2008年12月23日

地域の病院

病院の経営が行き詰っているようです。

「銚子市立病院 休止のお知らせ

子どもからお年寄りまで、市民の皆様一人ひとりが、健やかに安心して生活するために、地域医療の充実が必要なことは誰もが願うことであります。
市立総合病院は、こうした「市民の命と健康を守る」地域の病院としての大きな役割を担ってまいりましたが、平成20年9月末日をもって一旦休止することにいたしました。
私としては、市立総合病院を公設公営で存続させるべく、医師を確保し続けるための引き揚げ防止や派遣の要請など、関係機関に対しあらゆる手を尽くしてまいりました。
そのなかで、公設公営を含めた市立総合病院の方向性について、知事と会談し、その後、県・市・コンサルタントの3者で協議を進めてまいりました。
この結果、
(1)関連大学などからの医師派遣が極めて困難であること
(2)今後の診療体制のなかで、外科医1名、内科医も1名になることなど、医師の減少によって入院の受け入れや救急対応が困難となり、収入が大幅に落ち込むこと
(3)更に医師の退職が想定され、現行の診療体制が維持できないこと
(4)大幅な経営改善を行っても多額の追加支援が必要となり、市の財政状況では支援が困難であること
(5)年度途中に到来する資金不足に、県の財政支援が受けられないこと
などから公設公営での存続はできないと判断いたしました。
開設者として、市民の皆様をはじめ市立総合病院に関係するすべての皆様に深くお詫び申し上げます。私としても、この苦渋の決断につきましては断腸の思いであります。
今後は、患者の皆様の転院に全力をあげて取り組むとともに、病院の再開につきましても、公設民営または民間譲渡により、なるべく早い時期に対応したいと考えておりますし、市立総合病院の医療従事者のなかには、地域医療に対する使命感と高いモチベーションを持つ多くのスタッフがおりますので、それらのスタッフを、地域医療を支える財産として活かしていきたいと考えております。
また、本市の救急医療につきましては、県の支援を得ながら市医師会との十分な協議を進め、近隣病院への協力もお願いするなど、市民の皆様が安心できる体制整備に奔走していく覚悟であります。
市民の皆様や関係各位のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。 平成20年7月7日                   銚子市長  岡野 俊昭」

5つの休止の理由のうち3つが医師の逃避が原因のようです。

近年は「患者本位の経営」が目指されている中で、医者の労働、研究環境をないがしろにしてきたことのつけでしょうか。

「岡崎市民病院 患者さんの権利と責任
・患者さんは、良質の医療を平等に受けることができます。(適切な医療を受ける権利)
・症状・検査・治療について十分な説明を受けることができます。(知る権利)
・十分な説明を受けた後、治療や検査を受けるか受けないかを決めるのは患者さんです。(自己決定の権利)
・医療機関を選択することができ、必要な情報も受けられます。(医療機関を選択する権利)
・医療上の個人情報は保護されます。(プライバシーが保護される権利)
・医療関係者と力を合わせ、患者さんにも治療に参加していただきます。(医療に協力する責任)
                                  病院長」

嘘っぽさも、責任放棄にも見える部分はありますが、、、、これが責任を積極的に取り込まない一般的な公立病院の姿かもしれません。岡崎市民病院でも赤字経営の問題と同時に医師離れが大きな問題となっているようです。しかも、有能な医師が離れてゆけば、同時に患者も離れてゆきます。離れてゆく先は周辺市町村の優秀な医師のいる病院ということになってしまいます。

ところが、同じ公立病院でも大きな理念ときめ細やかな対応を行っているところもまた多くあります。
兵庫県北部の八鹿病院では、地域医療の再生に向けて、地域の医療ネットワークを整備するとともに医師の働く環境を整えているようです。多くのメディアにも取り上げられています。

http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/

そこには医療のあるべき姿を、とれる姿を、1歩も2歩も踏み込んで、具体的、かつ自分たちの言葉で、考えられています。戦略と戦術のコンセプトがたっぷり含まれていて、とても、おもしろいですね。

強いリーダーシップがあるべき姿を描き出すのだとあらためて感じています。

オープン外来
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=99361badae5463c4e85af41a01c835e9
医療機器の共同利用
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=f2f5c784e9dddd8ba3c13f6c9249a2ec
小児科休日診療(ドクターバンクによる)
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=7b2421b8b4fd6a92e9fcae3d64573673
診察の予約(FAXによる)
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=2b20f0f4bfabc813c8787373a7db493e
救急受診
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=e0cb446422bbd8fa29443bf73d931e1d

また、研修医に向けての広報や
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/kensyui/qa/qa.html
その理念を書いた募集要項、
http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/kensyui/kouki/tokutyo/index.html
患者に向けた意見箱によって、きめ細かな意見にも応えています。http://www.hosp.yoka.hyogo.jp/page/index.php?mode=detail&page_id=305f57666e1d053156c3a64b3a6c0b4f


NPO法人「蕗の薹」の理事長である栗木宏美さんは岡崎で、医療行為のできるケア施設設立に向けて、多くの壁にぶつかっています。しかし、この八鹿病院のことを考えると、やりたいことやらねばならないことは何でも出来るように見えてしまいます。

地域にとってのあるべき戦略とそれを実現するための具体的な戦術とに取り組む必要があります。「患者さんの権利と『責任』」など、、、どこにも書いてはいませんね。

2008年12月22日

グリーンスポーツ鳥取

グリーンスポーツ鳥取(GST)の活動は、広場や校庭を芝生化してゆくことでよく知られています。それは、これまでのような日本の芝によるものでもなく、また、これまでの造園手法によるものでもなく、西洋芝の一種であるティフトン芝の苗のポットを一定の間隔で植え、茎が延びてゆく芝自体の成長力によって、つくりあげるものです。数か月で全体が芝生の広場になっています。また、芝生化の過程で、市民自ら集い、芝生をつくりあげるものです。 http://www.greensportstottori.org/lawn/modules/myalbum/

日本各地における芝生化の動きに合わせて、メディアでも取り上げられ、注目を集めています。

しかし、彼らの活動の紹介には、芝生化に多くの視線が集まっていますが、むしろその根本は地域のスポーツ活動の場を提供してゆくことで、地域の運営を進めてゆこうとするもののようです。その事業活動が次のように示されています。

・スポーツの啓発普及に関する事業
・競技者、指導者及びボランティアの育成に関する事業
・スポーツ大会、スクール等の主催及び運営、その受託に関する事業
・地域代表競技チームへの支援
・新しいスポーツの普及活動(ペタンク等)
・幼稚園、学校や企業の運動会の支援
・野外音楽演奏やイベントの支援
・地元住民が企画したイベントの支援(例えば盆踊りや地元祭り)

その場を芝生にすることで、目に見える形で地域の拠点が生まれます。活動の場所となる芝生の広場やグラウンドを作り、その場所の利用を生み出すと同時に、日常の生活の場としても活用する、、、市民が集いつながりを持つための場が必要なのです。

また、ペットの管理やゴルフの練習など社会で問題になっていることを、それを締め出すのではなく、受け入れることで、そのルール作りをすることでコミュニティの再生を目指しているようです。混在することをあらかじめ避けたり、そのような場所を作らないことへ向かう、行政や行政の出先機関NPOのやり方とは大きく異なっています。
多くの地域では市民を豊かにする活動の芽は生まれ始めています、この活動を持続させる場の提供、成熟が今望まれているのではないでしょうか。


それは、GSTではすでに始められていて、彼らの活動の特色に表れています。
・豊かで美しい地域社会は地元住民が行政任せではなく、自らの努力で築き上げることを活動の基本としていること
・県が公有土地を市民団体(NPO)に長期間無償で貸し付けるわが国初の事例であること
・安全に遊べて,スポーツの練習が出来る芝の管理は会員(GSTや傘下クラブ)が自ら作業することで維持管理コストの大幅削減を目指していること
・除草剤などの農薬を一切使用しないで,安全性,環境保全を重視していること
・地域の子供からお年寄りまでが安全、健康的,かつ趣味としてスポーツを楽しめる新しい「地域密着型」の交流拠点を目指していること
・住民が地域社会の主役であるとの自覚を持って、行政官庁としっかり対話できるパートナーシップの確立を目指していること

行政の柔軟な役割も必要ですし、市民の高い意識も必要のようです。

2008年12月21日

円高

円高が進み、日本の屋台骨を支える企業の根本が揺らいでいる、と言われています。


かつて、日本は資源がないから、資源を輸入し、製品を輸出するのであると教えられてきました。製品を輸出する、すなわち、外部社会から利益をフローする、ことで国が豊かになるということでした。しかし、製品を輸出することを優先し、内部の多くの資源を失ってしまったのではないでしょうか。内側からの豊かな利益がかけてしまっていることに今気づいたようです。

経済とは、内側からの利益は同じ経済地域の中ではエンタルピーが変わらないので、利益も経済においては、著しい効果は見られず、外部の地域から利益を導入することで、言い換えれば搾取することでしか、著しい成果を得ることができなかったのではないかと感じています。

この外部から内部へのフロー、を重視することで、内部でのフローが止まってしまったようです。このフローを再び生み出すことが、今見直されています。それは地域に目を向け、これまでのやり方を変え、新たなフローとプロセスとなって現れるものではないかと考えています。地域を拠点とし、地域のつながりを生み出してゆくことで、渦を巻いてゆきます。その一部はベンチャーとなって、社会起業家として、チェンジメーカーとして注目され始めています。

2008年12月20日

官僚組織考察へ

官僚の天下りシステムに問題を提起されていますが、その改革は全く進んでいないようです。
http://www.asahi.com/politics/update/1218/TKY200812180387.html

官僚という、ピラミッド型の組織に対して、終身雇用の雇用システムが効果的ではなかったということですね。底辺×高さ÷2が三角形(ピラミッド)の面積ですから、ちょうど半数が不要の人材ということになります。この余剰人員、不要人員をどうするのかではなく、システムそのものの形を考えないといけないのではないでしょうか。

社会ではなく、上司の指示に従いかねない、上意下達型の指示系統型を独立型、協働型、ゲリラ型のシステムに変えねばなりません。ピラミッドからアメーバ―へ。 (ただ、決められた答えを競う国家公務員上級試験から変えねばなりませんが)

ところで、地方の公務員はどのように余剰人員を処理しているのでしょう。

2008年12月19日

地方自治法

地方自治のあり方を表わしているのが、地方自治法であると言われます。

さまざまに書きすぎていると感じられますし、同時に地方の自治については何も書いていないとも感じられます。地方の自治の基本理念が描かれているであろう、地方自治法について少し俯瞰してゆきたいと思っています。

「第一条
この法律は、地方自治の本旨に基いて、地方公共団体の区分並びに地方公共団体の組織及び運営に関する事項の大綱を定め、併せて国と地方公共団体との間の基本的関係を確立することにより、地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を保障することを目的とする。 」

その総則の第1編、第1条には上のように書かれていて、地方行政と市民との関係を描いたものではなく、地方行政と国との関係を描いたものであることがわかります。だから、ルーティンワークのことが延々と書き連ねてあるのですね。

また、第2編、2章には住民のことも簡単に描写されていますが、、、生きている生の姿ではないですが、ある程度の権利も描かれているようです。

地方自治法 第二編 第二章 住民

第十条
市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。
住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を分任する義務を負う。

第十一条
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の選挙に参与する権利を有する。

第十二条
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の条例(地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものを除く。)の制定又は改廃を請求する権利を有する。
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の事務の監査を請求する権利を有する。

第十三条
日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の解散を請求する権利を有する。

日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の議会の議員、長、副知事若しくは副市町村長、選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会の委員の解職を請求する権利を有する。

日本国民たる普通地方公共団体の住民は、法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の教育委員会の委員の解職を請求する権利を有する。

第十三条の二
市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない。

2008年12月18日

フリーターからハケンヘ

今話題の非正規雇用社員。派遣社員、契約社員、嘱託雇用など今日、多様な雇用(雇用と呼べるものかどうかは怪しいですが)が問題となっています。

かつて、バブル前夜には、多様で独立的な立場をもった、フリーターという言葉が生み出されました。フリーターとは小杉礼子氏によると 、1980年後半、アルバイト情報誌『フロム・エー 』によって造られた新語であり、初めは「フリー・アルバイター」といっていたが、略して「フリーター」と呼ばれるようになったということです。

フリーター以前、私の学生時代は自らをモラトリアムと呼んでいました。何もしないでいるというよりは建築を目指して、自らの立場と価値観とを模索していた時代でもあったように感じられます。大学院に進み、留学する人も多かったのではないでしょうか。

モラトリアムとは、もともとは経済学の用語で、「支払猶予期間」のことを指すそうですが、心理学の用語として、「大事なことを引き延ばしに引き延ばして、やらない状態」のことをいうようになったようです。しかし、人間のとしての成長の中で社会的責任を猶予されると同時にそれをを育む大切な期間であったと感じられます。

まだ、建築家の修業時代であった私たちは、このフリーという言葉にあこがれたものでした。フリーランス、フリーアーキテクト、それらは私たちの目指したものでありました。

本来のフリーターと現在のハケン、その違いはそのフリーランスたる独立性と強さにあるのではないかと感じられます。

地域での市民活動にもフリーランスが求められています。

2008年12月17日

インターチェンジのごとき駅前再開発

1960年代、ペデストリアンデッキを縦横に配した新たな都市の形が構想されました。

その都市構想の手段は時代遅れとなりながらも多くの地方都市でいまだ作り続けられています。その多くはモータリゼーションを、これも死語になってしまった感はあるのですが、モータリゼーションを中心とした区画の整理(非人間化)によって、人間的な地域の形を破壊してきました。

そのモータリゼーションの行きついた形が、インターチェンジのような車用の道路を中心とした新たな駅の構想となって現れました。名鉄東岡崎駅です。
駅前は新たな区画整理によって作られ、大きな道路に疎外されたアイランドとなっています。この時代錯誤は設計者の勉強不足なのか、企画の側の価値観なのか、自動車関係業者の圧力なのか、、、、、、、。

今この開発の是非が問われています。しかし、論点がゆがんでいます。賛成派はもちろん現在の古く老朽化した時代遅れの駅を変えたい、反対派は街を破壊するような独善的、前時代的な開発を回避したいという思いです。賛成派と反対派との利害が真っ向からぶつかっているわけではありません。

問題はそのやり方なのです。保守的な地域の課題は常に共通しています。
この状況をとりまとめるのではなく、あくまでこのまま前に進めるためにアンケートによる分析も用意されています。しかしながら、広く是非を問うものではなく、狭い視点の中での選択肢を選択するものでしかないようです。アンケートの問いの何番を選んでも結果は変わりはありません。









2008年12月16日

政策プラットフォームに向けて

「地域の代弁者(081125)」で次のコメントをいただきました。

そうですね!!共感します!!!その基盤となるプラットホームはどうやったら構築できるのでしょうか??

プラットフォーム構築に向けて、現在の状況を答えています。

コメントありがとうございます。
コミュニティシンクタンクmoco(http://www.mocomoco.ws/)設立し、実践を開始いたしました。地域の課題に対し、課題を市民の手で解決すべく、その体制を作り上げることではないかと考えています。

現在は岡崎市における課題の一つである「旧本多邸の移築保存の是非」に取り組み、地域の文化資産にかかわる全体構想に取り組み始めました。地域の課題の本質はすべてに共有しているものであり、それゆえ、それは同時に次なる多くの課題に対する第1歩であると考えています。

この構想を、ヴィジョンをいかに市の政策の中に取り込んでゆけるか、、、、構想を実現に移す次の体制作りを思案しているところです。市民組織によって官僚組織のプロセスを、価値観を変えねばならないと考えています。

2008年12月15日

議員の役割

参院決算委員会が開かれていますが、元金メダリストの議員が質問に立っていました。

まず、周辺へ丁寧なくらいにあいさつを行う、これでまず2分ほど。書類を読み上げて、始まりますが、7分ほど数枚のうち2枚は、自分の経歴や、総理の経歴を重ね合わせることで過ぎてゆきます。そして、危機の時こそ、基本立ち返ると言い、競技の基本、公務員の基本、金融の基本と続き、そして、金融対策を総理に「お聞きする」。抽象的質問。ここで7分の総理の答弁。

というより、、、この15分ほどの時間は何だったのだろうか。
基本は信頼、信用、、、、。ここで総理の展開の場となります。この議員の役割は何であったのでしょうか。人と人が対峙していないのです。

そして、この時期にオリンピックにおける日本人の活躍を総理に述べる、、、、、。5分の答弁。この特別の時期に、すべてが金融に集中する必要はありませんが、、、もっと政治に、国民の目線に立って欲しいですね。

そして独立監査法人スポーツ振興事業団の予算の問題へ。ここが本題なのでしょう。しかし、30分ほどの質疑時間のうち、20分ほどがご挨拶程度のレベルのものでした。議員の役割とは何か、国政も地方行政も同じことが繰り返されているようです。

2008年11月26日

シビックトラストへ

シビックトラストいう概念が拡がり始めています。

トラストとはナショナル・トラスト (正式名称は「歴史的名所と自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」 National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)に由来する言葉ですが、それは自然を保護し歴史的建造物を保存するために、広く国民から資金を募って土地を取得し管理を行うことを目的とし、1895年に設立された英国のボランティア団体のことを言います。また、今日ではその運動や理念そのものをナショナルトラストと称することもあるようです。

世田谷区では
1.自然環境や歴史的・文化的環境を保全した美しい風景のあるまちの実現
2.安全に安心して活き活きと住み続けられる共生のまちの創出
3.居住環境を魅力的に守り育む活動やコミュニティの形成    を目的とし、


「世田谷の美しく潤いのある街並みとみどり等の資産を次世代に継承し、地域コミュニティとの連携・協力をさらに進め、環境共生や地域共生の理念に基づくまちづくり」を目指し、財団法人世田谷トラストまちづくりは、2006年、設立されています。(財団法人せたがやトラスト協会と財団法人世田谷区都市整備公社を統合)

