f0f4bfabc813c8787373a7db493e
救急受診
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=e0cb446422bbd8fa29443bf73d931e1d

また、研修医に向けての広報や
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/kensyui/qa/qa.html
その理念を書いた募集要項、
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/kensyui/kouki/tokutyo/index.html
患者に向けた意見箱によって、きめ細かな意見にも応えています。http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=305f57666e1d053156c3a64b3a6c0b4f


NPO法人「蕗の薹」の理事長である栗木宏美さんは岡崎で、医療行為のできるケア施設設立に向けて、多くの壁にぶつかっています。しかし、この八鹿病院のことを考えると、やりたいことやらねばならないことは何でも出来るように見えてしまいます。

地域にとってのあるべき戦略とそれを実現するための具体的な戦術とに取り組む必要があります。「患者さんの権利と『責任』」など、、、どこにも書いてはいませんね。

2008年12月22日

グリーンスポーツ鳥取

グリーンスポーツ鳥取(GST)の活動は、広場や校庭を芝生化してゆくことでよく知られています。それは、これまでのような日本の芝によるものでもなく、また、これまでの造園手法によるものでもなく、西洋芝の一種であるティフトン芝の苗のポットを一定の間隔で植え、茎が延びてゆく芝自体の成長力によって、つくりあげるものです。数か月で全体が芝生の広場になっています。また、芝生化の過程で、市民自ら集い、芝生をつくりあげるものです。 http://www.greensportstottori.org/lawn/modules/myalbum/

日本各地における芝生化の動きに合わせて、メディアでも取り上げられ、注目を集めています。

しかし、彼らの活動の紹介には、芝生化に多くの視線が集まっていますが、むしろその根本は地域のスポーツ活動の場を提供してゆくことで、地域の運営を進めてゆこうとするもののようです。その事業活動が次のように示されています。

・スポーツの啓発普及に関する事業
・競技者、指導者及びボランティアの育成に関する事業
・スポーツ大会、スクール等の主催及び運営、その受託に関する事業
・地域代表競技チームへの支援
・新しいスポーツの普及活動(ペタンク等)
・幼稚園、学校や企業の運動会の支援
・野外音楽演奏やイベントの支援
・地元住民が企画したイベントの支援(例えば盆踊りや地元祭り)

その場を芝生にすることで、目に見える形で地域の拠点が生まれます。活動の場所となる芝生の広場やグラウンドを作り、その場所の利用を生み出すと同時に、日常の生活の場としても活用する、、、市民が集いつながりを持つための場が必要なのです。

また、ペットの管理やゴルフの練習など社会で問題になっていることを、それを締め出すのではなく、受け入れることで、そのルール作りをすることでコミュニティの再生を目指しているようです。混在することをあらかじめ避けたり、そのような場所を作らないことへ向かう、行政や行政の出先機関NPOのやり方とは大きく異なっています。
多くの地域では市民を豊かにする活動の芽は生まれ始めています、この活動を持続させる場の提供、成熟が今望まれているのではないでしょうか。


それは、GSTではすでに始められていて、彼らの活動の特色に表れています。
・豊かで美しい地域社会は地元住民が行政任せではなく、自らの努力で築き上げることを活動の基本としていること
・県が公有土地を市民団体(NPO)に長期間無償で貸し付けるわが国初の事例であること
・安全に遊べて,スポーツの練習が出来る芝の管理は会員(GSTや傘下クラブ)が自ら作業することで維持管理コストの大幅削減を目指していること
・除草剤などの農薬を一切使用しないで,安全性,環境保全を重視していること
・地域の子供からお年寄りまでが安全、健康的,かつ趣味としてスポーツを楽しめる新しい「地域密着型」の交流拠点を目指していること
・住民が地域社会の主役であるとの自覚を持って、行政官庁としっかり対話できるパートナーシップの確立を目指していること

行政の柔軟な役割も必要ですし、市民の高い意識も必要のようです。

2008年12月21日

円高

円高が進み、日本の屋台骨を支える企業の根本が揺らいでいる、と言われています。


かつて、日本は資源がないから、資源を輸入し、製品を輸出するのであると教えられてきました。製品を輸出する、すなわち、外部社会から利益をフローする、ことで国が豊かになるということでした。しかし、製品を輸出することを優先し、内部の多くの資源を失ってしまったのではないでしょうか。内側からの豊かな利益がかけてしまっていることに今気づいたようです。

経済とは、内側からの利益は同じ経済地域の中ではエンタルピーが変わらないので、利益も経済においては、著しい効果は見られず、外部の地域から利益を導入することで、言い換えれば搾取することでしか、著しい成果を得ることができなかったのではないかと感じています。

この外部から内部へのフロー、を重視することで、内部でのフローが止まってしまったようです。このフローを再び生み出すことが、今見直されています。それは地域に目を向け、これまでのやり方を変え、新たなフローとプロセスとなって現れるものではないかと考えています。地域を拠点とし、地域のつながりを生み出してゆくことで、渦を巻いてゆきます。その一部はベンチャーとなって、社会起業家として、チェンジメーカーとして注目され始めています。

2008年12月20日

官僚組織考察へ

官僚の天下りシステムに問題を提起されていますが、その改革は全く進んでいないようです。
http://www.asahi.com/politics/update/1218/TKY200812180387.html

官僚という、ピラミッド型の組織に対して、終身雇用の雇用システムが効果的ではなかったということですね。底辺×高さ÷2が三角形(ピラミッド)の面積ですから、ちょうど半数が不要の人材ということになります。この余剰人員、不要人員をどうするのかではなく、システムそのものの形を考えないといけないのではないでしょうか。

社会ではなく、上司の指示に従いかねない、上意下達型の指示系統型を独立型、協働型、ゲリラ型のシステムに変えねばなりません。ピラミッドからアメーバ―へ。 (ただ、決められた答えを競う国家公務員上級試験から変えねばなりませんが)

ところで、地方の公務員はどのように余剰人員を処理しているのでしょう。

2008年12月19日

地方自治法

地方自治のあり方を表わしているのが、地方自治法であると言われます。

さまざまに書きすぎていると感じられますし、同時に地方の自治については何も書いていないとも感じられます。地方の自治の基本理念が描かれているであろう、地方自治法について少し俯瞰してゆきたいと思っています。

