2008年11月23日

旧本多邸を岡崎へ移築しようとする建築史研究家への手紙

今岡崎市では、世田谷区にあった旧本多(岡崎藩主の子孫)邸を移築しようとする行政と建築史研究家の動きがあります。予算も決まり、すでに造成工事がおこなわれているにもかかわらず、この9月より市民会議が開かれ、移築の内容を決めようとしているのです。ここに、多くの市民は反発しています。
問題の背後には様々な思いと利権があるようです。
この保存・移築に携わる建築史研究家へ、地域の事実と真実を伝え、思いを伝えた手紙に地域運営の課題を表わしました。

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〇〇様

昨日、旧本多邸活用のための市民会議が開かれました。そのテーマが直前になって「活用のアイデアを考える」ことから「旧本多邸活用の夢を語る」と変更されています。活用の既成事実があり、工事が始まろうとする今の時点で「夢を語る」などと本質をずらした、市民会議を愚弄するようなやり方だと皆が反対をしておりました。20名ほどが参加したようですが、昨日の会議も賛成派と反対派をテーブルごとに分けて議論を行うような姑息な手段を取ろうとしたようです。市民会議やワークショップのいつものやりかたです。市民の考える枠組みを最小限に限定し、分断し、意見の方向を定めようとするものです。

しかし、多くの反対にあい、頓挫し、全体を一つの場として意見交換が行われたようです。活用委員会の委員も3,4名参加されていたようで、旧本多邸活用委員会で現実の生の様子が報告されることと信じています。また、会議のなかで6つほどの提案がなされ、賛成派も反対派も賛同し、議事録に書き加えることが決定したようです。しかし、議事録に書くことを約束しなければならないということは、議事録も主催者側できれいに作られたものだということです。よくよくご注意ください。

> 私自身が、島崎さんのお考えや活動に理解できたとしても、どう接点をもてばよいかもむずかしいところですね。

私たち建築家には職能倫理が要求されてきました。自分自身の創造意欲だけではなく、それ以上に社会性や第三者性が不可欠とされるのです。市民は「本当に岡崎(自分たち)のためになるかどうか」を考えています。その考えを共有し、それを真摯に考えていただくことが接点となるのではないかと思います。

1.
何故、世田谷区にあった本多邸を、岡崎市で保存しなければならないかという点です。しかも、財政規模も世田谷区は岡崎市の2倍あります(19年度で2000億と4000億の違いがあります。)。岡崎市では財政悪化が叫ばれ、33億もの減収が見込まれています。また、今年度は豪雨で被災した人も数多いですし、市に一つしかない市民病院も赤字が続き、有能な医者と患者が離れつつあるようです。

2.
あなたは本多邸の価値は高いとおっしゃいました。しかし、岡崎には素晴らしい文化資産、江戸期も明治期も昭和期も含めて数多くあります。先日も電話でお話しさせていただきました。それらは市民の生活に密着した身近な文化資産なのです。

江戸期のコミュニティを伝える、常夜燈や石碑なども多いですし、数多くの神社仏閣だけではなく、カフェ兼町の拠点として、市民によって手作りで経営されている古い庄屋なども残っています。明治期には額田郡としてとても豊かな文化が栄え、いなか歌舞伎の舞台となった奈落を持った回り舞台の劇場が複数残っていますし、りっぱな木造の村役場や公民館など、全体的素晴らしさだけではなく、コテで製作した漆喰のレリーフも見事です。また、煉瓦造の紡績工場もありました。岡崎の紡績は全国的にもすばらしく、ガラ紡という古いスタイルの紡績機も文化として今も活用しています。煉瓦の工場は解体されてしまいましたが、地域には木造の工場や水車がまだまだ数多く点在し、岡崎の文化として、実際の紡績に使用しながら残していこうという活動もあります。昭和期でも地域の拠点として、古い木造の建築が残されてきました。木造の音楽喫茶や古い公会堂や婦人会館などごく最近解体されてしまいましたが、地域の活動の拠点となり、市民に愛されていました。

私は、それらが本多邸に劣るとは考えられません。5億を使うならそれにこそ使って欲しいと思う市民は多いです。しかも、それらは公園などでテーマパークのように残されるのではなく、地域に密着し、地域の生活のなりわいのなかでこそ、残されるべきなのです。

先日、旧本多邸の保存がそれらの先駆となって岡崎の意識を変えられるものになればいいとおっしゃいましたが、それは本末転倒ではないでしょうか。仮に一歩譲ったとしても意識を変えるための授業料が5億もかかるというのは一般的に考えれば、倫理観を疑わざるを得ません。

3.
市民会議や文化財審議委員会など、行政の運営の問題も指摘しなければなりません。結果ありきの手続きばかりであり、プロセスがなっていないのです。今回の問題の本質はすべてここにあり、反対や賛成という視点ではなく、プロセスとしくみをきちんと確立することがコミュニティシンクタンクmocoの使命だと悟りました。

そのため、私たちのスタンスは原点に戻り、本来の市民の声を受け取り、本来あるべき姿へ向かうことにあります。本多邸だけの問題ではありませんが、そのためのプラットフォームづくりをします。
この問題は、あなたがおっしゃっていたような、単に市民に周知すればいいという問題ではありません。市民と共に考えるということです。市民は気づいています。旧本多邸の本質も、結果ありきの行政のことも、NPOでありながらその出先機関となってそれを無理に推し進めようとする組織のことも。

プラットフォームとは、市民にとって大切な資産とは何か、文化とは何か、町とは何かを考え、実践に移す土台であり基盤であるものと考えています。そこでビジョンをつくり、戦略を策定し、その上で、プライオリティを決定してゆくべきであるのです。市民はそのように考えています。その上で本多邸のプライオリティが高いのであれば、本多邸の復元を実施すればいいと思いますし、きちんと事実と真実を知り、本当に必要なものから始めればいいのです。岡崎市にはそうした、利権や私権にとらわれない中間的な考える場が必要なのです。それが私たちmocoの使命だと思っています。

これまでもそのプラットフォームづくりを提唱してきましたが、反対派と称する人たちは目先の対応にこだわってきました。しかし、何度かのmocoでのギャザリングや昨日の市民会議を経て、市民自ら主導する市民会議を開催してゆく動きが高まりました。それが先ほど申し上げたプラットフォームとなります。ビジョンを作り、真を問うてゆこうと考えています。

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