それは地域の豊かなまちづくりを目指した、シビックトラスト活動と言えます。

なかでも市民緑地制度が設けられ、世田谷らしさを残す屋敷林や雑木林をまち並みとして活用する試みが行われています。市民緑地とは、都市に残された民有地のみどりを保全し、みどり豊かな環境を未来へ残していくために都市緑地法によって定められている制度であり、

土地所有者との契約によって、維持管理を行い、地域に公開することによって、地域に解放されると同時に、所有者にはみどりの維持管理や固定資産税・都市計画税・相続税について優遇措置が受けられる制度のようです。

世田谷の自然環境や歴史的文化遺産を調べ、世田谷らしいといわれる環境を次代に引き継いでゆく調査研究事業をはじめとし、ボランティアやまちづくりのための啓蒙育成事業を進め、保全からその継続運営へ向けた活動がおこなわれているようです。



シビックトラスト、、、身近な地域の資産を地域を継承するために生かすことが地域に広がりつつあります。

2008年11月25日

地域の代弁者

地方自治が変わり始めています。

古い地方都市には、総代会といった伝統的な地域の代表があり、これまで市政に大きな影響力を持っていたようです。それは地域ごとの利権代表であり、調整役でもあります。また、地域の代表である総代ごとにその情熱や発言力が異なり、継続性や地域の全体性、ヴィジョンを持ちえていないように感じられます。

しかし、今日では、彼ら地域の代表が集まると60代以上の男性ばかりが結集することにもなり、地域の偏った情勢を表わすことにもなりかねないようです。

また、近代的な地域の代表として市議会議員がいます。37万人くらいの地方の中核都市でも、2500票も獲得すれば当選できるくらいであり、当然、支援される地域の団体の利権を代表せざるを得ないのでもあるようです。

しかも、代表としての議員も、当選回数によって、訴える力が異なるという、不合理性を持ち、意気盛んな新人議員も団体に飲み込まれてしまします。もちろん、地域をかけずりまわって、その声を集めている大切な議員もなかにはいますが、一部の議員は市政に巻き込まれ、既成の事実に追随するように議会答弁するようなことにもなっています。とても地域全体の利益やビジョンを目指すことのできる代弁者ではありません。

それゆえ、市民自ら声を上げる時代がそこに来ているのではないかと感じられます。
次は市民の時代であり、市民協働の時代と言われる所以です。しかし、市民協働といっても、行政のおかかえとなっていたり、出先機関となっているNPO を通じて、市民を集め、市民を強制し、結論の決まった、既成の事実へと市民を誘導するだけなのではないでしょうか。

地域の伝統的システムでもなく、近代的システムでもなく、次は市民協働であるという時、市民を誘導することでむしろ行政の独善的市政が行われようとしているとも言えるでしょう。

市民協働の時代において、市民は強いメッセージを発信することが不可欠です。そして、そのための基盤となるプラットフォームを構築する必要に迫られているのです。

2008年11月24日

二度と起こらないために

事故や事件が起こると、責任者や加害者は必ず「二度と起こさないようにする。」と言い、被害者は「二度と起こらないようにして欲しい。」と言います。それは当然の心情ですが、二度目が起こるかどうかが問題なのではなく、、、、まず、一度目の問題を明らかにしておかなければなりません。


「二度と起こさせない」という決意はただ危ういだけのものでしかありません。言葉ではなく、具体的な処方が必要です。

社会にはいろいろのチェック機能が働き、事故や事件を未然に防いでいます。一つの大きな事故の背後には、その何倍もの多くの事故や事件の要因がすでに社会や組織に潜んでいるのだと思います。それらが飽和し、またチェックの網の目を逃れてきたからこそ、ひとつの大きな事故として現れたのではないかと感じるからです。

「二度と事故は起こさせない」   そこでは責任をきちんと問いただすことはめったにない。しかし、「二度目が起こらない」その保証はないはずです。

2008年11月23日

旧本多邸を岡崎へ移築しようとする建築史研究家への手紙

今岡崎市では、世田谷区にあった旧本多(岡崎藩主の子孫)邸を移築しようとする行政と建築史研究家の動きがあります。予算も決まり、すでに造成工事がおこなわれているにもかかわらず、この9月より市民会議が開かれ、移築の内容を決めようとしているのです。ここに、多くの市民は反発しています。
問題の背後には様々な思いと利権があるようです。
この保存・移築に携わる建築史研究家へ、地域の事実と真実を伝え、思いを伝えた手紙に地域運営の課題を表わしました。

===
〇〇様

昨日、旧本多邸活用のための市民会議が開かれました。そのテーマが直前になって「活用のアイデアを考える」ことから「旧本多邸活用の夢を語る」と変更されています。活用の既成事実があり、工事が始まろうとする今の時点で「夢を語る」などと本質をずらした、市民会議を愚弄するようなやり方だと皆が反対をしておりました。20名ほどが参加したようですが、昨日の会議も賛成派と反対派をテーブルごとに分けて議論を行うような姑息な手段を取ろうとしたようです。市民会議やワークショップのいつものやりかたです。市民の考える枠組みを最小限に限定し、分断し、意見の方向を定めようとするものです。

しかし、多くの反対にあい、頓挫し、全体を一つの場として意見交換が行われたようです。活用委員会の委員も3,4名参加されていたようで、旧本多邸活用委員会で現実の生の様子が報告されることと信じています。また、会議のなかで6つほどの提案がなされ、賛成派も反対派も賛同し、議事録に書き加えることが決定したようです。しかし、議事録に書くことを約束しなければならないということは、議事録も主催者側できれいに作られたものだということです。よくよくご注意ください。

> 私自身が、島崎さんのお考えや活動に理解できたとしても、どう接点をもてばよいかもむずかしいところですね。

私たち建築家には職能倫理が要求されてきました。自分自身の創造意欲だけではなく、それ以上に社会性や第三者性が不可欠とされるのです。市民は「本当に岡崎(自分たち)のためになるかどうか」を考えています。その考えを共有し、それを真摯に考えていただくことが接点となるのではないかと思います。

1.
何故、世田谷区にあった本多邸を、岡崎市で保存しなければならないかという点です。しかも、財政規模も世田谷区は岡崎市の2倍あります(19年度で2000億と4000億の違いがあります。)。岡崎市では財政悪化が叫ばれ、33億もの減収が見込まれています。また、今年度は豪雨で被災した人も数多いですし、市に一つしかない市民病院も赤字が続き、有能な医者と患者が離れつつあるようです。

2.
あなたは本多邸の価値は高いとおっしゃいました。しかし、岡崎には素晴らしい文化資産、江戸期も明治期も昭和期も含めて数多くあります。先日も電話でお話しさせていただきました。それらは市民の生活に密着した身近な文化資産なのです。

江戸期のコミュニティを伝える、常夜燈や石碑なども多いですし、数多くの神社仏閣だけではなく、カフェ兼町の拠点として、市民によって手作りで経営されている古い庄屋なども残っています。明治期には額田郡としてとても豊かな文化が栄え、いなか歌舞伎の舞台となった奈落を持った回り舞台の劇場が複数残っていますし、りっぱな木造の村役場や公民館など、全体的素晴らしさだけではなく、コテで製作した漆喰のレリーフも見事です。また、煉瓦造の紡績工場もありました。岡崎の紡績は全国的にもすばらしく、ガラ紡という古いスタイルの紡績機も文化として今も活用しています。煉瓦の工場は解体されてしまいましたが、地域には木造の工場や水車がまだまだ数多く点在し、岡崎の文化として、実際の紡績に使用しながら残していこうという活動もあります。昭和期でも地域の拠点として、古い木造の建築が残されてきました。木造の音楽喫茶や古い公会堂や婦人会館などごく最近解体されてしまいましたが、地域の活動の拠点となり、市民に愛されていました。

私は、それらが本多邸に劣るとは考えられません。5億を使うならそれにこそ使って欲しいと思う市民は多いです。しかも、それらは公園などでテーマパークのように残されるのではなく、地域に密着し、地域の生活のなりわいのなかでこそ、残されるべきなのです。

先日、旧本多邸の保存がそれらの先駆となって岡崎の意識を変えられるものになればいいとおっしゃいましたが、それは本末転倒ではないでしょうか。仮に一歩譲ったとしても意識を変えるための授業料が5億もかかるというのは一般的に考えれば、倫理観を疑わざるを得ません。

3.
市民会議や文化財審議委員会など、行政の運営の問題も指摘しなければなりません。結果ありきの手続きばかりであり、プロセスがなっていないのです。今回の問題の本質はすべてここにあり、反対や賛成という視点ではなく、プロセスとしくみをきちんと確立することがコミュニティシンクタンクmocoの使命だと悟りました。

そのため、私たちのスタンスは原点に戻り、本来の市民の声を受け取り、本来あるべき姿へ向かうことにあります。本多邸だけの問題ではありませんが、そのためのプラットフォームづくりをします。
この問題は、あなたがおっしゃっていたような、単に市民に周知すればいいという問題ではありません。市民と共に考えるということです。市民は気づいています。旧本多邸の本質も、結果ありきの行政のことも、NPOでありながらその出先機関となってそれを無理に推し進めようとする組織のことも。

プラットフォームとは、市民にとって大切な資産とは何か、文化とは何か、町とは何かを考え、実践に移す土台であり基盤であるものと考えています。そこでビジョンをつくり、戦略を策定し、その上で、プライオリティを決定してゆくべきであるのです。市民はそのように考えています。その上で本多邸のプライオリティが高いのであれば、本多邸の復元を実施すればいいと思いますし、きちんと事実と真実を知り、本当に必要なものから始めればいいのです。岡崎市にはそうした、利権や私権にとらわれない中間的な考える場が必要なのです。それが私たちmocoの使命だと思っています。

これまでもそのプラットフォームづくりを提唱してきましたが、反対派と称する人たちは目先の対応にこだわってきました。しかし、何度かのmocoでのギャザリングや昨日の市民会議を経て、市民自ら主導する市民会議を開催してゆく動きが高まりました。それが先ほど申し上げたプラットフォームとなります。ビジョンを作り、真を問うてゆこうと考えています。

2008年11月10日

町の執行機関としての町長と職員/ニセコ町づくり基本条例

ニセコ町づくり基本条例 では、市民の多大な役割と議会の責務については数多く記されていますが、町長と職員については簡潔に述べられています。それは多くの地方都市のように肥大した、執行機関としての役割を超えたものではありません。本来の役割をしっかり、迅速に成し遂げるためのあり方が記されているのです。

町長は、「町政の代表者としてこの条例の理念を実現するため、公正かつ誠実に町政の執行に当たり、まちづくりの推進に努め」とあり、職員については、「その権限と責任において、公正かつ誠実に職務の執行に当たらなければならず、」「まちづくりの専門スタッフとして、誠実かつ効率的に職務を執行する」こと、「まちづくりにおける町民相互の連携が常に図られるよう努める」こととされています。

まちづくりは市民が主体であり、その意向を議会が形あるものとし、執行機関がそれらを実践すること、と明らかにされています。このように明快な組織においては「町の組織は、町民に分かりやすく機能的なものであると同時に、社会や経済の情勢に応じ、かつ、相互の連携が保たれるよう柔軟に編成されなければならない。」ことも同時に具現化されることでしょう。

多くの地方都市では市民をないがしろにした、結果ありきの市政が行われています。その結果を作ろうとするから、ますます、市民とかけ離れてくる。施政は議会が構築し、市民がそこに協働する、、、まちづくりとは本来、そんな単純なものであるはずです。

2008年11月9日

町の意思決定機関としての議会/ニセコ町づくり基本条例

また、ニセコ町では、議会の役割を町の意思決定機関として明確に記されています。

地方議会では議員の役割が質疑の応答に偏り、市政のチェック機関としての役割しか果たされていないように感じます。本来は立法を行う役割は議会と首長に与えられているはずなのですが、首長の立法権限はとても大きいものであり、それはつまり、行政の管理に携わる職員からの立法につながっているのではないでしょうか。

立法に携わる行政職員とその管理に専念する議員、そこには施政のプロセスの逆転現象が起こっています。しかも、議会で通してしまったことを市民に報告などしないものなのです。立法にかかわる能力がなければ、せめて、その程度の活動は行うべきと思うのですが、、、、。

ニセコ町では、議会を、「町民の代表から構成される町の意思決定機関である」と定め、「議決機関として、町の政策の意思決定及び行政活動の監視並びに条例を制定する権限を有すること」、「議決機関としての責任を常に自覚し、将来に向けたまちづくりの展望をもって活動し、広く町民から意見を求め、議会における意思決定の内容及びその経過を説明する責務を有する」とその役割と責務を明らかにしています。

また、「そのための政策会議を設置し、まちづくりに関する政策を議論する」とあり、「議員は政策提言及び立法活動に努めなければならない」と結んでいます。

ここには、市民とつながり、その代弁者としての役割を持った立法や政策のための大切な機関とその能力が描かれています。

2008年10月25日

自らが考え行動するという自治の理念/ニセコ町まちづくり基本条例

ニセコ町まちづくり条例は次のように制定されています。それぞれに強いメッセージが込められています。そこに新たな、次代の自治の意識や姿が見えているような気がします。

「情報共有」と「住民参加」を基盤とし、「市民」として主体的に考え、主体的に行動する、町づくりが方向づけられています。

第1章では、
まず、まちづくりの目的が「町民の権利と責任を明らかにし、自治の実現を図ること」と明確に市民の立場から述べられています。

この1章で提起された、町人の権利と責任とは4章において、町民は「まちづくりの主体であり、まちづくりに参加する権利を有し」、「その参加においてお互いが平等であり」、同時に、「町の不当な関与を受けない自主性及び自立性が尊重される」権利を持つこと、「まちづくりの主体であることを認識し、総合的視点に立ち、まちづくりの活動において自らの発言と行動する」責任に触れられています。


第2章では、
その目的を実現するため、町民がまちづくりに関する情報を共有することを基本原則とし、

町人は情報の提供を受け、自ら取得する権利を有する、一方で、町は、その企画立案、実施及び評価のそれぞれの過程において、その経過、内容、効果及び手続を町民に明らかにし、分かりやすく説明する責務を有するとされ、それぞれの過程において、町民の参加を保障しています。

つまり、「町は、町政に関する意思決定の過程を明らかにすることにより、町の仕事の内容が町民に理解されるよう努めなければならない」とされ、まちづくりの意思決定が市民と共にあることが明確に定められているのです。(第3章 情報共有の推進)

現在、多くの地方行政が自分たちだけで町の方向を決定し、議会で早々に決定し、その既決事項を粛々と、みせかけの市民会議や市民ワークショップやパブリックコメントにより市民を誘導してゆくやり方とは大きな違いがあります。また、市民協働のためのルール作りが推進されようとしていますが、それは情報を公開せず、市民の権利をないがしろにした上で、市民に責務だけを課す、一方的なやり方とも大きな違いがありますね。




○ニセコ町まちづくり基本条例 平成12年12月27日 条例第45号
目次
前文
第1章 目的(第1条)
第2章 まちづくりの基本原則(第2条―第5条)
第3章 情報共有の推進(第6条―第9条)
第4章 まちづくりへの参加の推進(第10条―第13条)
第5章 コミュニティ(第14条―第16条)
第6章 議会の役割と責務(第17条―第24条)
第7章 町の役割と責務(第25条―第35条)
第8章 まちづくりの協働過程(第36条―第39条)
第9章 財政(第40条―第45条)
第10章 評価(第46条・第47条)
第11章 町民投票制度(第48条・第49条)
第12章 連携(第50条―第53条)
第13章 条例制定等の手続(第54条)
第14章 まちづくり基本条例の位置付け等(第55条・第56条)
第15章 この条例の検討及び見直し(第57条)

2008年10月20日

矢祭町議会決意宣言「町民とともに立たん」

今、小さな町の気概に圧倒されるのではないかと思います。矢祭町、ニセコ町、、、、。しっかりとした自立の理念を持ち、自らのビジョンを掲げ、本当の民主主義、市民主導のまちづくりを目指しているようです。

「町民とともに立たん」と宣言された矢祭町議会の決意です。http://www.town.yamatsuri.fukushima.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020004&WIT_oid=icityv2_004::Contents::1270

国の目線によって、ふらふらとぶれる多くの地方都市に比べ、そこにはぶれないビジョンとその方向を見極めるべき議会の役割が明確に刻まれています。

矢祭町議会は平成13年10月31日、議員提案により、「合併しない矢祭町宣言」を全国に先駆けて全会一致で議決した。町の羅針盤を高らかに宣言したこの檄文は、全国の地方自治体への励ましとなり、目標となり続けている。

「その当たり前の議員の姿勢と哲学がきしみを上げ始めていることを、我々は痛憤の思いで受け止める。だが、我々は看過しはしない。すべての地方議員に対して、自身の立ち位置とあるべき姿を改めて問い直し、警鐘を乱打するものである。

我々矢祭町議は、町民とともに立たんの決意をここに宣言する。今、議員たるのその原点に帰る。 国主導による「平成の合併」が雪崩を打つ中、我々の「合併しない宣言」は全国に熱烈な感動をもって受け入れられた。

だが、旬日を置かない同年11月13日、総務省行政体制整備室長が来町し、翻意を促された。室長曰く、「合併の何たるかを矢祭町の多くの町民に説明し、合併の方向へ翻ることを期待する」と。室長の語る合併のメリットは、「首長や特別職、議員などを削減することによって大きな財源が生まれ、その削減によって生まれた大きな余財を高齢化社会の軍資金できる」という内容だった。

だが、その言質からは、地方自治が担うべき民主主義をいかに為すべきかについて、ただの一言も言及されなかった。そして、国は我々の方向性を「町民に対する背信行為」「首長や議員の保身のため」などと、時に面罵し、時に誹謗した。我々が目指すのは、きめ細かな行政であり、住民の目線に立った行政である。かかる哲学以外に、行政のあり方を指し示す松明はない。「合併しない宣言」によって、我々矢祭町議は松明を手にした。この松明をたやすことは町民への背信行為である。もしこの松明の灯を消すことがあるとするならば、それは有権者たる町民の判断によってのみであり、その他の何者によっても妨げられるものではない。