「第一条
この法律は、地方自治の本旨に基いて、地方公共団体の区分並びに地方公共団体の組織及び運営に関する事項の大綱を定め、併せて国と地方公共団体との間の基本的関係を確立することにより、地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を保障することを目的とする。 」

その総則の第1編、第1条には上のように書かれていて、地方行政と市民との関係を描いたものではなく、地方行政と国との関係を描いたものであることがわかります。だから、ルーティンワークのことが延々と書き連ねてあるのですね。

また、第2編、2章には住民のことも簡単に描写されていますが、、、生きている生の姿ではないですが、ある程度の権利も描かれているようです。

地方自治法 第二編 第二章 住民

第十条
市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。
住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。

第十一条
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の選挙に参与する権利を有する。

第十二条
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の条例(地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものを除く。)の制定又は改廃を請求する権利を有する。
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の事務の監査を請求する権利を有する。

第十三条
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の解散を請求する権利を有する。

日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の議員、長、副知事若しくは副市町村長、選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会の委員の解職を請求する権利を有する。

日本国民たる普通地方公共団体の住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の教育委員会の委員の解職を請求する権利を有する。

第十三条の二
市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない。

2008年12月18日

フリーターからハケンヘ

今話題の非正規雇用社員。派遣社員、契約社員、嘱託雇用など今日、多様な雇用(雇用と呼べるものかどうかは怪しいですが)が問題となっています。

かつて、バブル前夜には、多様で独立的な立場をもった、フリーターという言葉が生み出されました。フリーターとは小杉礼子氏によると 、1980年後半、アルバイト情報誌『フロム・エー 』によって造られた新語であり、初めは「フリー・アルバイター」といっていたが、略して「フリーター」と呼ばれるようになったということです。

フリーター以前、私の学生時代は自らをモラトリアムと呼んでいました。何もしないでいるというよりは建築を目指して、自らの立場と価値観とを模索していた時代でもあったように感じられます。大学院に進み、留学する人も多かったのではないでしょうか。

モラトリアムとは、もともとは経済学の用語で、「支払猶予期間」のことを指すそうですが、心理学の用語として、「大事なことを引き延ばしに引き延ばして、やらない状態」のことをいうようになったようです。しかし、人間のとしての成長の中で社会的責任を猶予されると同時にそれをを育む大切な期間であったと感じられます。

まだ、建築家の修業時代であった私たちは、このフリーという言葉にあこがれたものでした。フリーランス、フリーアーキテクト、それらは私たちの目指したものでありました。

本来のフリーターと現在のハケン、その違いはそのフリーランスたる独立性と強さにあるのではないかと感じられます。

地域での市民活動にもフリーランスが求められています。

2008年12月17日

インターチェンジのごとき駅前再開発

1960年代、ペデストリアンデッキを縦横に配した新たな都市の形が構想されました。

その都市構想の手段は時代遅れとなりながらも多くの地方都市でいまだ作り続けられています。その多くはモータリゼーションを、これも死語になってしまった感はあるのですが、モータリゼーションを中心とした区画の整理(非人間化)によって、人間的な地域の形を破壊してきました。

そのモータリゼーションの行きついた形が、インターチェンジのような車用の道路を中心とした新たな駅の構想となって現れました。名鉄東岡崎駅です。
駅前は新たな区画整理によって作られ、大きな道路に疎外されたアイランドとなっています。この時代錯誤は設計者の勉強不足なのか、企画の側の価値観なのか、自動車関係業者の圧力なのか、、、、、、、。

今この開発の是非が問われています。しかし、論点がゆがんでいます。賛成派はもちろん現在の古く老朽化した時代遅れの駅を変えたい、反対派は街を破壊するような独善的、前時代的な開発を回避したいという思いです。賛成派と反対派との利害が真っ向からぶつかっているわけではありません。

問題はそのやり方なのです。保守的な地域の課題は常に共通しています。
この状況をとりまとめるのではなく、あくまでこのまま前に進めるためにアンケートによる分析も用意されています。しかしながら、広く是非を問うものではなく、狭い視点の中での選択肢を選択するものでしかないようです。アンケートの問いの何番を選んでも結果は変わりはありません。









2008年12月16日

政策プラットフォームに向けて

「地域の代弁者(081125)」で次のコメントをいただきました。

そうですね!!共感します!!!その基盤となるプラットホームはどうやったら構築できるのでしょうか??

プラットフォーム構築に向けて、現在の状況を答えています。

コメントありがとうございます。
コミュニティシンクタンクmoco(http://www.mocomoco.ws/)設立し、実践を開始いたしました。地域の課題に対し、課題を市民の手で解決すべく、その体制を作り上げることではないかと考えています。

現在は岡崎市における課題の一つである「旧本多邸の移築保存の是非」に取り組み、地域の文化資産にかかわる全体構想に取り組み始めました。地域の課題の本質はすべてに共有しているものであり、それゆえ、それは同時に次なる多くの課題に対する第1歩であると考えています。

この構想を、ヴィジョンをいかに市の政策の中に取り込んでゆけるか、、、、構想を実現に移す次の体制作りを思案しているところです。市民組織によって官僚組織のプロセスを、価値観を変えねばならないと考えています。

2008年12月15日

議員の役割

参院決算委員会が開かれていますが、元金メダリストの議員が質問に立っていました。

まず、周辺へ丁寧なくらいにあいさつを行う、これでまず2分ほど。書類を読み上げて、始まりますが、7分ほど数枚のうち2枚は、自分の経歴や、総理の経歴を重ね合わせることで過ぎてゆきます。そして、危機の時こそ、基本立ち返ると言い、競技の基本、公務員の基本、金融の基本と続き、そして、金融対策を総理に「お聞きする」。抽象的質問。ここで7分の総理の答弁。

というより、、、この15分ほどの時間は何だったのだろうか。
基本は信頼、信用、、、、。ここで総理の展開の場となります。この議員の役割は何であったのでしょうか。人と人が対峙していないのです。

そして、この時期にオリンピックにおける日本人の活躍を総理に述べる、、、、、。5分の答弁。この特別の時期に、すべてが金融に集中する必要はありませんが、、、もっと政治に、国民の目線に立って欲しいですね。

そして独立監査法人スポーツ振興事業団の予算の問題へ。ここが本題なのでしょう。しかし、30分ほどの質疑時間のうち、20分ほどがご挨拶程度のレベルのものでした。議員の役割とは何か、国政も地方行政も同じことが繰り返されているようです。

2008年11月26日

シビックトラストへ

シビックトラストいう概念が拡がり始めています。

トラストとはナショナル・トラスト (正式名称は「歴史的名所と自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」 National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)に由来する言葉ですが、それは自然を保護し歴史的建造物を保存するために、広く国民から資金を募って土地を取得し管理を行うことを目的とし、1895年に設立された英国のボランティア団体のことを言います。また、今日ではその運動や理念そのものをナショナルトラストと称することもあるようです。

世田谷区では
1.自然環境や歴史的・文化的環境を保全した美しい風景のあるまちの実現
2.安全に安心して活き活きと住み続けられる共生のまちの創出
3.居住環境を魅力的に守り育む活動やコミュニティの形成    を目的とし、


「世田谷の美しく潤いのある街並みとみどり等の資産を次世代に継承し、地域コミュニティとの連携・協力をさらに進め、環境共生や地域共生の理念に基づくまちづくり」を目指し、財団法人世田谷トラストまちづくりは、2006年、設立されています。(財団法人せたがやトラスト協会と財団法人世田谷区都市整備公社を統合)

それは地域の豊かなまちづくりを目指した、シビックトラスト活動と言えます。

なかでも市民緑地制度が設けられ、世田谷らしさを残す屋敷林や雑木林をまち並みとして活用する試みが行われています。市民緑地とは、都市に残された民有地のみどりを保全し、みどり豊かな環境を未来へ残していくために都市緑地法によって定められている制度であり、

土地所有者との契約によって、維持管理を行い、地域に公開することによって、地域に解放されると同時に、所有者にはみどりの維持管理や固定資産税・都市計画税・相続税について優遇措置が受けられる制度のようです。

世田谷の自然環境や歴史的文化遺産を調べ、世田谷らしいといわれる環境を次代に引き継いでゆく調査研究事業をはじめとし、ボランティアやまちづくりのための啓蒙育成事業を進め、保全からその継続運営へ向けた活動がおこなわれているようです。



シビックトラスト、、、身近な地域の資産を地域を継承するために生かすことが地域に広がりつつあります。

2008年11月25日

地域の代弁者

地方自治が変わり始めています。

古い地方都市には、総代会といった伝統的な地域の代表があり、これまで市政に大きな影響力を持っていたようです。それは地域ごとの利権代表であり、調整役でもあります。また、地域の代表である総代ごとにその情熱や発言力が異なり、継続性や地域の全体性、ヴィジョンを持ちえていないように感じられます。

しかし、今日では、彼ら地域の代表が集まると60代以上の男性ばかりが結集することにもなり、地域の偏った情勢を表わすことにもなりかねないようです。

また、近代的な地域の代表として市議会議員がいます。37万人くらいの地方の中核都市でも、2500票も獲得すれば当選できるくらいであり、当然、支援される地域の団体の利権を代表せざるを得ないのでもあるようです。

しかも、代表としての議員も、当選回数によって、訴える力が異なるという、不合理性を持ち、意気盛んな新人議員も団体に飲み込まれてしまします。もちろん、地域をかけずりまわって、その声を集めている大切な議員もなかにはいますが、一部の議員は市政に巻き込まれ、既成の事実に追随するように議会答弁するようなことにもなっています。とても地域全体の利益やビジョンを目指すことのできる代弁者ではありません。

それゆえ、市民自ら声を上げる時代がそこに来ているのではないかと感じられます。
次は市民の時代であり、市民協働の時代と言われる所以です。しかし、市民協働といっても、行政のおかかえとなっていたり、出先機関となっているNPO を通じて、市民を集め、市民を強制し、結論の決まった、既成の事実へと市民を誘導するだけなのではないでしょうか。

地域の伝統的システムでもなく、近代的システムでもなく、次は市民協働であるという時、市民を誘導することでむしろ行政の独善的市政が行われようとしているとも言えるでしょう。

市民協働の時代において、市民は強いメッセージを発信することが不可欠です。そして、そのための基盤となるプラットフォームを構築する必要に迫られているのです。

2008年11月24日

二度と起こらないために

事故や事件が起こると、責任者や加害者は必ず「二度と起こさないようにする。」と言い、被害者は「二度と起こらないようにして欲しい。」と言います。それは当然の心情ですが、二度目が起こるかどうかが問題なのではなく、、、、まず、一度目の問題を明らかにしておかなければなりません。


「二度と起こさせない」という決意はただ危ういだけのものでしかありません。言葉ではなく、具体的な処方が必要です。

社会にはいろいろのチェック機能が働き、事故や事件を未然に防いでいます。一つの大きな事故の背後には、その何倍もの多くの事故や事件の要因がすでに社会や組織に潜んでいるのだと思います。それらが飽和し、またチェックの網の目を逃れてきたからこそ、ひとつの大きな事故として現れたのではないかと感じるからです。

「二度と事故は起こさせない」   そこでは責任をきちんと問いただすことはめったにない。しかし、「二度目が起こらない」その保証はないはずです。

2008年11月23日

旧本多邸を岡崎へ移築しようとする建築史研究家への手紙

今岡崎市では、世田谷区にあった旧本多(岡崎藩主の子孫)邸を移築しようとする行政と建築史研究家の動きがあります。予算も決まり、すでに造成工事がおこなわれているにもかかわらず、この9月より市民会議が開かれ、移築の内容を決めようとしているのです。ここに、多くの市民は反発しています。
問題の背後には様々な思いと利権があるようです。
この保存・移築に携わる建築史研究家へ、地域の事実と真実を伝え、思いを伝えた手紙に地域運営の課題を表わしました。

===
〇〇様

昨日、旧本多邸活用のための市民会議が開かれました。そのテーマが直前になって「活用のアイデアを考える」ことから「旧本多邸活用の夢を語る」と変更されています。活用の既成事実があり、工事が始まろうとする今の時点で「夢を語る」などと本質をずらした、市民会議を愚弄するようなやり方だと皆が反対をしておりました。20名ほどが参加したようですが、昨日の会議も賛成派と反対派をテーブルごとに分けて議論を行うような姑息な手段を取ろうとしたようです。市民会議やワークショップのいつものやりかたです。市民の考える枠組みを最小限に限定し、分断し、意見の方向を定めようとするものです。