今、日本の国全体に暗雲が立ちこめている。それは、指導者が国民の立場に立っておらず、自分本位の判断に終始しているからにほかならない。このことは国民にとって非常に辛いことだ。だが、ここ矢祭町に限っては、役場、議会、町民が三位一体となって町づくりを進めてきた。それを体現したものが、平成18年度から始まった「矢祭町第3次総合計画」である。「郷土愛」をうたい、共に支え合いながら暮らせる町づくりを推進し、「元気な子どもの声が聞こえる町づくり」を政策の中心に据えた。また、それを貫くために、町の憲法たる自治基本条例を制定し、平成18年1月1日から施行された。その第7条には町議の責務として「町議会議員は、町民の信託を受けた町民の代表である。議員は、町民の声を代表して、矢祭町の発展、町民の幸せのために議会活動に努める」とうたわれている。我々は常に町民の一人ひとりの立場に立って町政に参画しなければならない。町民の生活こそが、日々の議員活動の中で、最も気に掛けねばならない問題である。

我々が受ける報酬は、町民が汗を流してかせいだ税金であることを忘れてはならない。・・・・・・・・・・50年後、100年後もびくともしない矢祭町を作り上げるためには、議会はもう一度原点に帰らなければならない。我々議員は、町民の艱難辛苦を憂い、嘆く声を聞き、見たとき、現在の報酬制度にあぐらをかいているわけにはいかない。そして、我々は報酬制度を根本から考え直すことを決意した。その際、我々は世間一般の常識にとらわれない。矢祭町はいかにあるべきか、矢祭町議会はいかにあるべきか―― ここが我々の議論の出発点であり、すべてである。 

何よりも経費の削減によって生まれる余財を、町民生活を豊かにする町民密着の政策に差し向けることができることを我々は何よりも喜ぶ。この問題に真正面から取り組むことは、決して地方自治を卑しめるものではない。むしろ地方自治の本来の姿を体現するもので、全国の地方自治体に範を垂れることになると確信している。「合併しない宣言」を決議した矢祭町議会だからこそ、陋習に凝り固まった堅固な壁に風穴を開けることができる自負を持っている。今回の我々の決断が郷土を愛する全国の人たちに全的に歓迎されるに違いないと確信をもっている。今、我々矢祭町議は宣言する。町民とともに立たん。」(抜粋)

2008年10月19日

場当たり地方行政

岡崎市では周辺のネットワークを解体しながら、巨大な箱ものを建設しています。分館がないのに100億円もかけた図書館交流施設、地域の文化財には目を向けず、解体に追い込んでいるのに、東京の文化財を5億円もかけて移築します。

次は新市民会館です。しかし、担当者なる行政マンは次のように語っているようです。

「まだ場所も決まっていないので、何も面白いことが言えない段階です」

「来年には土地を決め、だいたいの予算を決めてからパブリックコメントを出したいと思っています。」

「現在の市民会館からそう遠くないところで、具体的な候補地がないので案が進まない。」

「改築と新築のどちらがいいですか?」

「33億円の減収もあり、大規模なホールは考えていません。」


図書館も文化財も、そして市民会館にも、ビジョンすらないことがわかりますね。地域を見つめ、それらを再構築し、将来構想を企画する必要がある。それらがない限り、場所も予算も規模も、改築か新築かなど決まるはずはない。

市民劇場へ向けて、プラットフォームづくりを市民自ら始める必要があります。

2008年10月18日

政治の戦略

日本の政治には戦略がないとたびたび言われています。しかし、戦略とは公開してしまったら、戦略にならないのではないかとも感じられるのです。戦略を敵に送る企業はたぶんないでしょう。

拉致問題を声高に語る自民党、独裁国家にはこちらの短絡的な意図を見せないことが必要だし、早期の解散を迫る民主党、解散を迫ることによって弱みも弱さも見せることになるように思うのです。もっと、もっと、次の次を考える必要があるのではないかなぁ、、、、、、、めぐみさんのことなど忘れるよ、選挙なんていつでもいいよ、くらいのことをあからさまにし、その陰でそれぞれ奪還計画を練る必要があるのじゃないかな。欲しいものを欲しいといって得られるほど甘くないと思うのですが、、、、、。

市民にも自治を奪還する戦略が必要なのです。

ストリートビユー

GOOGLEのストリートビューが、その是非が、話題になっています。
ストリートビューとはGOOGLEのマップ上で、東京や大阪などの都市部を中心に道から見た風景が360°のパノラマで見えるようにしたものです。通常のマップや地図のように上空からの視点からではなく、道を歩く人の視点からまちを表したものです。
今ここに公私の問題、プライバシーの問題が提出されていています。実際に風景が削除されている場所もあります。
そこではいかさか過剰気味に日本の都市空間の本質にまで言及されています。その批判の方向は、「僕らの生活スタイルは、公開するようにはなっていない」ため、「他人の生活空間を撮影するのは無礼」であり、また、それは「ややこしいこと」であり、「モラルに欠けた行動である」ということになっているようです。

ここには日本の都市空間の本質とは別の、いつのまにか閉じられてしまった都市の、道の空間のあり方が見えてくるのではないかと感じられます。

西洋の都市空間は日本とは異なり、公私がはっきりと区別されていると言われます。しかし、道においても、公園においても明るく、オープンで、誰もが集い、豊かなコミュニティが繰り広げられています。

コミュニティとは人と人がつくるいわば「なわばり」として考えられるでしょう。しかし、それは個人の空間だけではなく、個人と個人が重なり、重なりのなかの領域であり、その境界です。それら、境界はまた次の境界が重なり合って、まちが生まれてゆきます。そこを曖昧にするから、公園はひっそりとした誰も憩わない暗い場所となり、道には人の目が行き届かない危険な場所になってしまうのではないでしょうか。

プライベートな空間が接することによって、コミュニティが動き出します。「私」のないところに、コミュニティは育たないし、「私」をないがしろにしたり、包み隠してしまうところでまちは育たないと言えます。

かつては、日本の路地にも豊かな私が溢れ、開かれた私空間が公共をつくっていました。左の写真は細かな路地に溢れる古いまちの姿です。かろうじてコミュニティの原点が残されていますが、ここにも解体の波が押し寄せています。閉鎖性からはまちの豊かさも、安全性も、生まれないことでしょう。

いつものことですが、黒船が日本の公共性を鍛えなおしてくれるのではないかと感じています。

2008年10月17日

NPOまちぽっと

「NPOまちぽっと」は正式名称を 「NPO法人ローカルアクション-シンクポッツ・まち未来」 と言い、2つのNPO法人の合同合併によって、2007年12月11日に設立された新しいNPO法人です。

その設立趣旨は次のように表明されています。
「新たに誕生する特定非営利活動法人「特定非営利活動法人 ローカルアクション-シンクポッツ・まち未来」(Local Action-Think Pots まち未来)は、地域社会に住み、暮らす市民の視点から、市民の参加による持続可能な市民社会づくり、豊かな地域社会づくりを目指して、それに関わる政策および事業の提案を行い、その実現に向けて市民、市民団体と協働して取り組むとともに、そうした市民社会・地域社会づくりを担う市民活動を支援するために、調査研究・提案、市民活動・市民事業の支援、情報の発信などの事業を行います。 私たちは、地域を基盤に市民、市民団体自身が、政策を考え、提案し、その実現に取り組む市民活動・事業が、地域に育ち、発展することを願っています。団体の名称をシンクタンクではなく、シンクポッツにしたのは、政策提案と、その実現に向けた市民活動・事業を地域の市民を主体としてつくりあげていくということを意味しています。 シンクタンクからイメージされる1つの大きな器に地域資源を集中して提案していく形ではなく、器としては小さな、タンクではなくポットとしての地域の市民組織が連携して、ネットワークで結び合うことで、市民参加による、より地域の課題に即した政策提案ができると考えています。 ローカルアクション-シンクポッツ・まち未来が目指すのは、地域のポットが結び合うことでつくる政策提案の活動です。」

コミュニティシンクタンクといっても、行政が主導し、3セクのような組織が多いなかで、その弊害は市民に確実に広がり、それらが誘導するワークショップ難民や市民会議難民が溢れている一方で、会員による会費と業務委託費(だからといって独立した組織とは簡単に判断できないのですが)によって運営がなされているようです。

こういった情報は公開されていない組織が多いのですが、このNPOまちぽっとの前身である東京ランポ時代の2006年度収支予算書が公開されていて、具体的な活動がどのように行われているかうかがい知ることができます。とても参考になります。(( )内は前年度実績)

収入は
1.会費収入 1,510,000(3,257,000)
 正団体会員 850,000(2,630,000)
 個人正会員 350,000(345,000)
 団体賛助会員 110,000(105,000)
 個人賛助会員 200,000(177,000)
2.寄付金 520,000(960,500)
3.事業収入 5,650,000(5,672,345)
 調査研究 50,000(10,600)=資料代
 セミナー・研修 150,000(84,500)
 出版 400,000(300,600)
 活動支援など 1,500,000(1,509,845)=講師・パネリスト謝礼、相談料など
 受託事業 3,500,000(3,756,000)
 その他 50,000 (10,800)
4.助成金 1,500,000 (0)
5.雑収入 10,000 (1,138)
6.預り金 200,000 (172,783)=源泉徴収次期繰越し分
当期収入計(a) 9,390,000(10,063,766)
前年度繰越収支差額 2,600,648(3,668,020)
収入合計(b) 11,990,648(13,731,786)

支出は
1.事業費 2,800,000(3,062,088)
 調査研究 600,000(121,152)=助成事業
 セミナー・研修 100,000(74,608)講師謝礼など
 出版 750,000(946,709)=季刊まちぽっと制作費など
 活動支援など 500,000(578,473)=講師謝礼など
 受託事業 800,000(1,341,146)=講師謝礼、交通費、資料作成費など
 その他 50,000(0)
2.管理運営費 8,130,000(7,866,174)
 給与費 5,900,000(5,875,000)=職員2名、パート職員1名
 通勤費 300,000(285,080)=職員2名、パート職員1名
 交通費 10,000(5,390) 
 通信運搬費 120,000(114,389)
 事務消耗品費 100,000(108,659)
 備品費 30,000(0)
 広報費 80,000(78,700)=季刊まちぽっと郵送費など
 事務所費 450,000(283,500)=月額31500円(前年2か月分を加え14か月分)
 会議費 20,000(14,790)=理事会、三役会議など
 図書資料費 100,000(139,218)=雑誌・新聞定期購読費など
 諸会費 70,000(65,000)=シーズなど会費
 法定福利厚生費 800,000(774,308)=社会保険、労災保険など
 租税公課 100,000(71,200)=住民税(均等割り)
 その他 50,000(50,940)=パソコン管理費、振込手数料、コピー代など
3.予備費 20,000(0)
4.預り金 200,000(202,876)=源泉徴収前期繰越分支払金
当期支出計(c) 11,250,000(11,131,138)
当期収支差額 ▽1,860,000(▽1,067,372)=(a)-(c)
次期繰越収支差額 840,648(2,600,648)=(b)-(c)

また、その中期事業計画が次のように提示されており、コミュニティシンクタンク活動の目標値を示しているのではないかと感じられます。

<市民社会構想・政策の提案>
(1)10年後の市民社会政策研究会(調査研究・提案 07年10月~09年12月 )
(2)東京構想研究(調査研究・提案07年10月~08年6月)
(3)もう一つの住まい方・暮らし方研究・交流(調査研究・提案08年4月~09年3月)
<情報の発信・提供の体制整備と充実>
(4)市民・自治体政策情報会議(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
(5)地域情報ネットワークの構築(情報の収集・発信07年10月~09年3月)
<市民自治・参加・分権の制度・仕組みの提案>
(6)分権・自治研究(調査研究・提案07年10月~08年6月)
(7)市民主体まちづくり 政策研究(調査研究・提案08年4月~09年3月)
(8)市民参加・協働研究(調査研究・提案07年10月~08年3月)
<自治・参加の機会の拡大と機会活用の支援>
(9)市民自治、市民参加・協働への支援、協力(市民活動支援07年10月~10年3月)
情報の発信・提供の体制整備と充実
(10)セミナー・研修(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
(11)HP開設・更新(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
(12)季刊誌、ニュースレター、書籍発行(情報の収集・発信07年10月~10年3月)
<市民活動助成、市民事業支援の拡大>
(13)草の根市民基金助成・交流(市民活動助成07年10月~10年3月)
(14)東京CPB支援(市民活動支援07年10月~10年3月)
(15)相談助言、企画協力、講師派遣など(市民活動支援07年10月~10年3月)
<市民活動・市民事業を支援基盤整備の提案>
(16)非営利市民事業体の金融と地域資源研究会(調査研究・提案07年10月~10年3月)

2008年9月28日

市民と議員の条例づくり交流会議

議会は市民の代弁者であり、、、、ある意味で、中間支援組織であるとも言えます。行政と市民の間に立って、専門家として情熱と能力と倫理観を持って、職能意識を発揮することが求められます。

この中間支援組織のありかたが地域の姿を決めると言ってもいいかもしれません。多数の市民という保守的な面からしか市民を見ることができない行政と、一方で、さまざまな思惑や権益を持った多様な市民、、、、、そこをつなぐ、組織が重要となります。

ひどい自治体ではここに目をつけ、官製に近い、おかかえ、御用NPOを立ち上げ、行政のやりたい放題を市民に押し付ける役目を彼らに担わせています。擬似ワークショップや霊感商法のような夢見心地のスライド会などが使われます。

市民は自ら為政者を選んでいるはずなのですが、、市長と市議とを別々に選ぶ必要があり、、、、ややもすると、市長選には注目が集まるが、市議選は関心が少ない、といった状況にならないでしょうか。市議の方だって、「どこどこの渋滞を解消する」なんてことを公約にするレベルでもあります。

市議会の正常化、実効化が市民には最も近い道かもしれません。

この夏、市民と議員の条例づくり交流会議2008(第8回)が開催されていました。
http://www.citizens-i.org/jourei/index.htm

「市民と議員の条例づくり交流会議は、2001年から、各地で地域の課題解決に取り組み、条例づくりをめざす、市民や議員、自治体職員や研究者らが、知恵や経験を共有し、互いに学びあい提起しあう交流の場として、毎年夏に開催してきました。

8回目を迎える今年は、市民自治体をめざした、市民と議員の政策づくりを支える仕組みづくり、自治体財政・決算の改革、議会基本条例の現在・さらなる議会改革へ向けて、二元代表制における市民・議会・行政の関係―等々について、各地の実践を共有しながら、幅広い議論・交流を行っていきます。ぜひ、ご参加ください。 」


多くの人たちが市民自治体をめざして、市民と議員の政策づくりへ向かい始めているようです。

2008年9月27日

「地方議会を立法機関に」

政策集団せんたく(地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合)の北川正恭代表が「全国若手市議会議員の会」の研修会で行った講演でのニュースです。

「地方分権を進めるため、国と対等な「地方政府」が必要と強調。現状では「地方議会が(行政の)追認機関になっている」と指摘し、「監視機関だけでなく立法機関でなければならない」と述べた。議員には、議会のあり方を定める「議会基本条例」などの条例制定に取り組むよう促した。」http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/43407

条例とは、憲法により自治立法権に基づき定めたもので、条例は市民の代表である議員が議会で決定したもので、規則は市長が定めるものであり、また、条例の提案権は市長に専属するものと議員に専属しているものでもあります。条例案を作成後は議会の中の委員会で審議し、公布、施行となるようです。

どの程度の立法が地方議会議員によって立案されているのでしょうか。市民の目線で立案された条例はどの程度あるのでしょうか。

条例とは、市民が選択した市長によるものであるし、また、市民が選択した議員によるものである、、、、、にもかかわらず、議会で追認、承認してしまえば、後は一人歩きの部分でもあります。市民に近いものでもないように感じられます。

日本有数の豪雪地帯、新潟県旧中里村にはかつて、「雪国はつらつ条例」という条例がありました。

目的 - この条例は、雪の障害を克服し、雪と共存するとともに、雪を資源として積極的に活用する施策の基本となる事項を定めることにより、雪対策の総合的推進を図り、もって村民生活の安定向上と活力ある地域社会の形成に寄与することを目的とする。(第1条)

基本理念 - 雪対策は、村と村民が一体となって、克雪、利雪、親雪等の施策を長期的かつ総合的に推進することにより、すべての村民がはつらつとした活力ある村づくりを目指すものとする。(第2条)

村の責務 - 村は、総合的な雪対策を策定し、その施策の実施に努めるとともに、村民が実施する雪対策に対して適切な支援及び調整を行うものとする。(第3条)

村民の役割 - 村民は、お互いに力をあわせ、雪対策に創意と勇気を持って積極的に参加し、自ら雪による支障を克服するとともに、雪の資源を活用して他に誇れる雪国づくりに努めるものとする。(第4条)

かわいい、のどかな、でも切実とした条例ですが、、、
村民の責務を描いたものでもあるようです。村民の知らないところでこんな責務が決められたとするなら大変です。

2008年9月23日

市民協働の根底

市民協働とは何か、その言葉の持つ心地よい響きとは異なり、その議論は混迷しているようです。

本来は、市民が自ら活動を行うことが地域の活性化につながり、また、その活動が、硬直化し、分断化した市民サービスを補完し、つないでゆくことにその意義があるのではないかと感じます。その大切な活動を行政がバックアップすると同時に協働して推進してゆくことが必要とされるのだと考えています。

こうした活動を通じて、本当の意味での市民としての自覚や役割も生まれてくるものだと思います。もちろん、行政マンが市民にサービスするのだという自覚と役割も芽生えてくることでしょう。

対等な関係性を築く、その方向性を円滑にし、いつでも誰でも協働できるような基盤(フォーマットやプラットフォーム)がいま求められているのではないでしょうか。

しかし、制度化することによって、自由な活動を阻害する要因にもなりかねません。ましてや、一部の市民会議の中では、、、、、市民に市民としての義務を自覚させ、行政サービスの一端を負わせるもののように変化してきたようです。