しかし、多くの反対にあい、頓挫し、全体を一つの場として意見交換が行われたようです。活用委員会の委員も3,4名参加されていたようで、旧本多邸活用委員会で現実の生の様子が報告されることと信じています。また、会議のなかで6つほどの提案がなされ、賛成派も反対派も賛同し、議事録に書き加えることが決定したようです。しかし、議事録に書くことを約束しなければならないということは、議事録も主催者側できれいに作られたものだということです。よくよくご注意ください。

> 私自身が、島崎さんのお考えや活動に理解できたとしても、どう接点をもてばよいかもむずかしいところですね。

私たち建築家には職能倫理が要求されてきました。自分自身の創造意欲だけではなく、それ以上に社会性や第三者性が不可欠とされるのです。市民は「本当に岡崎(自分たち)のためになるかどうか」を考えています。その考えを共有し、それを真摯に考えていただくことが接点となるのではないかと思います。

1.
何故、世田谷区にあった本多邸を、岡崎市で保存しなければならないかという点です。しかも、財政規模も世田谷区は岡崎市の2倍あります(19年度で2000億と4000億の違いがあります。)。岡崎市では財政悪化が叫ばれ、33億もの減収が見込まれています。また、今年度は豪雨で被災した人も数多いですし、市に一つしかない市民病院も赤字が続き、有能な医者と患者が離れつつあるようです。

2.
あなたは本多邸の価値は高いとおっしゃいました。しかし、岡崎には素晴らしい文化資産、江戸期も明治期も昭和期も含めて数多くあります。先日も電話でお話しさせていただきました。それらは市民の生活に密着した身近な文化資産なのです。

江戸期のコミュニティを伝える、常夜燈や石碑なども多いですし、数多くの神社仏閣だけではなく、カフェ兼町の拠点として、市民によって手作りで経営されている古い庄屋なども残っています。明治期には額田郡としてとても豊かな文化が栄え、いなか歌舞伎の舞台となった奈落を持った回り舞台の劇場が複数残っていますし、りっぱな木造の村役場や公民館など、全体的素晴らしさだけではなく、コテで製作した漆喰のレリーフも見事です。また、煉瓦造の紡績工場もありました。岡崎の紡績は全国的にもすばらしく、ガラ紡という古いスタイルの紡績機も文化として今も活用しています。煉瓦の工場は解体されてしまいましたが、地域には木造の工場や水車がまだまだ数多く点在し、岡崎の文化として、実際の紡績に使用しながら残していこうという活動もあります。昭和期でも地域の拠点として、古い木造の建築が残されてきました。木造の音楽喫茶や古い公会堂や婦人会館などごく最近解体されてしまいましたが、地域の活動の拠点となり、市民に愛されていました。

私は、それらが本多邸に劣るとは考えられません。5億を使うならそれにこそ使って欲しいと思う市民は多いです。しかも、それらは公園などでテーマパークのように残されるのではなく、地域に密着し、地域の生活のなりわいのなかでこそ、残されるべきなのです。

先日、旧本多邸の保存がそれらの先駆となって岡崎の意識を変えられるものになればいいとおっしゃいましたが、それは本末転倒ではないでしょうか。仮に一歩譲ったとしても意識を変えるための授業料が5億もかかるというのは一般的に考えれば、倫理観を疑わざるを得ません。

3.
市民会議や文化財審議委員会など、行政の運営の問題も指摘しなければなりません。結果ありきの手続きばかりであり、プロセスがなっていないのです。今回の問題の本質はすべてここにあり、反対や賛成という視点ではなく、プロセスとしくみをきちんと確立することがコミュニティシンクタンクmocoの使命だと悟りました。

そのため、私たちのスタンスは原点に戻り、本来の市民の声を受け取り、本来あるべき姿へ向かうことにあります。本多邸だけの問題ではありませんが、そのためのプラットフォームづくりをします。
この問題は、あなたがおっしゃっていたような、単に市民に周知すればいいという問題ではありません。市民と共に考えるということです。市民は気づいています。旧本多邸の本質も、結果ありきの行政のことも、NPOでありながらその出先機関となってそれを無理に推し進めようとする組織のことも。

プラットフォームとは、市民にとって大切な資産とは何か、文化とは何か、町とは何かを考え、実践に移す土台であり基盤であるものと考えています。そこでビジョンをつくり、戦略を策定し、その上で、プライオリティを決定してゆくべきであるのです。市民はそのように考えています。その上で本多邸のプライオリティが高いのであれば、本多邸の復元を実施すればいいと思いますし、きちんと事実と真実を知り、本当に必要なものから始めればいいのです。岡崎市にはそうした、利権や私権にとらわれない中間的な考える場が必要なのです。それが私たちmocoの使命だと思っています。

これまでもそのプラットフォームづくりを提唱してきましたが、反対派と称する人たちは目先の対応にこだわってきました。しかし、何度かのmocoでのギャザリングや昨日の市民会議を経て、市民自ら主導する市民会議を開催してゆく動きが高まりました。それが先ほど申し上げたプラットフォームとなります。ビジョンを作り、真を問うてゆこうと考えています。

2008年11月10日

町の執行機関としての町長と職員/ニセコ町づくり基本条例

ニセコ町づくり基本条例 では、市民の多大な役割と議会の責務については数多く記されていますが、町長と職員については簡潔に述べられています。それは多くの地方都市のように肥大した、執行機関としての役割を超えたものではありません。本来の役割をしっかり、迅速に成し遂げるためのあり方が記されているのです。

町長は、「町政の代表者としてこの条例の理念を実現するため、公正かつ誠実に町政の執行に当たり、まちづくりの推進に努め」とあり、職員については、「その権限と責任において、公正かつ誠実に職務の執行に当たらなければならず、」「まちづくりの専門スタッフとして、誠実かつ効率的に職務を執行する」こと、「まちづくりにおける町民相互の連携が常に図られるよう努める」こととされています。

まちづくりは市民が主体であり、その意向を議会が形あるものとし、執行機関がそれらを実践すること、と明らかにされています。このように明快な組織においては「町の組織は、町民に分かりやすく機能的なものであると同時に、社会や経済の情勢に応じ、かつ、相互の連携が保たれるよう柔軟に編成されなければならない。」ことも同時に具現化されることでしょう。

多くの地方都市では市民をないがしろにした、結果ありきの市政が行われています。その結果を作ろうとするから、ますます、市民とかけ離れてくる。施政は議会が構築し、市民がそこに協働する、、、まちづくりとは本来、そんな単純なものであるはずです。