ましてや、「基本的には、あなたはこの社会の主体であり、責任持って一緒に生きていくということを問い正す条例」などと暴論が吹き荒れている状況を僕たちはどう考えればいいでしょう。
https://mobile.city.okazaki.aichi.jp/auto/www.city.okazaki.aichi.jp/yakusho/ka2605/pdf/19sikumi12.pdf

2008年9月22日

本物の市民参加とは

今、多くの地方都市では市民参加を前提とした仕組み作りを始めています。

しかし、ややもすると仕組みや制度の形式面を先行しがちです。「岡崎市協働の仕組みを考える市民会議(18年度)」の議事経過を見ていると、他地域の条例を下敷きに、既成の枠組みの中で進めていこうとする行政マンと、理念やこれまでの協働のルールをきめ細かく見ることから「地域独自の協働理念とは何か」というところへ踏み込もうとする専門家との大きな乖離が見られています。それは7回の会議による議論の後でも何も変わっていないようです。https://mobile.city.okazaki.aichi.jp/auto/www.city.okazaki.aichi.jp/yakusho/ka2605/ka2601.htm

市民協働といっても、市民と行政の間にもいつもこのような状況が現れています。行政サイドはさっさと制度を決めて、身動きならないようにしたいのかと疑わざるを得ないのです。また、制度を改善しても、制度ありきの運用ではなく、協働を促進するための本物の運用をどのように考えるかは、この基本理念を議論するプロセスから生まれてくるはずです。

でも、いつも条文ありきの議論であり、制度のための条例しか描けないようであれば、「地域独自の協働理念とは何か」などとても生み出すことはできません。自分の町の状況をしっかりと把握する想像力に欠けるのであり、それを具体化する創造力に欠けているのです。

しかし、地域独自の素晴らしい理念を形に表している町もあります。

北海道、半島の中心に位置するニセコは自然環境に恵まれた住民4600人ほどの小さな町ですが、全国に先駆けて、平成13年4月1日、自治基本条例を制定、施行しています。ニセコにとってまちづくりとは町の運営そのものであって、自治そのものです。そして、その基盤を「情報共有」と「住民参加」においています。

「世の中の動きに合わせて」程度の意識で住民参加に取り組む自治体が、情報を閉ざし、限定した状況下で意味のない、成果の見えない市民協働や市民会議を横行させてしまうのと大きな違いがあります。

ニセコ町では、基本理念は次のように表わされています。

■町の「ミニ憲法」 ~ニセコ町のまちづくりすべてにかかわる条例(自治基本条例)

この条例は、ニセコのまちづくりを進める上での町民共通ルールです。このルールは、日本国憲法や地方自治法などの法の精神に基づき、わたしたち町民がまちづくりの主役(主体)として行動するためのものです。 条例の名前にある「まちづくり」とは、道路や上下水道の整備、市街景観形成などの目に見える「ハード」の側面だけではなく、情報共有や住民参加などの仕組みづくりといった目に見えない「ソフト」の側面も含んでいます。そこから、町民が住むことそのものが誇りに思える「暮らしづくり」を発展させること、それが「まちづくり」に込められた思いです。


■2つの柱 ~「情報共有」と「住民参加」

まちづくりの大切な基盤が「情報共有」です。まちづくりにかかわる情報は、町民の共有財産です。町民の間でまちづくりに関する情報が共有されていなければ、住民参加も意味をなしません。そのため、町が積極的に自らの説明責任を常に果たしていくことが最低限必要なことです。 この条例では、「情報共有」と「住民参加」を車の両輪に同じと考え、一体のものとして、まちづくりのための重要な原則と考えます。同時に、これらにかかわる基本的な権利の保護に努めます。


■自治の実践 ~町民の主体的行動と自治の基盤

 『まちづくりは、町民一人ひとりが自ら考え、行動することによる「自治」が基本です。わたしたち町民は「情報共有」の実践により、この自治が実現できることを学びました。』(条例前文より引用) この前文では、「自治」の手ごたえを感じています。この自治をより本物の自治に発展させることが最終目的です。そのために、この条例を自治のための基本となる条例として、わたしたち自身のツール(道具)として使いながら、わたしたち自身が「市民」として主体的に考え主体的に行動します。その中では、町民のまちづくりへの参加が、自治を守り、自治を進めるものと考えています。 また、自治の発展は、町民の暮らしや経済産業の発展にも寄与すると考えます。各種統計調査においてニセコ町の人口が増加傾向にあること、起業や雇用が増えていることなどの背景には、自治の基盤が大きく影響していると考えられます。


■育てる条例 ~自治の発展

 この条例は、最低4年に1回の見直しを行います。平成17年12月にその1次見直しを終えました。 情報共有や住民参加などをとりまく考え方や社会情勢は刻々変化しています。自治のための新たな発想や枠組みも生まれています。国内外における時代の動きを常に捉えながら、その一歩先の将来を考えていくことが必要です。その意味で、町民が将来にわたり育てていく条例として、この条例を位置付けています。条例見直しのタイミングごとに、自治の方向性やさまざまな制度の点検、見直し を行うことができます。

2008年9月15日

市民の資産

市民会議なるものが開かれます。例えば、岡崎市では旧本多邸を修復し、活用のアイデアを募るという市民会議が招集されたのです。しかし、冒頭から紛糾したようです。市民会議と言えば本来は、つまり市民のための市民によるかいぎなのに何故なのでしょう。

その概要には次のように書かれています。
「目的・概要, 最後の岡崎城主子孫の自邸として昭和初期に建築され、歴史的・文化的価値も高い旧本多邸を復元し、有効活用を図ります。 」

実は現存地であった世田谷区でも保存できなかった家屋を岡崎市が譲り受けて、5億モノ費用をかけて、修復するのですが、今年度は設計と造成を行い、来年度には着工するということです。

ヴィジョンもなく、計画を進める、ヴィジョンがないからこそ、市民ではない誰かの権益で進行してしまうのでしょう。そして進んでしまったものを後から正当化しようとする。そのための市民会議なのですが、、、それゆえ紛糾してしまうのですね。

そしてお決まりのように行政直属のNPOによるワークショップを行い、お決まりの方向へ持ってゆく、、、、。小さな個人の邸宅を丘の上に移築したって、活用の内容など限られてしまいます。幻灯会などでどこか遠くの楽しげな風景を照らし出し、参加者を幻惑しているようです。多くの参加者が霊感商法のように感じています。

ガス抜きのために行われる、と考えざるを得ない市民会議ですが、不満がたまる一方です。

でも、誰が決めたのだ、ということになると行政マンは「市議会が決めたのだ」と言う。市長がトップで決定し、行政マンが実直に従ったものを3ヶ月ほどの検討で市議会は承認したのです。市議会が決めたというのは、語弊はあるのですが、、、、。しかし、議会は、市民はこの状況をどのように考えるのでしょうか。
岡崎市にはかつて繁栄したレンガ造の工場群や煙突、紡績機などが豊かに残されていましたが、この春、解体されることになってしまいました。そうした市民の資産は地域に数多く埋もれているのであり、それらは地域の風土や歴史、文化、生活を豊かに物語っています。どの地域にも数多く埋もれている、そうした資産を活用することによって、目に見える価値を再現するだけではなく、目に見えない価値にも目を向けることになります。
大切な資産を解体に追い込んでおいて、他所の土地の住宅を移築して公園の一角に残してもどれだけの意味があるのでしょう。ヴィジョンがないから、独断専行となり、市民は反対するのです。
全体構想を描いて文化資産を考えて行くとき、市民自ら一体となって価値の発掘に努めることでしょう。それが市民であり、コミュニティシンクタンクの役割のひとつであると考えています。

2008年9月10日

メディアの視線

自民党総裁候補が決まり、その報道が熱を帯びています。

あるメディアは5人の候補をそろえ、さまざま質問を投げかけます。そして、最も重要な質問であろう、市民のファックスによる質問を用意していました。「格差の大きくなる中で消費税を上げるのではなく、なぜ、一般税を上げないのか」、「地元の病院では出産できなくて、何時間もかかる大学病院へ行くことになる」、、、、、、。

そこには具体的かつ基本的な、国民の生の声があげられていたのですが、キャスターは「福祉や年金の財源はどうするのか」「消費税はいつ上がるのか」、、、、など抽象的で陳腐な質問を投げかけてしまう。抽象的で陳腐な質問にはそれ相当の答えしか返ってきません。まるで、あらかじめ、質問の内容があらかじめ決まっているかのような、報道番組でした。

一方で、隣のメディアでは候補者の姿などありませんでした、、、、、が、もっと、もっと先を見ていました。

メディアの乱立によって、情報もあふれています。

2008年8月19日

情報の伝わり方

テレビのニュース番組で、真実はCMの後に、、、、というようなやり方はさすがになくなりましたが、「さて、それは何だったのでしょう」的な含みを持たせ、後で知らせてやる、といったアナウンサーはまだまだ多いです。


でも、視聴者はインターネットからの情報によって、そのことをすでに知っているのです。だから必要としているソースのありかをもっと的確に、正確に、知りたいのです。また、自分自身の判断とどこに違いがあるか、に注目しているのです。

自由に情報を得ることができるようになった視聴者から、今度は、情報を独占していたメディアがその能力を試される時代となったのではないでしょうか。

これまで、情報を持っていることがその権威のよりどころとなっていました。それはメディアだけではなく、為政者もしかり、教師もしかり、、、、、、、他の都市のサービスの内容を詳しく知ることができたり、市の基本構想に忠実でない行政マンを指摘したり、ネットの詳細情報によって小学生が教師をやりこめることもできるでしょう。地方政治の停滞、教育の腐敗、、、、、。どちらも中央からの命令に忠実でありつづけ、制度を見直すことなく、自立性を失ってしまった付けが回ってきているのではないでしょうか。これまでの権威がその情報に対する古い体制のために、疲弊しているようです。伝えるものが伝わらず、隠したいことが隠せなくなってきています。

すべてを開放し、双方向へ、、、、、、、伝え、伝えあう立場へ、管理を開放し運営しあう立場へ、教え、教えあう立場へと変貌するしか道はないのではないでしょうか。

そう言えば、旅行代理店の窓口でのやりとりもかなり変わってきましたね。詳しい航空機情報も持っているし、お勧めのホテルなどあてにしないで、WEBSITEで直接海の向こうのホテルと契約することもできるようになりました。自己責任で。

2008年8月18日

祈りの痕跡

最初に痕をつけたのは、誰か。

5000年前、シュメール人が粘土板に楔形文字を刻んだ瞬間、人間の思考、感情、芸術、科学は記録という行いによる永遠の生命を獲得した。「書く」という人類最大の発明から生まれる芸術や文化は、過去から未来に、個人から集団に伝染する軌跡の痕跡である。

21_21 DESIGN SIGHTの舞台に登場するこれらの痕跡は、現代人の意識に新たな痕跡を刻みつけるだろう。文字通り、浅葉克己が脚で探した地球発の表現を目撃するエキジビジョン。(WEBSITEより)


魂のように刻まれる、言葉やさまざまな人間の活動の痕跡に私たちは魅せられます。

会場には『西夏文字』という作品があります。 「縁者の言は剛けれど、心は日より熱く、郷主の声は柔らかなれど、心は月より冷たし」 言葉の本当の真実が試されます。

言葉やもので様々に伝えられる真実に近づくことが何より必要です。真実や真実の活動によって励まされ、刺激を受け、次の真実が生まれてくると思うのです。

2008年8月17日

価値の方向

行為やその産物に価値を見出すことが経済や営みの原点ではないかと考えています。その価値の連携がつながることにより、地域の経済や活性化は動き出します。

これまでは、自分たちのサイクルを外部に外延化して、その価値を生み出してきましたようです。外部からのフロー、外部へのフローを積極的に推し進めれば、活性化は簡単なことのようにも見えますが、、、、、、自律した活動とは言えないかもしれません。また、どこかだけが外部とのフローによって大きな利益を得ることは難しい時代になったようにも思います。

今、もう一度自らの内部のフローを動かすきっかけをつくりだす必要があるのではないでしょうか。自らの周りの、自らの地域の価値がどこにあるのか、その方向はどちらなのか、、、、、、そして、フローが回らなくなって、沈静する原因は何なのか、、、、、、。

価値がないのではなく、価値が変位しているのでしょう、、、、、、古い慣習や制度によって、フローが進まなくなる、しかし、あるところでは別の価値が生まれつつあるはずです。そして、それは地域のさまざまな関係の中から生まれているのではないかと感じています。地域の価値のフローを見直し、新たな価値へ置き換えること、地域に密着し、それらを内側から見いだすことがコミュニティシンクタンクの役割ではないかと考えています。

2008年8月16日

市民による評価

市民のよる評価が、評価を得ています。評価を行うためにはさまざまに地域とかかわらなければならず、とても重要なことと思えます。しかし、あくまで目的は評価を行うことにより、変革や継続などの判断を下すことにあるはずです。

こうした評価の手段には、これまでの経営戦略にかかわる手段が採用されていることが多いように感じられます。CS、SWOT、4P、、、しかし、マニュアル化された分析手段はいずれも現状分析のためのものであり、多くの現状の要素から、分類や切り口を検討することで、それらがどのような方向性や価値を持っているのかを認識することです。

しかし、それらは現状分析であって、評価ではありません。ややもすると、現状を分析して、それで終わっている事例も多いのではないでしょうか。しかも、現状分析法を活用した評価法は現状を肯定するものでしかないのではないでしょうか。

しかし、経営者の手腕はむしろ、現状分析のどこに目をつけ、どのような経営戦略を構築し、コンセプトや目標を明確にするかにかかっています。これは大きな違いです。

市民による、公共施設や組織への評価は、まずそれらの経営戦略をはじめ、コンセプトや目標がどのようなものか、を多くの視点から検討する必要があります。そして、それが実行されているのかどうか、さらに、どのような結果と成果をもたらしているのか、、、、を評価しなければなりません。

評価とは、この経営上のプロセスをトレースすることから始まるのではないでしょうか。
そして、そのプロセスには考えられていなかった要素こそをとりあげて、評価しなければならないのではないでしょうか。

つまり、コンセプトや目標のないものに評価を下すことはできないのであり、また、現状にない新たな要件から評価の基準を作り上げることこそ、評価であると考えています。

2008年8月15日

学校評価

現代の学校システムや教育の現場は、
1.硬直的、画一的、柔軟性に乏しい、
2.閉鎖的、地域や保護者との連携が不十分、
3.自ら改革に取り組む意欲が不足している、  と言われています。

しかし、教育特区なども設けられ、ほんのわずかですが、少しずつ改革の道が開かれてきたように感じられます。


その原点は「顧客起点」と「成果起点」にあると言われ、それらの情報を共有するための学校評価が大切であると考えられています。こうした評価を共有するという視点は、学校だけではなく、行政や立法や市民活動においても大切な視点です。

しかし、どの分野でも特に公共的な分野では評価の客観性を大切にするあまり、定量化、指標化することが大きな問題となっているのではないでしょうか。数値化しにくい活動を評価することは永遠の課題かもしれません。数値化することが目的ではなく、課題がどこにあるのか、どのような方向に将来性があるのかを考える必要がありそうです。

ここでは、イギリスのNPMにかかわる教育改革や教育への評価と共に、ポートランドの学校と地域のパートナーシップによる学校支援と学校評価の取り組み、SUN(School Uniting Neighborhood)イニシアチブが紹介されています。


その特徴のひとつに、評価の視点として、アウトプット(結果)だけではなく、アウトカム(成果)を重視し、評価することが上げられています。それは学校教育が教室や学校の中だけではなく、コミュニティ全体の中での学校の役割を明らかにしようとするものです。


学校や図書館、、、、どのような施設や組織においても、その内部の活動や役割を評価するだけでは不十分です。自己満足に陥ることになるでしょう。もっと視野を広げて、それらの周辺にある大切なもの、それはこれまでの学校や図書館にはなかったものかもしれませんが、その大切なものこそ、焦点を当て、取り上げてゆく必要がありそうです。


そして、そのためには、学校や図書館をお決まりのものとみなすのではなく、市民自ら、それらの周辺にある大切なものを絶えずチェックしておく必要があります。それらこそが最大の評価項目となるのですから。

2008年8月10日

綿とジャズの町

岡崎市は、綿の町でした。かつて、三河木綿を産出し、郊外の農村の綿畑では綿作りが盛んに行われていたと言われます。明治以降もその歴史は続き、ガラ紡(和紡績)の工場は今もわずかですが残っているようです。

今、かつての綿のまちを再び綿畑でいっぱいにし、人々の心の中に綿を再現しようと活動が行われています。世界の綿の産地「メンフィス」にならい、「綿フィス化計画」と呼ばれています。地元の三河木綿企業家である稲垣氏に推進され、市民に広がり始めています。

成功を急ぐのならば、綿の新たな製品化を行い、かっこいい宣伝文句、キャッチフレーズで人の心に訴え、その事業の成功に結びつけるものですが、、、、、まず、地域のなかに綿を受け入れられる基盤づくりを積極的に行い、地域の人々の、木綿に対する意識が広まり、熟成することから手がけているのです。

情報発信側の掛け声だけで広がるとは限らないのが世の常です。むしろ地道に市民の目に綿畑を根付かせてゆくことの方が着実で息の長いものになるかもしれません。歴史はそのようにしてつくられていたわけですから。石油に始まる、社会の危機の中で、衣の自給率を問う中で、あるいは地方の文化を問う中で、もう一度岡崎が綿畑に埋まる日も来るでしょう。

情報の発信は、送り手側の一方的なものでは成果は限られ、むしろ受け手側の環境、基盤が整備されることが不可欠です。熟成する必要があるのです。そうしてこそ、本物の活動となる、そのしっかりとした基盤を築くことから始めることが重要なのですね。