2008年11月9日

町の意思決定機関としての議会/ニセコ町づくり基本条例

また、ニセコ町では、議会の役割を町の意思決定機関として明確に記されています。

地方議会では議員の役割が質疑の応答に偏り、市政のチェック機関としての役割しか果たされていないように感じます。本来は立法を行う役割は議会と首長に与えられているはずなのですが、首長の立法権限はとても大きいものであり、それはつまり、行政の管理に携わる職員からの立法につながっているのではないでしょうか。

立法に携わる行政職員とその管理に専念する議員、そこには施政のプロセスの逆転現象が起こっています。しかも、議会で通してしまったことを市民に報告などしないものなのです。立法にかかわる能力がなければ、せめて、その程度の活動は行うべきと思うのですが、、、、。

ニセコ町では、議会を、「町民の代表から構成される町の意思決定機関である」と定め、「議決機関として、町の政策の意思決定及び行政活動の監視並びに条例を制定する権限を有すること」、「議決機関としての責任を常に自覚し、将来に向けたまちづくりの展望をもって活動し、広く町民から意見を求め、議会における意思決定の内容及びその経過を説明する責務を有する」とその役割と責務を明らかにしています。

また、「そのための政策会議を設置し、まちづくりに関する政策を議論する」とあり、「議員は政策提言及び立法活動に努めなければならない」と結んでいます。

ここには、市民とつながり、その代弁者としての役割を持った立法や政策のための大切な機関とその能力が描かれています。

2008年10月25日

自らが考え行動するという自治の理念/ニセコ町まちづくり基本条例

ニセコ町まちづくり条例は次のように制定されています。それぞれに強いメッセージが込められています。そこに新たな、次代の自治の意識や姿が見えているような気がします。

「情報共有」と「住民参加」を基盤とし、「市民」として主体的に考え、主体的に行動する、町づくりが方向づけられています。

第1章では、
まず、まちづくりの目的が「町民の権利と責任を明らかにし、自治の実現を図ること」と明確に市民の立場から述べられています。

この1章で提起された、町人の権利と責任とは4章において、町民は「まちづくりの主体であり、まちづくりに参加する権利を有し」、「その参加においてお互いが平等であり」、同時に、「町の不当な関与を受けない自主性及び自立性が尊重される」権利を持つこと、「まちづくりの主体であることを認識し、総合的視点に立ち、まちづくりの活動において自らの発言と行動する」責任に触れられています。


第2章では、
その目的を実現するため、町民がまちづくりに関する情報を共有することを基本原則とし、

町人は情報の提供を受け、自ら取得する権利を有する、一方で、町は、その企画立案、実施及び評価のそれぞれの過程において、その経過、内容、効果及び手続を町民に明らかにし、分かりやすく説明する責務を有するとされ、それぞれの過程において、町民の参加を保障しています。

つまり、「町は、町政に関する意思決定の過程を明らかにすることにより、町の仕事の内容が町民に理解されるよう努めなければならない」とされ、まちづくりの意思決定が市民と共にあることが明確に定められているのです。(第3章 情報共有の推進)

現在、多くの地方行政が自分たちだけで町の方向を決定し、議会で早々に決定し、その既決事項を粛々と、みせかけの市民会議や市民ワークショップやパブリックコメントにより市民を誘導してゆくやり方とは大きな違いがあります。また、市民協働のためのルール作りが推進されようとしていますが、それは情報を公開せず、市民の権利をないがしろにした上で、市民に責務だけを課す、一方的なやり方とも大きな違いがありますね。




○ニセコ町まちづくり基本条例 平成12年12月27日 条例第45号
目次
前文
第1章 目的(第1条)
第2章 まちづくりの基本原則(第2条―第5条)
第3章 情報共有の推進(第6条―第9条)
第4章 まちづくりへの参加の推進(第10条―第13条)
第5章 コミュニティ(第14条―第16条)
第6章 議会の役割と責務(第17条―第24条)
第7章 町の役割と責務(第25条―第35条)
第8章 まちづくりの協働過程(第36条―第39条)
第9章 財政(第40条―第45条)
第10章 評価(第46条・第47条)
第11章 町民投票制度(第48条・第49条)
第12章 連携(第50条―第53条)
第13章 条例制定等の手続(第54条)
第14章 まちづくり基本条例の位置付け等(第55条・第56条)
第15章 この条例の検討及び見直し(第57条)

2008年10月20日

矢祭町議会決意宣言「町民とともに立たん」

今、小さな町の気概に圧倒されるのではないかと思います。矢祭町、ニセコ町、、、、。しっかりとした自立の理念を持ち、自らのビジョンを掲げ、本当の民主主義、市民主導のまちづくりを目指しているようです。

「町民とともに立たん」と宣言された矢祭町議会の決意です。http://www.town.yamatsuri.fukushima.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020004&WIT_oid=icityv2_004::Contents::1270

国の目線によって、ふらふらとぶれる多くの地方都市に比べ、そこにはぶれないビジョンとその方向を見極めるべき議会の役割が明確に刻まれています。

矢祭町議会は平成13年10月31日、議員提案により、「合併しない矢祭町宣言」を全国に先駆けて全会一致で議決した。町の羅針盤を高らかに宣言したこの檄文は、全国の地方自治体への励ましとなり、目標となり続けている。

「その当たり前の議員の姿勢と哲学がきしみを上げ始めていることを、我々は痛憤の思いで受け止める。だが、我々は看過しはしない。すべての地方議員に対して、自身の立ち位置とあるべき姿を改めて問い直し、警鐘を乱打するものである。

我々矢祭町議は、町民とともに立たんの決意をここに宣言する。今、議員たるのその原点に帰る。 国主導による「平成の合併」が雪崩を打つ中、我々の「合併しない宣言」は全国に熱烈な感動をもって受け入れられた。

だが、旬日を置かない同年11月13日、総務省行政体制整備室長が来町し、翻意を促された。室長曰く、「合併の何たるかを矢祭町の多くの町民に説明し、合併の方向へ翻ることを期待する」と。室長の語る合併のメリットは、「首長や特別職、議員などを削減することによって大きな財源が生まれ、その削減によって生まれた大きな余財を高齢化社会の軍資金できる」という内容だった。