一方、「ジャズのまち岡崎」と言われて3年。岡崎市とジャズの関係は市民である内田修氏のジャズコレクションが市に寄贈されたことにより始まります。一人の岡崎市民のコレクションを元につくられたイベントです。全国の多くの町でジャズをキーワードにまちづくりが進められています。どこも、ジャズによって、市民の一体化をはかり、お祭りとなることを目指しているようです。
どうも、ジャズは自由と多様化の象徴のように見えるのかもしれません。どこでもひっぱりだこです。
しかし、岡崎市の日常を見ていると、、、、、市民はジャズを楽しんでいるわけでもないし、音楽家を支援するわけでもない、、、、、、、、、、、、、。

「内田氏は、レコード収集を続けながら、ジャズクラブ「ナゴヤホットクラブ」をはじめ、世界でも例のない33年間150回以上の長期にわたり行われた「ナゴヤ・ヤマハジャズクラブ」を主宰されるなど、日本ジャズ界の発展に多大な情熱を傾けられました。
また、才能があってもなかなか日の目を見ない若手ジャズメンたちを応援し、ときには岡崎の病院で長期にわたる滞在をこころよく引き受けることもありました。「ドクターズ・スタジオ」と呼ばれた病院内のスタジオで、練習やリハーサルに汗を流した若き日の日本のトッププレーヤーたちも多いと聞いています。」(内田修ジャズコレクションWEBSITEより)

この内田氏の活動からは、地域での本物の活動こそが地域を刺激し、何かを行う人たちを刺激を与え、力づけるものなのですね。情報の発信者の自己満足ではなく、受信側の多様で豊かな反応が、情報の発信力として必要であることがわかります。

情報の受信側の基盤整備が、近い将来、綿のまちとして知られ、特別の風景と文化を岡崎にもたらすことになるのではないでしょうか。

2008年8月8日

市議会の代表質問から

地域のリーダー足るべき市議会議員のとるべき活動が地域の活性化に不可欠です。

市議会の記録が公開されていますが、市民病院に対する、その質問の内容からは、深い内容をうかがい知ることはできません。「お伺いします」、「お尋ねします」、「お聞きします」が延々と続きますが、議員自ら分析や提言する必要はないでしょうか。

今、岡崎市の市民病院は負債が定常化しています。詳しい内訳はわかりませんが、
        
平成17年度の収 入、15,472,880,492 、支 出 、16,500,874,041 、△ 1,027,993,549 、平成18年度の収入 15,822,965,469に対し、支出、16,841,084,314、△ 1,018,118,845、平成19年度 は収入、15,806,423,897に対し、支出、16,968,576,840 、△ 1,162,152,943 となっているようです。収支率がおおそよ93%です。(全国の病院の収支の動向についてはhttp://www.ajha.or.jp/topnews/backnumber/2004/04_12_01_1.html に紹介されています。)

また、数値に現れていること以外にも、福祉の充実した近隣都市の市民病院へ患者が流れ、また、有能な医師も離れているという見方が市民のなかで噂されています。市民自ら、地元の医療施設(市民病院ではありません)と近隣の優秀な病院との連携の重要性もすでに自覚しているのです。

かつて、地域の中心にあった市民病院を市域北部の丘の上に配置した時点で市民という視点を排除してしまったのではないでしょうか。

以下に掲載する代表質問とそれに対する事務局長の回答をよくよく読んでみると、地域の医師会の方がよほど深く深く考えていることもわかります。医療もネットワークなのですね。

平成20年3月岡崎市議会会議録第2号から

◆45番 皆さん、おはようございます。・・・・議長のお許しを得ましたので、代表質問をさせていただきます。・・・・ 私どもの会派の要望に対し御理解をいただき、丁寧な対応をしていただきました点につきまして、まずもって感謝申し上げます。
・・・・・・・・・・・    ・・・・・・・・・・・    ・・・・・・・・・・・
 4、保健・医療・福祉の充実について。
 (2)市民病院の適正規模。 本市の市民病院は、西三河南部医療圏の第3次病院としての機能を果たすとともに、病床数650床、そしてその利用率は97%以上で推移しています。十分な医療活動を続けていると思います。 本市の人口推移を見ますと、昭和35年より増加の一途であります。また、工業団地等設置により昼間人口も増加しています。そして、近隣市町の人口も同じように増加しております。本市の人口増加は平成37年まで続くと推測されております。このような状況で、現在の岡崎市民病院一つでよいのか、行政の見解を聞かせてください。 市民の中には、南部地域に総合病院が必要だとの声も聞かれております。何らかの対応、計画を立てるときが来ているのではないかと思いますが、御意見をお聞かせください。

 ◎病院事務局長 私からは、4の(2)の市民病院の適正規模ということでお答えをさせていただきます。 市民病院は、地域医療の中核的機能を果たします基幹病院として、緊急もしくは重度の患者さんを中心に、高度で専門的な医療を24時間体制で行う急性期の医療を担っておるところでございまして、現在23診療科、650床で、病床利用率では御指摘にありましたとおり97%を超える状況で運営をしているところでございます。 この規模は、37万都市である岡崎市立の自治体病院といたしましては、自治体病院を持たない市町村もあるわけですが、他市町村との比較においても一定以上の規模、レベルにはあるというふうに考えております。 そして、自治体病院の新増設に関しましては、国の状況から申しますと、国にあっては自治体病院の経営形態のあり方の検討を求めておりまして、統廃合等を促すことも含めた政策が進められておる状況下でございます。つまり、自治体の病院経営そのものの是非が問われる社会状況になっておるというふうに理解をしております。 また一方、現実に目を向けますと、勤務医不足から、病院、病棟の閉鎖が話題となっておりまして、さらに最近では看護師不足から病棟閉鎖を検討する病院も出ておりまして、実際にここ二、三日の間でも、具体的に看護師不足から100床単位の病棟閉鎖という発表もされておるところでございます。 こうした状況と考え合わせまして、当院も現状の規模、機能を維持すること自体が大きな課題となっている状況でございます。こうした状況下では、現在のところ市民病院としては大きな規模拡大は当面困難ではないかというふうに考えているところでございます。 当院としては病診連携、病病連携、つまり病院と診療所、開業医さんとの連携、そして病院と病院との連携、これを強化いたしまして、地域の医療資源を最大限に活用することに努力を傾注してまいりたいと考えております。 しかしながら、本地域においてベッド数等が充足されているかというような質問趣旨に対しましては、当院が急性期を過ぎた患者さんの転院先に苦慮していますように、必ずしも充足されていないと考えております。 また、医師会さんからも、今後は療養病床等の不足が大きな社会問題に発展するのではないかと、こういった問題提起もあったところでございます。この問題は、経営主体の問題、つまり公がするのか、民がするのかといったことを初め、基本的な多くの課題が検討、整理される必要がありまして、この検討には岡崎市全体、さらに西三河南部医療圏、こうした広い範囲ですべての医療機関と行政が参加するような形で検討を進める必要があり、最終的には国の理解も必要になってくるものと考えます。 昨年、医師会保健所が中心となりまして、地域医療全体の検討の場も設けられたところでもあります。当院としても、地域の基幹病院として、これに積極的に参加、協力をしてまいりたいと思いますので、御理解を賜りたいと存じます。

2008年8月7日

即興音楽

音楽も建築も、、、多くのものが、形や形式が構築されればされるほど、それらからずれてゆくのではないかと考えられてきました。

文学のゼロ度、4分33秒というタイトルの無音の音楽、アンフォルメルという絵の形式、、、、、、など、一旦、打ち立てられた形式や制度から逃れようとする試みは多くの分野で、多くの人たちによって試みられてきました。

そうしたなかで、即興音楽に音楽の本質を求めている人たちも多くいます。「うたの家」で活動する即興からめーる団の赤羽美紀さんと正木恵子さんたちもその活動家のひとりです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20080726/CK2008072602000128.html

彼女たちのさまざまな試みからは、音楽とは、自らがいるその場に存在する音のさまざまなリズムを発見してゆくこと、場に音のリズムを見出すことであるとわかってきます。

場にはさまざまなものが潜んでいるのですね。
場に混在する生活のさまざまな形を見つけ出すのが建築の新しい姿であり、(当然なのですが)

場に集まる人々のさまざまな姿や言葉から、社会の真実を見つけ出す、すなわち、新しい公共の形を見つけ出す試みだと思っています。もちろん、それがコミュニティシンクタンクの形です。

2008年8月6日

ホームスクーリング

ホームスクーリングは、学校に通学せず、家庭を拠点に在宅で学習を行うことをいうそうです。アメリカではホームスクール在学生も多く、成績もいいようです。

日本でも大学検定試験(現在は高等学校卒業程度認定試験と改定されました)を経て大学へ入学してくる学生も多くなってきました。高校生の大学AO入試に立ち会うと、高校へ通学できないでいる高校生もかなりの数に上るようです。それぞれのスタイルで多くの人が頑張っていることは一つのステレオタイプしか認めない日本では大切なことのようにも感じられます。

日本ホームスクール支援協会http://www.homeschool.ne.jp/hosa/なども設立されています。

そのうち、高校には通学する必要がなくなるかもしれません。むしろ、大学進学には高校へ行くよりもホームスクールで、社会性を学ぶのであればコミュニティスクールで学習することが一般的になるかもしれません。

では、多くの高校が進学先へ進むためのものになっている今、高校とは何でしょうか。

また、教師の存在も見直す必要もでてくるでしょう。教育とは知識や情報を伝えるもの、ではないことは明らかです。インターネットの普及で教師よりも知識や情報の豊かな生徒も数多く生まれています。

本質ではなく、制度やマニュアルを与え続けてきた結果、集団化教育や画一化教育とは、教育とは何かを見失わせるものだったかも知れません。

例えば、それは教員の意識の中にも存在しています。高校の教育とは特殊なものだという意見があります。生徒と教師と、学生と教授とは異なる関係にあるという意見です。しかし、特殊なものにしてしまって外部に目を開かないのは、旧態然とした視野の教師自らの責任なのではないでしょうか。

新しい高校のあり方を考える構想を進めていますが、それは内部から改革を進めるには難題が山積しています。しかしながら、画一化した学校教育ではなく、本物の教育を一生涯に渡って継続するという発想に立つとき、中学も高校も大学も、、、企業も地域も、、、すべてをつなげて、考え直す必要があるように感じます。そこにこそ、教育の進むべき道、改革の道があるように考えています。

2008年8月5日

ボランティアのゆくえ

多くのボランティア団体が活動しています。岡崎市でもボランティア連絡協議会に登録している団体は120ほど、3200名がボランティアを行っています。また、ここに表れない活動家も多くいるはずです。しかし、ボランティアの数はとても足らないのだそうです。

また、ボランティア連絡協議会にはボランティアへのニーズとボランティアのシーズが集まっています。しかし、そのシーズは多くのニーズに応えられず、一部のボランティアにひずみが発生していることもその一因のようです。

何故、シーズとニーズが合わないのか。 また、ニーズに対するボランティアの能力が不足しているのでしょうか、そうであれば、ボランティアに要求される特別の能力とは何でしょうか。

ボランティアとは誰でもが、意欲も持ってできるはずのものですが、今、多くのものがボランティアの手にゆだねられ、手に負えなくなっているものもあるでしょう。また、安易に委ねられているものもあるでしょう。

例えば、介護保険によって、様々な場面で有償であり、専門家による介護が行われるようになりましたが、まだまだ多くの隙間があって、その多くの隙間を埋めているのはボランティアであるようです。ある動作までは有償の専門家が介護し、あるところから無償のボランティアがサポートする。

今、行政の縦割り化によって、ボランティアの対応も縦割り化しています。いろんな部署でボランティアのコーディネートをし始めています。それぞれの部署が成果を競っています。

ボランティアの多様化と縦割り化が始っています。と同時にボランティアの役割は確実に重くなっています。

しかし、ボランティアには無償に対するプライドがあるようです。ベテランのボランティアほどその心意気は高いです。しかし、その孤高さ、融通のなさ、柔軟性のなさ、、、は現代の多様なボランティアの形に対応できていけないのかもしれません。

多くのボランティア必要とする現代では、多様な立場と境遇の人たちが共に社会を協働してゆく必要があります。それがこれからのボランティアと言えます。有償か無償かというボランティアを提供する側の論理ではなく、ボランティアを必要とする側の状況をまず考える必要がありそうです。

岡崎市では施設の清掃にまでボランティアを要求するようです。新しい図書館では本来は司書の資格を持つ人まで清掃業務に携わる、、、、、、。本物のボランティアがいなくなります。
ボランティアを受ける側のエゴも許せないなぁ。

2008年8月4日

素人の発言

大阪府の橋下知事が伊丹空港の廃止を言葉にして、元大臣から「素人が大胆なことを言わないほうがいい」と批判されているようです。

もともと、狭い住宅地の真ん中の伊丹空港の安全性や騒音問題を機に、神戸沖、泉南沖、淡路島の3つの候補地のなかから、泉南沖が当選し、現在の関空が生まれたのだと記憶しています。、、、、しかし、伊丹空港は未だ騒音を排出し続け、おまけに、神戸沖にも新たに空港ができているではありませんか。

この素人と言われる知事の素人っぽさとは何でしょう。元大臣のプロ意識とは何でしょう。

プロの政治家には色んなしがらみや利権がくっついてきます。どれだけ、多くのしがらみや利権とつなげられるか、が重要であり、そのためには、できるだけ、浅く、広く、かかわることが要求されるのではないかと思いたくなります。身近に聞く政治家の発言は、特に選挙前の多くの政治家の発言は素人の発言のように浅く、広く、本質をつかんでいないものです。

プロとは何か、、、プロの政治とは何か、、、、

ネゴシエーションでの力の関係で落ち着くところに決められてしまう結論の、その力の関係を絶えず見直すことが、プロたる政治家のプロフェッショナルな職能なのではないかと感じます。

関西には、空港は神戸沖にひとつあればよかった、、、利便性も安全性も騒音による問題も、比較すれば、最も可能性の高い空港だった、、、そんなことは当時、大阪の子供だった僕にもなんとなくわかっていた。

素人と言われる政治家のプロ意識。プロを長年やっている政治家の素人っぽさ、危うさ。そろそろ、気がつく必要がありそうです。

2008年8月3日

地域と図書館

滋賀県愛荘町愛知川図書館長渡部幹雄さんもまた地域図書館を推進する有数の図書館長です。

彼は地域と図書館の関係を、中学校区ごとに展開する図書館、これをコミュニティ図書館、生活図書館と位置づけ、それらを支援する県立図書館など中央のシステムを構築し、全国に行き渡る図書館網がはりめぐらされることを提言しています。

彼の考える地域とは中学校校区程度の広さのコミュニティであり、このコミュニティがが全国に展開してゆくことが重要であると考えています。
ちょうど、彼の愛知川図書館が人口11500人の全国平均の中学校区の規模となるようです。

全国の図書館総数が2740館、公立小学校が23160校、公立中学校が10317校、公立高校が4093校、郵便局が24715軒、と比較しています。ちょうどその領域、広がりが目に見えてきます。ちなみにコンビニが40843店あります。滋賀県内では98の中学校区があり、43の図書館が配備され、50の自治体の中で27の自治体に中学校区ごとに図書館があるようです。
数の上からも、中学校という具体的な生活の領域の中で考えることでも、この地域の図書館の姿の、地域の中での重要な役割が見えてくるようです。
そこには、地域の信頼を勝ち取る専門職能を持った職員の養成や地域を訪れる住民の姿も見えてきます。距離を密にするだけで、考え方が変わってきます。

その評価は図書の貸出密度だけにとらわれることなく、地域住民の生活を支える役割を果たしているかが重要となる。地域資料を住民から募り、常備し、生涯教育の場として活動の場所を開放し、地域の素材を活用するプロデューサーとなる、、、それが渡部館長の考える地域図書館です。

愛知川図書館は、面積3000㎡、10万冊の蔵書を持ち、地域の伝承工芸品の展示施設、びん手まりの館が併設されています。

中央に大きな開架書架の空間、そして、隅々に読書のためのポケット的な空間が配置され、居心地のよい空間を作っています。

2008年8月2日

倍音音楽家

倍音音楽家である尾引浩志さんの演奏を門前仲町の門天ホールで聴いてきました。 尾引さんは、ロシア連邦トゥバ共和国に伝わる倍音唱方“ホーメイ”に魅せられ、1999年倍音楽団「倍音S」を結成。ホーメイ、口琴、イギル奏者であり、現在はソロでライブ、ワークショップなどの活動を展開する演奏家です。

口琴を演奏中の写真です。倍音という意味ははっきりとは認識できませんが、しかし、古い楽器であればあるほど、その奏でられる音の不思議な魅力ははっきりと伝わってきます。

人の身体を共鳴体とした彼の音楽は、最も根源的な音と言えるかもしれません。楽器を使ってはいますが、生の叫びのように聞こえるのです。

音楽が記され、奏でられることによって、音楽のその一部が失われてしまうのでしょう。彼は、それと闘っている音楽家です。

言葉も同じです。言葉にすること、文字にすることによって、多くのものが簡単に伝えられるようになりましたが、同時に多くの魂に近いものを失ったとも言えます。書物の宿命です。
生きている図書館も、その情報が生きているからこそ、真実が求められるからこそ、皆が集まると言えます。

生きているのだか、生きていないものなのか、真実なのか、真実でないのか、その判断が今、求められています。

2008年8月1日

耳マーク

名鉄、東岡崎駅で見つけた耳マークです。

聴覚障害者自身が体につけて、外見だけではわかりにくい聴覚障害を表すシンボルであり、手話や筆談などのサービスが受けられる場所を示すサインでもあります。
今、社会は多くの障害ある人のことを考えうるようになりましたが、その
状況は本当に様々です。
法律では多くの障害ある人のバリアフリーを訴えていますが、法律で支援することで、別の厄介な枠組みをつくってしまっている場合もあるでしょう。また、その枠組みの一部の中だけでバリアフリーを実践している場合もあることでしょうし、決められたことだけを行う、ハートマークをつけるだけの自己満足にもなっている場合もあるでしょう。
しかし、その基盤は障害ある人のことを知ることであり、枠組みを設け、狭い一部の領域だけでバリアフリーを推進するのではなく、広い社会の中でバリアフリーを実践する必要があります。
コミュニティシンクタンクに参加する、手と足の不自由な詩人の栗木宏美さんは心のバリアフリーを訴えます。聴覚障害を持つ羽田野裕子さんは聴覚障害の問題は高齢化の問題でもあると言います。
かつて農薬や公害の問題が野鳥や昆虫など生物の問題と思われていました。しかし、それはすぐに人間自らの問題に帰されることがわかりました。障害ある人の問題もまもなく、健常者にとっての問題でもあることがわかるでしょう。障害ある人にとっても快適な居場所がなかったり、人権を侵害されたりしてきましたが、しかし、それは健常者である多くの人にもすでに降りかかっている問題と言えます。
他人事ではなく、自らの問題として、目の前の出来事として考える想像力が今必要とされているようです。

2008年7月23日

兵庫県多可町地域協議会

平成17年11月に中町・加美町・八千代町の合併により誕生した、兵庫県多可町では、18年度より、旧町の地域特性を残しながら、3つの区(中区、加美区、八千代区)が融合したまちづくりを進めていくため、平成18年2月27日に地域協議会が発足したようです。

その機構は15名程度の地域住民で構成された、3つの地域協議会が7名の大学教員によるコミュニティシンクタンクから助言を受けながら、月1回程度会議を開き、また3つの協議会をつなぐ連絡協議会や町長懇談会などを開催し、町に対して提言を行ってゆくというものです。

小さな町ですが、だからこそ、町の様々な施設の活動状況を協働で視察するところから始め、自分たちの町を知り、具体的な活動方針を掲げ、その方向を自ら提言しているようです。

その豊かな活動の内容がホームページに記されています。
http://www.takacho.jp/chiikikyougikai/

25000人ほどの小さな町ですが、年初に書かれたであろう所信表明からは、その意気込みと真摯さが伝わってきます。http://www.takacho.jp/syuyo_sesaku/h20/sesaku_syosinnhyoumei.html

「成熟社会にマッチした町づくり」~ 多可町の基盤造りを次代への挑戦 ~

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20年度は2年半の準備期間を経て「多可町が本格的に動き出す年度」と位置づけたいと考えます。 それは、旧町からの継続事業がほぼ一段落し、多可町の住民や職員が考え、計画した事業がいよいよ動き始めるからです。 しかし厳しい時代の財政的背景は、国をして、また県をして、多可町独自の町づくりプランを自由には描かせてくれません。

・・・・・・
北海道夕張市の財政破綻の実態は、皮肉にも脆弱な自治体財政の実態を国民共通の認識にまで昇華させ、大きく関心を喚起させました。 これら行財政への関心の高まりをむしろプラスに捉える中で、すべての職員がより自らを律しつつ職務に精励し、特に役職者にあっては町の財政状況の説明責任を積極的に果たさなければならないと改めて心するところです。

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◎ 予算編成にあたって心した基本の方針は、次の3点です。 
Ⅰ. 予算総額の抑制とプライマリーバランスの好転を目指した「縮減型予算」 
Ⅱ. 真に必要な事業に合併特例債等の財源を有効に活用した「財源効率型予算」 
Ⅲ. まちづくり・環境・健康・教育など次代へつなぐ先進施策を盛り込んだ「提案型予算」   
20年度の予算編成作業においては、各分野において事業の継続を目指しながらも予算の削減を行うというアプローチで取り組みましたが、この手法が限界にきていることは、本年度の収支を10億円余りの基金繰り入れでまかなっていることを見ても明らかです。 役職者においても一層の意識改革の徹底を図り、旧町の手法や考え方にとらわれることなく、多可町として何が必要か、柔軟な発想で今のコスト構造と役場組織の対応のあり方等を果敢に変えていく必要性を強く感じております。
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2008年7月22日

街ゼミ

岡崎市中心部の商店街で、2003年から年2回開催され、この夏で11回目を迎える「街ゼミ」こと「得する街のゼミナール」が7月28日から開かれます。


http://www.okazakicci.or.jp/mirai/zemi11.html
http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20080717/CK2008071702000044.html?ref=rankhttp://www.city.okazaki.aichi.jp/sisei/sisei7_15/kouza1.htm



今回から商店主自ら立ち上げた「岡崎まちゼミの会」が中心となって企画運営するようです。


これまでは、市からの助成金を元に活動を行ってきており、広報費にその多くを必要としてきたようで、その多寡が街ゼミの成功の鍵を握ってきたようです。そのためか、市の支援や助言にとてもナーバスになってきたと思うのですが、独立した会を結成したからには、今後はどこまで自立性を増していけるか、資金の多寡ではなく、商店主たちがどれだけ、自分たちの活動の使命やその大切さに気づくか、自信を持って進んでいけるか、、、、

やりたいことを自ら進める、そして、何をやりたいのか、何をやらねばならないのか、それに気づくことであり、そこに邁進することに尽きるのではないでしょうか。

折りしも、コミュニティシンクタンクmocoのmocotomoメッセージで、高松市丸亀町の活性化の記事が掲載されています。http://cttmoco.blog25.fc2.com/blog-entry-17.html

「ここの新機軸は、土地の所有と店舗の経営を分離したことにある。 テナントは集客力を厳しく審査し、お客本位の店作りができる業者に開放する。ビルの立つ土地で昔から商売してきた人は、商店として再チャレンジするか、地権者になり切るかを選ぶ。 一般的に、伝統的な商店街は店舗の経営者が地権者でもある。再開発の権利調整は難航するのが常で、結果的に地権者である商店主の都合が優先された、お客不在の商業施設ができる例も多い。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
再開発で「所有と権利の分離」方式を採用するには、まず既得権を持つ昔からの商店主の「心の再開発」をする必要があった。全国ブランドの店舗と互角以上に戦えない店主は、地権者として生きるよう「心の整理」を迫られる。「再開発=自分の店の繁栄」という図式を否定することからすべてが始まる現実を受け入れなければならないのだ。」

金沢市で成功を収める、堅町商店街も同じような方向性を持っていました。地権者は商店街の整備を図り、行き交う人の交通量の多さでもって、施設を高く売り、店舗は消費者のニーズの少し上を行くことで利益を上げると同時に商店街の活性化に貢献する。この相互のきびしいやりとりが商店街の成功へとつながっているのです。http://www.chusho.meti.go.jp/shogyo/shogyo/shoutengai77sen/idea/4chuubu/2_chuubu_17.html


街ゼミは、行政からの自立を果たして、次の一歩を歩みだしました。行政のシステム化と商店街の活性化とは相容れないもののはずです。行政の発想からは商業など育つことはありませんし、ましてや助成金を求めて、彼らに媚びながら広報しても競争力を持った営みには決してならなかったでしょう。

今度は彼らの多くが自ら自立し、魅力ある店舗を次々と展開してゆくことに成功の鍵はあるのではないでしょうか。同じ志を発掘し、つないでゆくことが、望まれます。旧来のやる気ある店主と地域で新しい店を展開し始めた若者たちが、共に意識を共有することで大きな発展につながるのではないでしょうか。

共有のために、協働のために、古い心を変えなければなりませんね。

2008年7月21日

昇任試験

「名古屋市役所の係長の昇任試験を受ける職員が減り続けている。98年度に1357人いた「行政事務」分野の受験者数は、07年度には522人と、ほぼ3分の1に落ち込んだ。出世より、自分の時間を優先する生活スタイルの変化が大きな理由と市はみている。
「昇任試験のための受験勉強より、子どもとの時間を持ちたい」 ある管理職は部下に係長試験の受験を勧めたところ、こう断られた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50歳代のある幹部は「最近の若手は責任を負わなければいけないということにばかり目がいくのかもしれない」とこぼす。市が懸念するのは、市全体を引っ張ろうという職員と、それ以外とで二極化してしまうと組織力が落ちるのではないか、という点だ。」http://www.asahi.com/national/update/0714/NGY200807140003.html?ref=rss

職場こそが実践の場として最も大切な場であると考える人も多いのではないかと思います。仕事を自ら遂行することで、PCDAという仕事のサイクルや、「準備」、「熟成」、「啓示」、「検証」というクリエイティブなプロセスを体験することで、自分でできることを増やしてゆく、、、、山を見つけ、山を乗り越えることで、また、次の大きな山を乗り越える能力が身につくのであり、そして、社会の矛盾を正面から見据えることができるようになるのだと思います。それがキャリアの向上と考えてきました。

昇任試験は与えられた答えを一元的視野で身につけることにつながりませんか?

昇任試験に合格して、幹部と言われる職員が社会に、地域に、何を貢献しているか?、、、、、、、若い世代はそれに気がついているのではありませんか?

それを「生活スタイルの変化」と推測するのは的がはずれていませんか。

社会へ出ても、役所に入っても、決められた答えのある試験が必要なこの特別の社会、、、、、この旧態然とした制度を改革し、本当にやる気と実力ある人が意欲を持って働き、その能力を認めていかないと、お役所仕事は改まっていかないのではないでしょうか。

「市民が本を盗まないように窓が開かない図書館」を推進する職員(うそのような話ですが、、、、、)、「15mもの大きなはぜの木や土手の大きな桜並木」をいとも簡単に伐採し、30年たったら同じような大木に育つと言い切る職員、企画書の「想像性」という言葉を「創造性」の間違いだと言い訳する職員(想像力のないものに創造性など生まれるはずはないと思いますが、、、、、)、「一部の市民に広場の樹木がうっとおしいと言われたら、すべての樹木を伐採してしまおう」と考える職員、「根回ししないで大切な樹木を5月に移植しようとする」職員(季節と準備を考えないで移植が成功するはずがありません)、、、、、、彼らも昇任試験は合格しているのかもしれませんね。

地域の何が大切な価値かを知り、どこに価値が眠っているかを知ろうとする、、、それを守り、発掘し、継承する、、、、その役割を魂に刻むことが、、、、行政マンのプロたる職能だと考えます。

(ポジティブシンキングしなくては、、、、、)

2008年7月20日

誇大広告と美化

今、キャンパスのあり方を考えています。 15年間、明治学院のキャンパスの再開発に携わり、次代の教育空間とは何かを考え、あり方を模索しているのです。もうそろそろ、戦後の復興期に開発された横並び式のキャンパスの次を考えなくてはなりません。(しかし、信じられないことですが、文科省の推奨プランは今でもそのようなものなのです、、、)

キャンパスを考えるには教育そのものを考える必要があり、高校生と高校教員の本当の関係、、、、それを新たにする必要があります。そのためには古い教員や制度も同時に改革する必要があるかもしれませんが、それが、内部から改革が起きない原因なのでしょう。

しかし、地域との連携の中で、地域の人たちが学校に入ってきます。高大連携が叫ばれ、新たな高等教育が始まります。常に改革を進めるための可変性を持った豊かな空間が必要になります。その可変性が実力ある教師を選別します。エコロジカルな社会に向けて、人と人、人と自然、人と社会の関係が社会生態系の中で混在してゆくはずです。

文科省の推奨する横並び式の制度とキャンパスは近いうちに、このような外部の力によって瓦解することでしょう。

そんなことを考えながら、学校教育を考えていたら、以下のようなサイトに出会いました。どこでも現状を肯定することで、瓦解を防いでいるようです。 教育も、まちづくりも同じですね。

「誇張や美化はやめましょう  (教育 / 2008-07-19 )」
http://blog.goo.ne.jp/madographos/e/7bd16681be1cbca2edaaf47f450c1df6

学校から発信する文書に,誇張や美化はありませんか?
学校の姿を,本当に見えている姿以上によく描いてはいませんか?
学校がこぞってホームページを開設し,色刷りのパンフレットを作成します。そこにも商業主義の波が押し寄せます。誇大広告になっていませんか?

ことばは,大切にしなければなりません。できるだけ,真実を包み隠さず伝えなければなりません。それがたとえ,学校にとって不利なことであったとしても。ただ,残念なことに,今の世の中では,誇張や美化のない誠実な学校に,生徒は集まらないのです。

2008年7月19日

PCDAからの脱却

PDCAサイクルは、第二次大戦後に、品質管理を構築したウォルター・シューハート(Walter A. Shewhart)、エドワーズ・デミング(W. Edwards Deming)らによって提唱された。PDCAサイクルという名称は、サイクルを構成する次の4段階の頭文字をつなげたものである。
Plan (計画):従来の実績や将来の予測などをもとにして業務計画を作成する。
Do  (実施・実行):計画に沿って業務を行う。
Check(点検・評価):業務の実施が計画に沿っているかどうかを確認する。
Act (処置・改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて処置をする。
この4段階を順次行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、螺旋を描くように一周ごとにサイクルを向上(スパイラルアップ、spiral up)させて、継続的な業務改善をしていく。

(『ウィキペディア(Wikipedia)』より)


コミュニティにかかわる運営や業務の形態を調べていて、コミュニティビジネスやコミュニティシンクタンクなどにおいても、このサイクルが援用されていることが多いことに気がつきました。


それは、とにかく、「DO」、何かを一方向的に進めることになりがちではないでしょうか。効率性や管理性においては、その方向でいいかもしれませんが、現代の多様で、複層的な事象を進めてゆくには、もっと、DOの部分を真剣に取り組む必要があるかもしれません。

「クリエイティブ資本論」では、社会をクリエイティブという視点からその趨勢を解明しています。


クリエイティビティとは統合する力。情報と知覚と素材を取捨選択して新たな価値を生み出す組み合わせを表すものであり、一人の天才の領分ではなく、普通の力、、、、つまり、気づくこと、聞くこと、言葉を理解すること、そして共通点を見出すことである、、、

それは、これまでの時代においても生産性や成長をもたらしてきたものであるが、技術革新や新しいビジネスの分野だけではなく、多元的、多面的なものであり、現代の時代においては創造の過程は個人的なものだけではなく、社会的なものであり、創造する組織が必要とされる説く。クリエイティビティを促す新しい構造が生まれつつあるというのです。

クリエイティブな思考は4つの段階、「準備」、「熟成」、「啓示」、「検証」、から生まれ、
「準備」では意識して課題に取り組み、正攻法で論理的に取り組む、、、「熟成」段階は意識下の精神と無意識がつくる方法によって問題について熟考、(つまり、想像力のことかな、)、、そして啓示段階でひらめき、新しい統合が見える段階となり、、、「検証」はその評価と修正となる。

ちょうど、それはデザインや創造行為と同じプロセス、しくみです。社会の多くの事業や活動においても、実際にはこのように神の啓示を待っているようです。技術も経済も、芸術も皆同じなのであり、さらに言えば、僕はまちづくりにおける集団的活動もPLAN-DO、そしてACTのような直線的方向ではなく、共有による創造性が大切だと考えてきました。それが啓示であり、共有する課題の発見につながります。

まちづくりという多数による集団による創造行為もまさにこのような熟成から啓示を待っている。PLAN-DOなど、ベルトコンベアに乗っかったような、それを検品するような、単純なサイクルでは、現代の複雑な社会や多数の市民や、新たな答えを求める活動にはむしろ、ブレーキとなるものではないかと感じます。

新たな創造、、それは難しいものではなく、「普通の力、、、、つまり、気づくこと、聞くこと、言葉を理解すること、そして共通点を見出すことである」ことのようです。

2008年7月18日

条例か機構か

条例などをいくら立法しても市民によるまちづくりは推進できないでしょう。まず、条例を制定することではなく、まず、市民中心の組織やしくみを考え、試行してみることです。法律は後からついてくるものではないでしょうか。首長も議員も法律をつくれば、いいと思っているようでなりません。そんな記事とブログに出会いました。法律をつくってから、しくみの検討なんてありえないだろうと、、、、、、どこでも行われていることなのでしょう。

「花巻市は、四月一日に施行したまちづくり基本条例に基づいて市民参画・協働推進委員会を設置した。委員十五人を決定し、十四日に初会合を開く。市民による市政への参画と協働のまちづくりに向けた環境づくりのほか、参画の方法や参画状況の評価など市民参画の具体的な仕組みについての検討がスタートする。 

同条例は、市政運営の基本ルールを定めたもので、市民が主体となって参画し行政や議会と協働してまちづくりを進める内容をルール化。同委員会の設置は十五条で規定されており、市民の市政への参画や協働が適正に推進されるよう活動する。メンバーは団体からの推薦者や学識経験者、公募委員の計十五人。 

条例には、市政への参画方法としてまちづくりにかかわる重要な計画の策定や条例の制定には、意向調査やパブリック・コメント(意見公募)、ワークショップ、意見交換会などを行って、市民の意見が反映されるよう配慮することを明記している。

委員会では、実施した市民からの意見吸い上げの方法が良かったかどうか評価するなどしながら、より良い市民参画の在り方を模索していく。初会合となる十四日は、市側が委員会の役割などについて説明するほか、今年度の市民参画と協働の推進方策について意見交換する。」
(岩手日日新聞社より:市民主体のまちづくり 委員15人を決定~花巻市 (07/07))

新聞社という公共の組織が本当に物事の本質をつかまえているのか、、、、、。記者のジャーナリストとしてのプロ意識はどこへ行ったのか。誰が真実を伝えるのか、、、、。
市民によるまじめな報告(ブログ)の方が真実を率直に明らかにしているように感じてならないのです。

こんなことは全国で行われているのだろう。どうしたら、本当の民主主義が生まれるのか、、、、、。市民受けを目指す市長と利権の代表で表面だけを理解する議員とルーティンワークをこなすだけの職員からは生まれないだろうな、、、、、、、、、、、、、。

この市民参画・協働推進委員会は3回だけ、開かれるようです。

市民のブログより⇒
花巻市役所本館303号室。午後2時~午後4時半。第一回「花巻市市民参画・協働推進委員会」の見学に行ってきました。委員の出席は、15名のうち、大学の勉強があるからとの理由で2名欠席の13名。傍聴人は6名。報道機関から2名。市からの出席は3名。

委員15名のうちわけ。市からの要請で、農協代表、商工会代表、福祉協議会代表、PTA代表、老人クラブ代表、婦人会代表、区長代表の7名と、学識経験者3名の10名。公募委員はわずか5名。そのうち2名が授業のために欠席なので、いわば本当の意味の市民代表は3名だけだった。

市長挨拶で、「この委員会は、まちづくり基本条例の実質的な推進のエンジンになる・・・自分達の町は自分達のもの、自分で作っていくまちづくりの意識を、多くの市民が持てば持つほど良くなっていく・・・そういう市民を育てるのが・・・批判だけのオンブズマンだとかの市民じゃなく、自分達で町を作っていく、行政と一緒になって作り上げていく。そういう市民を・・・・・」と。

Q:公募委員のMさん(前回の基本条例作成の委員長)  2人の委員は、学業のため欠席、と言いましたが学生さんですか?今回は仕方ないとしても、今後も出席できないのであれば、早めに他の応募して落選した人に変わってもらった方がいいのではないですか?