だが、その言質からは、地方自治が担うべき民主主義をいかに為すべきかについて、ただの一言も言及されなかった。そして、国は我々の方向性を「町民に対する背信行為」「首長や議員の保身のため」などと、時に面罵し、時に誹謗した。我々が目指すのは、きめ細かな行政であり、住民の目線に立った行政である。かかる哲学以外に、行政のあり方を指し示す松明はない。「合併しない宣言」によって、我々矢祭町議は松明を手にした。この松明をたやすことは町民への背信行為である。もしこの松明の灯を消すことがあるとするならば、それは有権者たる町民の判断によってのみであり、その他の何者によっても妨げられるものではない。

今、日本の国全体に暗雲が立ちこめている。それは、指導者が国民の立場に立っておらず、自分本位の判断に終始しているからにほかならない。このことは国民にとって非常に辛いことだ。だが、ここ矢祭町に限っては、役場、議会、町民が三位一体となって町づくりを進めてきた。それを体現したものが、平成18年度から始まった「矢祭町第3次総合計画」である。「郷土愛」をうたい、共に支え合いながら暮らせる町づくりを推進し、「元気な子どもの声が聞こえる町づくり」を政策の中心に据えた。また、それを貫くために、町の憲法たる自治基本条例を制定し、平成18年1月1日から施行された。その第7条には町議の責務として「町議会議員は、町民の信託を受けた町民の代表である。議員は、町民の声を代表して、矢祭町の発展、町民の幸せのために議会活動に努める」とうたわれている。我々は常に町民の一人ひとりの立場に立って町政に参画しなければならない。町民の生活こそが、日々の議員活動の中で、最も気に掛けねばならない問題である。

我々が受ける報酬は、町民が汗を流してかせいだ税金であることを忘れてはならない。・・・・・・・・・・50年後、100年後もびくともしない矢祭町を作り上げるためには、議会はもう一度原点に帰らなければならない。我々議員は、町民の艱難辛苦を憂い、嘆く声を聞き、見たとき、現在の報酬制度にあぐらをかいているわけにはいかない。そして、我々は報酬制度を根本から考え直すことを決意した。その際、我々は世間一般の常識にとらわれない。矢祭町はいかにあるべきか、矢祭町議会はいかにあるべきか―― ここが我々の議論の出発点であり、すべてである。 

何よりも経費の削減によって生まれる余財を、町民生活を豊かにする町民密着の政策に差し向けることができることを我々は何よりも喜ぶ。この問題に真正面から取り組むことは、決して地方自治を卑しめるものではない。むしろ地方自治の本来の姿を体現するもので、全国の地方自治体に範を垂れることになると確信している。「合併しない宣言」を決議した矢祭町議会だからこそ、陋習に凝り固まった堅固な壁に風穴を開けることができる自負を持っている。今回の我々の決断が郷土を愛する全国の人たちに全的に歓迎されるに違いないと確信をもっている。今、我々矢祭町議は宣言する。町民とともに立たん。」(抜粋)

2008年10月19日

場当たり地方行政

岡崎市では周辺のネットワークを解体しながら、巨大な箱ものを建設しています。分館がないのに100億円もかけた図書館交流施設、地域の文化財には目を向けず、解体に追い込んでいるのに、東京の文化財を5億円もかけて移築します。

次は新市民会館です。しかし、担当者なる行政マンは次のように語っているようです。

「まだ場所も決まっていないので、何も面白いことが言えない段階です」

「来年には土地を決め、だいたいの予算を決めてからパブリックコメントを出したいと思っています。」

「現在の市民会館からそう遠くないところで、具体的な候補地がないので案が進まない。」

「改築と新築のどちらがいいですか?」

「33億円の減収もあり、大規模なホールは考えていません。」


図書館も文化財も、そして市民会館にも、ビジョンすらないことがわかりますね。地域を見つめ、それらを再構築し、将来構想を企画する必要がある。それらがない限り、場所も予算も規模も、改築か新築かなど決まるはずはない。

市民劇場へ向けて、プラットフォームづくりを市民自ら始める必要があります。

2008年10月18日

政治の戦略

日本の政治には戦略がないとたびたび言われています。しかし、戦略とは公開してしまったら、戦略にならないのではないかとも感じられるのです。戦略を敵に送る企業はたぶんないでしょう。

拉致問題を声高に語る自民党、独裁国家にはこちらの短絡的な意図を見せないことが必要だし、早期の解散を迫る民主党、解散を迫ることによって弱みも弱さも見せることになるように思うのです。もっと、もっと、次の次を考える必要があるのではないかなぁ、、、、、、、めぐみさんのことなど忘れるよ、選挙なんていつでもいいよ、くらいのことをあからさまにし、その陰でそれぞれ奪還計画を練る必要があるのじゃないかな。欲しいものを欲しいといって得られるほど甘くないと思うのですが、、、、、。

市民にも自治を奪還する戦略が必要なのです。

ストリートビユー

GOOGLEのストリートビューが、その是非が、話題になっています。
ストリートビューとはGOOGLEのマップ上で、東京や大阪などの都市部を中心に道から見た風景が360°のパノラマで見えるようにしたものです。通常のマップや地図のように上空からの視点からではなく、道を歩く人の視点からまちを表したものです。
今ここに公私の問題、プライバシーの問題が提出されていています。実際に風景が削除されている場所もあります。
そこではいかさか過剰気味に日本の都市空間の本質にまで言及されています。その批判の方向は、「僕らの生活スタイルは、公開するようにはなっていない」ため、「他人の生活空間を撮影するのは無礼」であり、また、それは「ややこしいこと」であり、「モラルに欠けた行動である」ということになっているようです。

ここには日本の都市空間の本質とは別の、いつのまにか閉じられてしまった都市の、道の空間のあり方が見えてくるのではないかと感じられます。

西洋の都市空間は日本とは異なり、公私がはっきりと区別されていると言われます。しかし、道においても、公園においても明るく、オープンで、誰もが集い、豊かなコミュニティが繰り広げられています。

コミュニティとは人と人がつくるいわば「なわばり」として考えられるでしょう。しかし、それは個人の空間だけではなく、個人と個人が重なり、重なりのなかの領域であり、その境界です。それら、境界はまた次の境界が重なり合って、まちが生まれてゆきます。そこを曖昧にするから、公園はひっそりとした誰も憩わない暗い場所となり、道には人の目が行き届かない危険な場所になってしまうのではないでしょうか。

プライベートな空間が接することによって、コミュニティが動き出します。「私」のないところに、コミュニティは育たないし、「私」をないがしろにしたり、包み隠してしまうところでまちは育たないと言えます。