Q:公募委員のSさん 委員を募集してる記事を見て、応募したが。募集しているという事しか、情報がかかれていなくて、いつ頃、何回あるのか、(交通費とかの)手当ては出るのかそれとも無償のボランティアなのか、どういう内容を審議する委員会なのかが、探したがまったく情報がなかった。こういう情報の無い公募は、応募しようとすると負担が大きくてためらってしまうが、わざと情報公開しないでのは無いのか。市に近い、委員会の情報を持っている人以外を排除するために、情報公開しないでの公募は、一般市民を締め出す一種のフィルターがけじゃないのか、と思ってしまう。


この委員会の目的について、市の説明「花巻市市民参画・協働推進委員会」の目的第2条 委員会は、次に掲げる事項について、執行機関の諮問に応じ調査及び審議し、または執行機関に意見を述べるものとする。
(1)市政への参画方法の研究や改善に関する事項(ここが一番大切な部分です。の説明あり)
(2)市民参画と協働の推進に関する事項
(3)市民参画の評価に関する事項(この3つがこの委員会の協議の核心部分ですの説明あり)
(4)条例の見直しに関する事項第3条 委員の構成について(略)第4条 委員長・副委員長について(略)第5条 委員会は、委員長が招集する。第6条 庶務は地方振興部で処理する市の説明の中で、市政への参画方法の研究や改善、について審議すると最初に言いながら、審議する回数は年3回のみ。次回は10月、その次は2月の3回のみ。

そしてできれば今日、平成20年度市民参画手続き6案件、
「国土利用計画花巻市計画の策定」
「花巻市公共交通実施計画の策定」
「花巻市都市計画マスタープランの策定」
「花巻市高齢者保健福祉計画・第4期介護保険事業計画の策定」
「第2期花巻市生涯福祉計画の策定」
「岩手中部地域水道ビジョンの策定」
を審議(承認?)してもらいたい、と言うので、

M委員が質問。
Q1 年3回では(1)市政への参画方法の研究や改善に関する事項ができない
Q2 市民参画手続き6案件 は、1つ案件に1日かけて良いのではないのか。市民へのアンケートやパブリックコメントにどう言う意見が寄せられてるか、それらがどう反映されているか検証するには、1案件に1日かかると思うが。

A1 3回というのは目処で、増やすのは委員長の考えでいくらでもできますが。みなさん忙しそうなので、多くする事はできないと思います。
   Q:M委員 委員長の一存で増やせるそうですが、委員長どうでしょうか?
   A 委員長は、市の職員の席を見るが、返答はなし。
A2 市の回答なし。かわりに公募委員のHさんが、市民参画手続き6案件については、市がアンケートをとり、パブリックコメントを集め、各種委員会の有識者に意見を聞いてまとめたものを、もう一度審議するというのは、市に対して失礼じゃないのか、と意見を述べた。

市政への参画方法の研究や改善に関する話し合いと言いながら、実際は市民参画手続き6案件をドサクサ紛れに通してしまおう、というわかりやすいたくらみにはあきれる。

M委員:10点 市の推薦委員からの攻撃の孤立無援の中で、市側の隠された本音を引き出した活躍は、満点だろう
推薦委員7名:残念ながら3点 何より、基本条例も、参画条例も知らないで出てきたのが分かる。今回は顔合わせだけだろうと思ってきた人が多いみたいなので、分からなくても仕方の無いところもあるが、発言も無く質問も無いのは、いないのと同じ。メモをとってる人もほとんどいなかった。明らかに、来たくは無いが仕方なく時間つぶしに来た、としか見えなかった。 ただ、婦人会の代表は、女性の議員とこういう委員会に女性を増やすために来た、という積極さは見えたので4点。
学識経験者:4点 言動から、基本条例や参画条例について分かっている事は明らか。ただし、発言がほとんど無かったし質問も無かった。いくら頭がよく、知識が豊富でも発言が無いのはいないのと同じ。学識経験者を委員に入れるのは、豊富な知識と頭のよさで委員会を良い方向に誘導してもらいたい意図があるのに、リーダーシップもとれずただ座って時間つぶしをしていたので、4点。
委員長:4点 市の職員の顔色ばかり気にして、リーダーシップが取れなかった。H委員:6点 基本条例・参画条例について分かっていないで来たのは明らかだが。積極的な発言が多く会議を活性化させた、ので6点。
S委員:7点 今回の委員会で、積極的な発言をしたのは公募委員の3名だけだった。S委員は、基本条例・参画条例についてよく勉強していたし、会議を良い方向に導こうとしての発言が目に付いた。欠席学生2名:0点 言うまでもないが、勉強している他の公募した人たちが落とされ、意見を言う機会を奪われたのですから、欠席は自分だけの問題ではないのです。2回目の委員会で、委員の皆さんがどれほど勉強しなおして来るか、楽しみです。

2008年7月17日

市民研究員募集します。

「吹田市は平成20年6月、まちの個性や魅力を発揮するため、先進的で実現性の高い政策提言を行う「吹田市まちづくり創造政策研究所」を設立しました。市民を中心に学識経験者、市職員が「研究チーム」を結成し、市政を取り巻く課題の解決に一丸となって取り組みます。」

行政主導の市民参加型のまちづくり活動がまた、ひとつ生まれたようです。どのように運営されているのか、市民の立場と権限、自由はどのように与えられているのか、、、、興味がつきません。

その吹田市まちづくり創造政策研究所が市民研究員を募集しています。
市民研究員が5 つテーマからなる研究チームを構成し、運営されるようですが、それ以外の詳しい活動内容は公表されていません。

地方都市の場合は、市民を巻き込みながらも、しかし、制限を設けたり、管理性を強くし、一定の枠の中に押し込め、形だけは市民参加を謳うことが多い中で、大都市近郊の吹田市で、様々な思惑を持った市民をどのように惹き付けてゆくか、巻き込んでゆくか、どのように提言してゆくのか、注目したいと思います。

http://www.city.suita.osaka.jp/var/rev0/0001/1524/guide2008.pdf

2008年7月15日

ひつまぶし

名古屋の神宮前でひつまぶしを初めて食しました。名古屋のうなぎは関西系?と感じました。味の濃さは関東系?、、、ゼミの学生はマイたこ焼きプレートでパーティをします。となると、関西系ですね。

関西で育ち、学び、東京へ出てきたときに、多くの文化の違いに驚きました。西と東、常に2元的に語られてきましたが、関西にとっては2元論でも、東京から見れば多元論の一つであったのです。

今、愛知から社会を見るようになっています。その視点はいくつかの2元論が混在しているようにさえ感じられます。

名古屋では愛地球博以来、市民活動の活発な動きがそのままの勢いを保っているようにも見えます。この市民活動を統括してRCE、つまり、持続可能な開発における教育の拠点を名古屋に作ろうとして、ユネスコに認められたようです。しかし、その内実は、アカデミックと企業との先導の上に生まれ、上からの統制はうまく展開できないようです。

僕は京都のようなアカデミック中心でもない、東京のような企業の利益中心でもない、第3の方向性、すなわち、市民自ら、自らをつないでゆく、自立的組織を提案したのですが、、、、、。大きな力を必要と考え、先を急ぎたい人たちにはまったく見えなかったようです。

名古屋という都会でありながら、ちょっと田舎っぽい、それだからこそ、その特性をもっと強く表し、2元論からの脱却を図る必要があるのではないでしょうか。洗練された2元論ではなく、その泥臭い多元的発想が次代をつくるはずですが、、、、、。

次は名古屋のモーニングセット。と思っています。

2008年7月14日

まちづくり市民委員会

釧路市総合計画の策定等の基本的事項に関し、広く市民から意見を求めるため、釧路市まちづくり市民委員会が市長の要請のもとに開設されていたようです。

平成18年2月に、開会のための委員会が開催され、8月にはまとめの委員会が開かれ、要請者である市長に提言を行っています。また、委員会は公募を中心とした100人ほどの市民を中心に運営され、産業経済・都市基盤、市民生活・健康福祉、都市整備・生活環境、教育文化・生涯学習、市民交流・地域づくり、の5つの分野において、2月から7月にわたり月2回程度、7回の小委員会が開かれています。

100人の市民が集められ、短期間にどのような提言が行われたのか興味のわくところです。
コミュニティシンクタンクも、次第に輪が広まってゆくときには、どのように意見を集約し、どのように提言してゆくか、同じような問題を抱えてゆくことになるでしょう。

その運営は次のように説明されています。ここでも多数決が採用されています。民主主義といえば簡単に同意が得られるものかもしれませんが、、、また、未来を語ると言っても、今の社会の本質を見抜けないと、未来さえわからないものなのですが、、、、。果たして、成果はいかがなものなのでしょうか。

(1) 貴重な時間を大切に
 ・「市民100人委員会」は、委員皆さんの貴重な時間で成り立っていますので、会議に遅刻や欠席をする場合は、必ず事前連絡をお願いします。
 ・もしも、ひとりの委員が長話をはじめてしまうと、貴重な時間が直ぐに無くなってしまいますので、発言は要点をまとめて手短にお願いします。
 ・また、スムーズな会議進行のため、議題にそった発言をお願いします。
(2) 他人の夢も大切に、譲り合いの精神で
 ・「市民100人委員会」は、それぞれの委員が釧路市の将来に対する夢を語り、それを実現するための計画を作るものですので、相手の意見を良く聞くことはもちろん、相手の夢を否定したり、相手を問い詰めたりしてはいけません。
 ・また、議論が白熱したときも、常に冷静にお互いを尊重し、譲り合いの精神を忘れないようにお願いします。
(3) 将来につながる発言を
 ・「市民100人委員会」は、委員の自由な発言や発想を最大限尊重しますが、同時に発言の「言いっぱなし」をするのではなく、問題点の解決に向けた対策も検討できるような会議を心がけてください。
(4) 意見がまとまらないときは
 ・「市民100人委員会」は、たくさんの委員の集まりで、それぞれの委員の思いがあり、一つにまとめることは難しいと思いますので、委員会の意思決定は、多数決の原理を基本とします。
(5) 市民に開かれた会議に
 ・「市民100人委員会」は、市民みんなのものですので、会議は原則公開とします。
(6) 委員と行政はまちづくりのパートナー
 ・「市民100人委員会」は、委員と行政が対峙するするのではなく、お互いが「まちづくりのパートナー」という意識を持って会議を進めます。

2008年7月13日

生きている図書館

今、「生きている図書館 Living-Library」が話題です。http://living-library.org/readers-reports.html

元マフィア、移民、性転換者、、、、。市民が普段近づきにくいと感じている人たちを図書館に招き、話を聴きたい入館者に「本」として貸し出す。「生きている図書館」と名づけられた活動が欧州から世界各地へ広がっている。

偏見や人権と言った視点からの本物の教育活動かもしれませんが、実はあまり驚きませんでした。

それは、東近江市図書館長だった才津原哲弘さんが展開していた図書館は一人ひとりの利用者を見つめ、彼らに本の背後の世界、本当の世界を提供するために、様々な人たちを図書館に招き、講演や講座、展示会など、多様な生きた図書館の姿を作っていたからです。

日本には本物の図書館はほんの数パーセントと言われています。その他は本を並べてあるだけの施設になっています。生きた情報や世界として、それらを提供しようとする意識に欠けているのです。

「図書館の自由に関する宣言」には、
「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。
第1 図書館は資料収集の自由を有する
第2 図書館は資料提供の自由を有する
第3 図書館は利用者の秘密を守る
第4 図書館はすべての検閲に反対する
図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。」と宣言されています。

どこにも書物とは書かれていません。つまらない既成概念によって、自ら枠を決めてしまっているのです。書物の本当の姿とは、紙の上のインクのしみ(文字のことですが)のことではなく、読まれることにより、浮かび上がるその背後の豊かな世界のことであると思います。

そして、予算が削られようと、職員が不安定で不合理な非常勤職員で占められようと、指定管理者制度が導入されることにより業務が丸投げされようと、、、、、すなわち、自由が侵害されようと、それと闘う館長はごくわずかです。そのごくわずかの本物の館長だけが本物の図書館をつくっているのだと言えます。

「生きている図書館」はコミュニティシンクタンクだと感じました。図書館の社会的役割はコミュニティシンクタンクが担ってゆくのでしょう。

2008年7月12日

社会の縮図

コミュニティシンクタンクの役割のひとつに市民活動を行う人々によって地域の課題を共有することがあげられます。そこには課題を解決する何かを求めて、多くの人たちが集まります。どれだけの課題が共有できるかがコミュニティシンクタンクの能力であり、また発信力となります。同時に推進力にもなるのです。

彼らは目の前の現象に真摯に取り組んでいます。しかし、それだけだは、自らの活動はスムーズに進んでいきません。彼らの多くは、地域の風土や歴史だけではなく、現実の社会の制度やしばりによって、その活動を制限されていることもわかってきます。彼らの背後には社会のしくみが見えてくるのです。そのしくみから課題を発信してゆく必要があると考えています。

ボランティアセンターで、ニーズとボランティアをつなぐコーディネーターの背後には、ボランティアの不足という表に現れる現象の陰に上部組織の意識の少なさが見えてきます。

市民と制度をつなぐもの、あるいは縛るもの、それは制度を定義する法律だけではなく、むしろ、それを運用する機構であると考えられます。ここにすべての人材と資金がフローしてゆきます。社会のありようを決めるもの、そのひとつが、様々な形で存在する中間支援的機構であり、大きな役割を担っています。

ある地方都市の福祉機構の現況と事業予算を取り上げてみます。職員の少なさと役員の多さに驚かされますが、、、また、事業予算にも驚かされます。この機構の5億3500万円もの事業計画20項目の内、1000万円以上の事業項目を予算の順に並べてゆくと、、、、、。

「岡崎市社会福祉協議会は、岡崎市福祉会館(岡崎市朝日町)及びぬかた会館(岡崎市樫山町)に事務所があり、職員47名、役員48名(平成19年5月31日現在)で構成されています。
(事務局)
会 長-事務局長-事務局次長-
・庶務係  庶務・経理等
・地域組織係  ボランティアの育成・啓発 等  手話通訳・要約筆記者派遣事業 等
・介護支援推進係 (地域福祉サービスセンター) (在宅介護支援センター)  在宅介護の相談・地域生活自立支援事業 等
・介護サービス係  ホームヘルパーの派遣、ケアプラン作成 等
・額田支所  額田地区内各種事業(相談、訪問等)  ふれあいデイサービス事業 等」

19年度事業予算項目です。(上から順に1000万円以上を列記)
1 法人運営 148,561,000
2 介護保険サービス事業 133,616,000
3 地域福祉サービスセンター事業 58,560,000
4 共同募金配分金 48,420,000
5 障がい福祉サービス事業 28,487,000
6 老人介護支援センター事業 22,942,000
7 ボランティア事業 22,147,000
8 退職金積立事業 20,888,000
9 福祉サービス利用援助事業 10,907,000

2008年7月2日

ノーマライゼーション

日本では、公共性のある建物を高齢者や障害者が円滑に、安全に利用出来るような整備の促進を目的として、平成6年にハートビル法が制定されています。その後、その主旨をより積極的に進めるべく平成15年4月1日に改正法が施行され、また、平成18年12月に同法(不特定多数利用の建物が対象)と交通バリアフリー法(駅や空港等の旅客施設が対象)が統合されバリアフリー新法として施行されました。

こうした法令による上からの約束事は、課す立場のものも守る立場のものも、とにかく、やっておけばいい、ハードだけが先行しがちです。人の思いや介助のないハード面のみの設備だけでは、現実的にはほとんど役に立たないものです。どこでもよく見かけることですが、曲がりくねった点字ブロックの上を、およそ考えられないようなルートを視覚障害者は歩かされています。

詩人の栗木宏美さんは自ら手足に障害を持ち、医療行為のできるケア施設建設を目指しています。彼女は幼いころより、さまざまな偏見によって、社会と大きな壁で隔てられていたと言います。

彼女は心のバリアフリーを心がけて欲しいと訴えます。同じ心を持ち、共通の認識を持つことが必要となります。その共通の認識の部分で法律が多くの人の意識をマネージメントできれば、真のノーマライゼーションをもった社会を築くことができるのではないでしょうか。簡単なことではないかもしれませんが、、、。

なにも目に見えて障害のわかる人たちだけではありません。ちょっとした心と身体のわずかの違いは誰にでもあるものです。少数派の彼女たちのことを考える余裕を持つことこそ、すべての人に優しいまちづくりができるのではないかと考えます。この夏、北欧3国へ、行ってみるつもりです。

2008年7月1日

報道がヒステリックに

最近報道番組がヒステリックになっていたように感じられてなりません。


地球温暖化、、、社会の崩壊、、、、キャスターが声を張り上げます。まるでかつてのプロレス中継のようです。

報道やメディアの役割、それはヒステリックに、声高にメッセージを語ることではなく、、、、温暖化といわれるその現象、社会の崩壊といわれるその状況を的確に冷静に伝えることではないでしょうか。そして日本のあまねく、広い地域で、丹念に取り上げてゆくことではないでしょうか。

しかし、もはや、その絶叫はステレオタイプのごとくになって、本当の原因はどこにあるのか、どのように存在しているのかなど、見失わせてしまい、また、地球温暖化や社会の崩壊、とステレオタイプに打ち出される報道の陰で身近な大切な問題がカモフラージュされてしまっているのではないかと危惧しています。
かつてのプロレス中継のようにショー化してしまっては、地球温暖化も社会の崩壊も止まらないように強く感じています。