かつては、日本の路地にも豊かな私が溢れ、開かれた私空間が公共をつくっていました。左の写真は細かな路地に溢れる古いまちの姿です。かろうじてコミュニティの原点が残されていますが、ここにも解体の波が押し寄せています。閉鎖性からはまちの豊かさも、安全性も、生まれないことでしょう。

いつものことですが、黒船が日本の公共性を鍛えなおしてくれるのではないかと感じています。

2008年10月17日

NPOまちぽっと

「NPOまちぽっと」は正式名称を 「NPO法人ローカルアクション-シンクポッツ・まち未来」 と言い、2つのNPO法人の合同合併によって、2007年12月11日に設立された新しいNPO法人です。

その設立趣旨は次のように表明されています。
「新たに誕生する特定非営利活動法人「特定非営利活動法人 ローカルアクション-シンクポッツ・まち未来」(Local Action-Think Pots まち未来)は、地域社会に住み、暮らす市民の視点から、市民の参加による持続可能な市民社会づくり、豊かな地域社会づくりを目指して、それに関わる政策および事業の提案を行い、その実現に向けて市民、市民団体と協働して取り組むとともに、そうした市民社会・地域社会づくりを担う市民活動を支援するために、調査研究・提案、市民活動・市民事業の支援、情報の発信などの事業を行います。 私たちは、地域を基盤に市民、市民団体自身が、政策を考え、提案し、その実現に取り組む市民活動・事業が、地域に育ち、発展することを願っています。団体の名称をシンクタンクではなく、シンクポッツにしたのは、政策提案と、その実現に向けた市民活動・事業を地域の市民を主体としてつくりあげていくということを意味しています。 シンクタンクからイメージされる1つの大きな器に地域資源を集中して提案していく形ではなく、器としては小さな、タンクではなくポットとしての地域の市民組織が連携して、ネットワークで結び合うことで、市民参加による、より地域の課題に即した政策提案ができると考えています。 ローカルアクション-シンクポッツ・まち未来が目指すのは、地域のポットが結び合うことでつくる政策提案の活動です。」

コミュニティシンクタンクといっても、行政が主導し、3セクのような組織が多いなかで、その弊害は市民に確実に広がり、それらが誘導するワークショップ難民や市民会議難民が溢れている一方で、会員による会費と業務委託費(だからといって独立した組織とは簡単に判断できないのですが)によって運営がなされているようです。

こういった情報は公開されていない組織が多いのですが、このNPOまちぽっとの前身である東京ランポ時代の2006年度収支予算書が公開されていて、具体的な活動がどのように行われているかうかがい知ることができます。とても参考になります。(( )内は前年度実績)

収入は
1.会費収入 1,510,000(3,257,000)
 正団体会員 850,000(2,630,000)
 個人正会員 350,000(345,000)
 団体賛助会員 110,000(105,000)
 個人賛助会員 200,000(177,000)
2.寄付金 520,000(960,500)
3.事業収入 5,650,000(5,672,345)
 調査研究 50,000(10,600)=資料代
 セミナー・研修 150,000(84,500)
 出版 400,000(300,600)
 活動支援など 1,500,000(1,509,845)=講師・パネリスト謝礼、相談料など
 受託事業 3,500,000(3,756,000)
 その他 50,000 (10,800)
4.助成金 1,500,000 (0)
5.雑収入 10,000 (1,138)
6.預り金 200,000 (172,783)=源泉徴収次期繰越し分
当期収入計(a) 9,390,000(10,063,766)
前年度繰越収支差額 2,600,648(3,668,020)
収入合計(b) 11,990,648(13,731,786)

支出は
1.事業費 2,800,000(3,062,088)
 調査研究 600,000(121,152)=助成事業
 セミナー・研修 100,000(74,608)講師謝礼など
 出版 750,000(946,709)=季刊まちぽっと制作費など
 活動支援など 500,000(578,473)=講師謝礼など
 受託事業 800,000(1,341,146)=講師謝礼、交通費、資料作成費など
 その他 50,000(0)
2.管理運営費 8,130,000(7,866,174)
 給与費 5,900,000(5,875,000)=職員2名、パート職員1名
 通勤費 300,000(285,080)=職員2名、パート職員1名
 交通費 10,000(5,390) 
 通信運搬費 120,000(114,389)
 事務消耗品費 100,000(108,659)
 備品費 30,000(0)
 広報費 80,000(78,700)=季刊まちぽっと郵送費など
 事務所費 450,000(283,500)=月額31500円(前年2か月分を加え14か月分)
 会議費 20,000(14,790)=理事会、三役会議など
 図書資料費 100,000(139,218)=雑誌・新聞定期購読費など
 諸会費 70,000(65,000)=シーズなど会費
 法定福利厚生費 800,000(774,308)=社会保険、労災保険など
 租税公課 100,000(71,200)=住民税(均等割り)
 その他 50,000(50,940)=パソコン管理費、振込手数料、コピー代など
3.予備費 20,000(0)
4.預り金 200,000(202,876)=源泉徴収前期繰越分支払金
当期支出計(c) 11,250,000(11,131,138)
当期収支差額 ▽1,860,000(▽1,067,372)=(a)-(c)
次期繰越収支差額 840,648(2,600,648)=(b)-(c)

また、その中期事業計画が次のように提示されており、コミュニティシンクタンク活動の目標値を示しているのではないかと感じられます。

<市民社会構想・政策の提案>
(1)10年後の市民社会政策研究会(調査研究・提案 07年10月~09年12月 )
(2)東京構想研究(調査研究・提案07年10月~08年6月)
(3)もう一つの住まい方・暮らし方研究・交流(調査研究・提案08年4月~09年3月)
<情報の発信・提供の体制整備と充実>
(4)市民・自治体政策情報会議(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
(5)地域情報ネットワークの構築(情報の収集・発信07年10月~09年3月)
<市民自治・参加・分権の制度・仕組みの提案>
(6)分権・自治研究(調査研究・提案07年10月~08年6月)
(7)市民主体まちづくり 政策研究(調査研究・提案08年4月~09年3月)
(8)市民参加・協働研究(調査研究・提案07年10月~08年3月)
<自治・参加の機会の拡大と機会活用の支援>
(9)市民自治、市民参加・協働への支援、協力(市民活動支援07年10月~10年3月)
情報の発信・提供の体制整備と充実
(10)セミナー・研修(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
(11)HP開設・更新(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
(12)季刊誌、ニュースレター、書籍発行(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
<市民活動助成、市民事業支援の拡大>
(13)草の根市民基金助成・交流(市民活動助成07年10月~10年3月)
(14)東京CPB支援(市民活動支援07年10月~10年3月)
(15)相談助言、企画協力、講師派遣など(市民活動支援07年10月~10年3月)
<市民活動・市民事業を支援基盤整備の提案>
(16)非営利市民事業体の金融と地域資源研究会(調査研究・提案07年10月~10年3月)

2008年9月28日

市民と議員の条例づくり交流会議

議会は市民の代弁者であり、、、、ある意味で、中間支援組織であるとも言えます。行政と市民の間に立って、専門家として情熱と能力と倫理観を持って、職能意識を発揮することが求められます。

この中間支援組織のありかたが地域の姿を決めると言ってもいいかもしれません。多数の市民という保守的な面からしか市民を見ることができない行政と、一方で、さまざまな思惑や権益を持った多様な市民、、、、、そこをつなぐ、組織が重要となります。

ひどい自治体ではここに目をつけ、官製に近い、おかかえ、御用NPOを立ち上げ、行政のやりたい放題を市民に押し付ける役目を彼らに担わせています。擬似ワークショップや霊感商法のような夢見心地のスライド会などが使われます。

市民は自ら為政者を選んでいるはずなのですが、、市長と市議とを別々に選ぶ必要があり、、、、ややもすると、市長選には注目が集まるが、市議選は関心が少ない、といった状況にならないでしょうか。市議の方だって、「どこどこの渋滞を解消する」なんてことを公約にするレベルでもあります。

市議会の正常化、実効化が市民には最も近い道かもしれません。

この夏、市民と議員の条例づくり交流会議2008(第8回)が開催されていました。
http://www.citizens-i.org/jourei/index.htm

「市民と議員の条例づくり交流会議は、2001年から、各地で地域の課題解決に取り組み、条例づくりをめざす、市民や議員、自治体職員や研究者らが、知恵や経験を共有し、互いに学びあい提起しあう交流の場として、毎年夏に開催してきました。

8回目を迎える今年は、市民自治体をめざした、市民と議員の政策づくりを支える仕組みづくり、自治体財政・決算の改革、議会基本条例の現在・さらなる議会改革へ向けて、二元代表制における市民・議会・行政の関係―等々について、各地の実践を共有しながら、幅広い議論・交流を行っていきます。ぜひ、ご参加ください。 」


多くの人たちが市民自治体をめざして、市民と議員の政策づくりへ向かい始めているようです。

2008年9月27日

「地方議会を立法機関に」

政策集団せんたく(地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合)の北川正恭代表が「全国若手市議会議員の会」の研修会で行った講演でのニュースです。

「地方分権を進めるため、国と対等な「地方政府」が必要と強調。現状では「地方議会が(行政の)追認機関になっている」と指摘し、「監視機関だけでなく立法機関でなければならない」と述べた。議員には、議会のあり方を定める「議会基本条例」などの条例制定に取り組むよう促した。」http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/43407

条例とは、憲法により自治立法権に基づき定めたもので、条例は市民の代表である議員が議会で決定したもので、規則は市長が定めるものであり、また、条例の提案権は市長に専属するものと議員に専属しているものでもあります。条例案を作成後は議会の中の委員会で審議し、公布、施行となるようです。

どの程度の立法が地方議会議員によって立案されているのでしょうか。市民の目線で立案された条例はどの程度あるのでしょうか。

条例とは、市民が選択した市長によるものであるし、また、市民が選択した議員によるものである、、、、、にもかかわらず、議会で追認、承認してしまえば、後は一人歩きの部分でもあります。市民に近いものでもないように感じられます。

日本有数の豪雪地帯、新潟県旧中里村にはかつて、「雪国はつらつ条例」という条例がありました。

目的 - この条例は、雪の障害を克服し、雪と共存するとともに、雪を資源として積極的に活用する施策の基本となる事項を定めることにより、雪対策の総合的推進を図り、もって村民生活の安定向上と活力ある地域社会の形成に寄与することを目的とする。(第1条)

基本理念 - 雪対策は、村と村民が一体となって、克雪、利雪、親雪等の施策を長期的かつ総合的に推進することにより、すべての村民がはつらつとした活力ある村づくりを目指すものとする。(第2条)

村の責務 - 村は、総合的な雪対策を策定し、その施策の実施に努めるとともに、村民が実施する雪対策に対して適切な支援及び調整を行うものとする。(第3条)

村民の役割 - 村民は、お互いに力をあわせ、雪対策に創意と勇気を持って積極的に参加し、自ら雪による支障を克服するとともに、雪の資源を活用して他に誇れる雪国づくりに努めるものとする。(第4条)

かわいい、のどかな、でも切実とした条例ですが、、、
村民の責務を描いたものでもあるようです。村民の知らないところでこんな責務が決められたとするなら大変です。

2008年9月23日

市民協働の根底

市民協働とは何か、その言葉の持つ心地よい響きとは異なり、その議論は混迷しているようです。

本来は、市民が自ら活動を行うことが地域の活性化につながり、また、その活動が、硬直化し、分断化した市民サービスを補完し、つないでゆくことにその意義があるのではないかと感じます。その大切な活動を行政がバックアップすると同時に協働して推進してゆくことが必要とされるのだと考えています。

こうした活動を通じて、本当の意味での市民としての自覚や役割も生まれてくるものだと思います。もちろん、行政マンが市民にサービスするのだという自覚と役割も芽生えてくることでしょう。

対等な関係性を築く、その方向性を円滑にし、いつでも誰でも協働できるような基盤(フォーマットやプラットフォーム)がいま求められているのではないでしょうか。

しかし、制度化することによって、自由な活動を阻害する要因にもなりかねません。ましてや、一部の市民会議の中では、、、、、市民に市民としての義務を自覚させ、行政サービスの一端を負わせるもののように変化してきたようです。

ましてや、「基本的には、あなたはこの社会の主体であり、責任持って一緒に生きていくということを問い正す条例」などと暴論が吹き荒れている状況を僕たちはどう考えればいいでしょう。
https://mobile.city.okazaki.aichi.jp/auto/www.city.okazaki.aichi.jp/yakusho/ka2605/pdf/19sikumi12.pdf