2008年6月17日

情報力

「市民シンクタンクのすすめ」の著者、高原氏は市民力とは市民の調査力であり、情報力であると書いています。

情報をどのように収集し、編集し、発信するか。情報を区切り、経路を限定することにより、市民を誘導したり、情報を隠してしまうこともできます。
一部の市民やファシリテーターにのみ情報を開示し、まちづくりを検討させておいたために、プロムナードができたら、既存の樹木も見事に伐採されてしまい、木も何もないさびしい空間ができてしまい、通りがかった市民がびっくり、ということもたびたびありますね。
しかし、そのような小さな出来事も市民の目は的確にとらえています。毎日、まちを見ている市民の目があるのです。
1.抱える問題・課題の解決にヒントとなる情報
2.潜在する問題をあぶりだて可視化し、気づきを促す情報
3.複雑に絡み合う事柄を解きほぐして対話への意欲や相互理解を促す情報
4.特定の問題にかかわる人々の「本心」
「市民シンクタンクのすすめ」では、情報の重要な内容はこの4つの視点であると書かれています。しかし、こうした視点は外部の組織による鳥瞰的調査ではとても浮かび上がらないものであり、市民自らが情報を集積することの成果であり、市民の大きな役割となってゆくでしょう。
そして、情報に組み込むべき、7つの枠組み-<時期の設定>(WHEN)、<実践主体の設定>(WHO)、<中心となるフィールド>(WHERE)、<目的や目標>(WHAT)、<実践に到った理由や背景>(WHY)、<実践の主たる対象>(WHICH)、<実践のプログラムや体制>(HOW)が語られています。それらは情報を実現するための枠組みです。
市民力による情報に、7つの枠組みを組み込むことで、情報がダイナミズム(推進力と方向性)を持ち、具体的な政策としてリアルになってゆくのではないかと期待します。市民力によって、実現化と実践力を構築する道が見えてきたように思います。
地域の自治力や市民の行政力が情報力によって生み出されてくる、市民はその入り口に立っているのですね。

2008年6月14日

コンパクトシティ

コンパクトシティと言うとすべてが許されるようになってきました。

ウィキペディア(Wikipedia)によれば、「都市郊外化・スプロール化を抑制し、市街地のスケールを小さく保ち、歩いてゆける範囲を生活圏と捉え、コミュニティの再生や住みやすいまちづくりを目指そうとするのがコンパクトシティの発想である。再開発や再生などの事業を通し、ヒューマンスケールな職住近接型まちづくりを目指すものである。」と説明されています。

雪国青森市では成功しているとも言われています。しかし、声を発する中央官庁とそれに無思慮に従う地方都市があって、人口3万人の村にも、10万人の町にも、40万人の都市にも同じように、中心市街地再活性化構想がうごめいています。

小さな独立したひとつの生活圏が自立し、まちを自ら運営してゆくことが重要なはずです。人口の拡大によって拡散した施設群をまた、旧市街地に戻すことしか考えが及ばなくて、まちの孤立化を助長することになるだけです。中心地までの交通や施設のネットワークも破壊し、旧商店街の人間的なスケールまでも壊滅に追いやってゆきます。

中心市街地の活性化はその周辺の町の豊かさによって保障されるのです。その周辺住民のことを考えずに中心だけを考えてもまちは豊かにはなりません。人も戻ってはきません。

郊外のショッピングセンターは中心市街地の古ぼけた商店街の数百倍の売り上げがあるとも言われていますが、そのショッピングセンターさえ生き残りに大変です。商店主が高齢化しようとも住民のニーズを的確に捉え、新たなマーケットを開拓していかない限り、まちは活性化しないでしょう。

国がゆとりといえば、郊外に施設を展開し、国がコンパクトといえば、それを中心地に戻す。その繰り返しを行っている限り、地方都市の未来はないと感じます。国の施策に従う地方都市、地方都市の政策に巻き込まれ、利用され、NPO団体まで結成させられる中心市街地の商店主たち。この膠着した図式からはとても自由な商業による生きた町など生まれないでしょう。

2008年6月12日

シェアードハウス

日本でも、コレクティブハウジングやコモンハウスが広がってきました。北欧ではすでに20世紀の中期から始まっていた新たな協働社会が日本でも見えてきように思います。
http://www.chc.or.jp/collective/img/20080501bp.pdf

そして、その社会のもっと先には、多様な協働が見えてきます。

友人である建築家北野氏は障害者と健常者が互いに助け合って生活するためのシェアードハウスに取り組んでいて、そこには社会全般に広がるべく本質的な、普遍的な社会が見えてきます。

障害者と健常者の協働から、福祉、高齢化、少子化、ジェンダーなどの現代の問題に向けて、個人の問題から社会で議論すべき、解決すべき多くの問題へとつながります。そこには多様な立場と価値観を大きく変換させて、ともに住まう、生きる本当の地域社会が生まれてくるはずです。

シェアードハウスからシェアードコミュニティへ。

2008年6月11日

ワークショップ難民

地方都市におけるワークショップは危機に瀕しているようです。まるで、羊飼い(ファシリテーター)が柵のなかで羊を遊ばせておくだけのように見えるのです。羊たちは機嫌よさそうに戯れていますが、声を上げると柵の外に追い出されてしまいます。

本来ワークショップとは羊の戯れにあわせて、柵を形づくるものです。また、羊の活動が活発であれば、柵など不要となってしまうかもしれません。羊の本当の姿を知り、その環境はどのようなものがいいのか、その方向を発見することが重要なのですね。

ワークショップの本質とは枠組みを緩めて、身体を使って、求めるものを体現しながら、答えを見つけようとするものです。どこへ行くか分からないけれども、本当の行く先を捜し求めようとするものです。


ワークショップはどこでも、だれでも今や数多くの機会に行われるようになりました。ワークショップはバブルの様相を呈しています。

今、迷いのない、忠実な羊飼いと、従順な羊が地方都市の中で囲い込まれています。

2008年6月10日

インスピレーションをつくる組織

組織や集団によって、何かを成し遂げる、創造行為を行うことについて考えています。

デザインやアイデアが、あるとき突然どっと生まれてくるように、組織や集団によって、ひらめきやインスピレーションのような、イノベーションを引き起こすことはできないか、そのプロセスや合意形成はどのようなものだろうと考えています。

まちづくりにおいて、多くの人の声がどのようなかたちになってゆくのか。その手段の一つとして、市民によるギャザリングを始めました。ギャザリングとは車座のようなものです。

ギャザリングとは、もちろん聴くことも大切ですが、自ら語ることで見えてくるものがあると考えています。仕事でアイデアに行き詰った時、何気なく人に語った時、それまでの疑問やつまらないこだわりが消えていったり、次のアイデアが生まれてきたりします。

声を発することで、ある意味、客観的に自分自身を見ることができるようになるのでしょう。

アイデアやインスピレーションが、いろんな試行錯誤が飽和した時、でも少し視点を変えることで、新しい何かを生み出すことができます。

また、問題を解決するためには、右か左か、盾か矛か、裏か表かというような二者択一の単純な解決方法ではなく、どちらでもない、しかも、どちらの考えとも共有し、解決できる別の第3の方向が必要となるのです。

それを生み出すのが、そこに問題を共有して集まる多くの人たちであり、彼らの持つ多くの切り口(分野や価値観、立場、情熱)が集まって、飽和して、ある新たな方向が生まれるのだと考えています。

アイデアやインスピレーションがある時、偶然生まれてくるときがあると思います。でも、本当は偶然ではなく、考えた挙句に、出尽くした後に、ちょっと視点を変えた時に新しいアイデアが生まれてくるのだと思っています。ギャザリングとは、集団でそういう創造を作る場です。

答えのないものに挑戦しているのです。だから、新しい答えを見つけるために手探りで進んでいます。

さらにギャザリングの機能につながりをつくることがあげられます。地域で活動する人たちは分野は違えどもどこかでつながっています。また、地域は遠く離れていても考え方においてつながっている場合もあります。

実はギャザリングを行って、図書館と子育てと少子化、ジェンダー、高齢化問題、そして障害を持つ人の福祉も、実は同じ根を持っているのだと思ってきました。あつまり、つながることによって、一人で取り組むより遥かにすばらしい成果が期待できるのです。また、地域で活動している人たちはそれぞれ多くの人とつながっていて、多くの人の疑問や問題を持っています。多くの市民の声を集めるというのは市民の全体集会を開くことではなく、こうしたつながり、人と人のネットワークのなかから、市民一人ひとりの声を集めることなのではないかと思っています。

コミュニティシンクタンクとはこのように課題を共有し、つながりを広げてゆくことで、次の何かを生みだす組織であると考えています。

2008年5月25日

組織による創造力


創造力とは魅力的に聞こえる言葉です。その言葉によって、自分がかかわる業務が魅力的であると思えてしまったり、魅力的な成果を生み出すのだと、勘違いし、企画書や提案書のいたるところにその言葉をばら撒きがちです。

しかし、創造力とは、個人の能力であるように考えられてきましたが、今組織にこそ、創造力が求められているようです。

組織の創造力を高めるためこと、つまりコーポレート・クリエイティビティとは特定のクリエイティビティを持っていると予測できる人材にだけを期待するのではなく、誰にでも持っている資質としてそれを受け入れる可能性が必要であると言われています。それは一部の特別な業務にだけ現れるのではなく、日常の定型業務にも、標準化された業務にも現れる、、、、。だから、クリエイティビティ、創造力ある行為は固定観念を持って、その機会を狭めることがあってはならないと、「企業創造力」には書かれています。

ここには、クリエイティビティを生みだす(というよりそれを阻害しない、というほうが適切かもしれません)6つの条件が記されています。
1.意識のベクトルを合わせること
2.自発的な行動を促すこと
3.非公式な活動を認めること
4.意外な発見(セレンディピティという造語で表現されています)を誘発すること
5.多様な刺激を生みだすこと(拡散的思考)
6.社内コミュニケーションを活性化すること

特に日本企業においては多様な刺激を生みだす、拡散的思考という視点に取り組むべきとも書かれています。

「拡散的思考」により生みだされるもの、それは「いくつもの答えを導きだす力」を持った組織ではないでしょうか。それはこれまで、ブレインストーミング、ワークショップ、、、、、など、様々な手法によって試行され、どこにもない答えが求められてきました。果たして、それらはどこまで多様性を持ち続けることができたでしょうか

これからは、いくつもの答えを共存させ、絶えず新たな答えを生みだし続けることが必要で、そのような包容力と多様性を持った組織こそが、創造性を持った次なる可能性を見出すことができるように感じています。

そして、それは一人の英雄でも天才でもなく、個人の集合から始まる「いくつもの答えを導きだす力」を持った組織こそが生みだすことができるのではないかと考えています。

2008年5月23日

冷蔵庫から

先日、明治学院大学の図書館でお目にかかった、写真家潮田登久子さんが作品集を送って下さいました。
10年間かけて、冷蔵庫を撮り続けたもので、フラットな画面から、その奥行きが感じられてきます。しかも、小さなディテールまで生々しく描かれています。彼女の作品はモノに迫るところから社会を現しだそうとするものではないかと感じられます。
明治学院大学の図書館での、書籍に迫り、全体像と細かなディテールを同時に描き出している写真からもそれはうかがわれました。
ファインダーという自由の窓から、写真家はモノの、社会の本質を描いてゆくのです。
潮田さんの写真を見ていて、対象を正方形に切り取っていることにも惹かれました。長年、レンズは円形なのに写真は何故円形ではないのだろう、また何故正方形ではないのだろうと不思議に思っていたので、とても新鮮でした。実はデジカメを使うようになって、僕のセカンドカメラであるリコーGX100は正方形の写真をとることができるのです、、。
一見不自由と思っていたファインダーという媒体ですが、そこから社会の本質が覗けるのですね。こうした媒体こそが社会を見る目を与えてくれるのかもしれません。

2008年5月18日

アップルとグーグル


PCとは、番頭さんのようなものであると考えていましたし、実際、僕の使う設計CADはマイクロGDSといってWIN上でしか動きませんので僕はWIN派でした。しかし、先日、店頭に並べられているマックを見て、かっこよさ、動きのよさ、MACとWINの共存できることなどを考え、マック派へ転向する気になってしまいました。

すでにインターネットでは検索もメールも専らグーグルを使っています。Gmailではメールをやりとりしていると、大学からのメールの横にはeラーニングなど関連するスポンサーの広告が、PCのことが書いてあるメールの横にはリナックスやサーバーのスポンサーの広告が表示されています。そのきめ細かさは脅威と感じていたので、この「アップルとグーグル」にはすぐにひきつけられました。

マーケティング戦略において、差別化が重要であると言われるなかで、アップルとグーグルは相対指向ではなく絶対指向を目指してきたと述べられています。

「本当にいい決断をするためには今の時点の常識に捉われず、本来どうあるべきかを根本から考える必要がある。アップルやグーグルは、そうした発想で、モノをつくる。」

アップルも創業者であるスティーブ・ジョブ不在でWINとのシェア争いをしていた1990年代は落ち込んでいたが、彼らは些細な違いや優越性ではなく、根本的な発想の違いによる本質を追究することで、ライバルを圧倒しているようです。日本ではいつからか、差別性ばかりを問題にし、西洋のあとを追いかけるようになってしまいました。

しかし、彼らのほうが日本的かもしれません。徹底的にこだわりを持って働き(もちろん誰もネクタイなど締めていませんが)、職場環境の質を保ち、株価が上がろうが下がろうか、株主よりも社員を大切にし、他社の性能やサービスにも心を動かされず、、、競合企業や株式市場にも振り回されない独自の姿勢を貫いています。

かつてのウォークマンを生み出したソニーや様々なマガジンを生み出したリクルートのような日本の斬新さはどこへ行ってしまったのでしょうか。

2008年5月17日

ギャザリングスタート

コミュニティシンクタンク「moco」のギャザリングがスタートしました。(内容はhttp://www.mocomoco.ws 見てください。)

ギャザリングとは市民を誘導するワークショップやコーディネートを改革すべく、新たな方向を目指したものです。

語ることで、自ら、見えてくるものがある。
聴くことで、教えられるものがある。
語り合うことで、現場の真実が見えてくる。。。と考えます。

それは、それ自身カウンセリングのようでもあり、また、それは創造の原点でもあるのだと思っています。

そうしてその場に生み出された、多くの人の思いや課題をつなぎ、共有点を見いだしてゆきます。
それは対立の場ではなく、共有の場を生みだします。

そこには多くの人の多面的な価値観が広がって、二者択一でも、多数決でもない、第3の方向を示してくれるように感じています。それは表裏を決めるのでもなく、多面体がころがるように、自由に価値を見つけてゆくことになります。

共有のなかにこそ、新しい道を見つけ出すアイデアや価値観が潜んでいるのです。たくさんの新たな道を素早く、見つけ出せることがコミュニティシンクタンクの力であると考えています。

2008年5月13日

さいたま中央図書館

図書館建築研究会の例会でさいたま中央図書館を視察しました。

JR浦和駅前、パルコの上階部分の「COMUNALE(コムナーレ)」と呼ばれる公共施設の一画にあります。

10階が講演会・コンサート・各種発表会ができる浦和コミュニティセンター、9階が国際交流センター・消費生活センター・市民活動サポートセンターが入っており、さいたま中央図書館は8階に入っています。その下階には映画館も入っています。

1フロアが約5000㎡とかなり広くなっており、空間的には若干まとまりを欠いたものとなっていました。また、先駆的に、自動書庫や自動返却仕分けシステムが導入されています。

しかし、小笠原館長から詳しく内容をお聞きすることができましたが、さいたま市の図書館行政の豊かさが実感できました。さいたま市にはこの中央図書館の他、地域図書館が23館あり、自動図書館、学校図書館と連携した図書館、書庫機能を受け持つ図書館など、、駅前の中央図書館をはじめ、それぞれが特性を持ち、相互に補完しあいながら、全体の運営が行われているようです。

図書館とはこうしたネットワークを持つものであると実感できました。また、運営も正規職員を中心に断片的に外注できる業務を外部委託しているようです。指定管理者制度などまったく話題にもなりませんでした。

自動機械化による膨大な投資を行うよりは、司書という人材を育てるべきではないかと感じましたが、
しかし、今後、COMUNALE(コムナーレ)内での共同企画や下階の映画館との連携などが図られてゆくようで大きな期待感を持つことができました。さいたま市は近年合併してできた新しい市です。そのネットワークづくりが図書館のネットワーク化、多角化を通じてすでに始められたようです。

2008年5月10日

マリオ・ジャコメッリ

マリオ・ジャコメッリは日本ではあまり知られていませんが、イタリア中部の小さな街に生まれ、多くをその地で活動した20世紀後半を代表する写真家と言われています。

先日まで東京都写真美術館で展覧会が行われていました。
これは修道院の司祭たちが戯れる日常のひとときをとらえた「若き司祭たち」シリーズ(1961-1963)という代表作品の中の一枚です。展覧会のポスターにもなっている写真でポスター作成のために背景を白く抜いて編集したのではないかと思ってしまいました。

が、そうではありません。雪の上で戯れる司祭たちの姿を的確にとらえたものです。

白い部分は写真の撮影技術でより白く浮かばせているのかもしれません。しかし、対象物に迫るその姿勢は土門拳と同じようでもあり、またまったく異なるようでもあり、しかしながら、同じ姿勢を持っているのではないかと感じました。社会を見る目が備わっているのですね。こうした、誰も持っていない目、視線はとても大切なものです。皆が写真家のようにカメラを構え、社会に向けて、こだわりと驚きをもってファインダーを向ければ、社会は必ずや変わってゆくはずです。

2008年5月4日

呼吸するお寺

今、お寺が元気のようです。もともと、かけがえのない資産である境内やひとのつながりに恵まれているので、あとはそれらを活用できるかどうかにかかっていました。

「呼吸するお寺」は大阪の上町台地、天王寺区下寺町にある應典院のキャッチフレーズです。
そのホームページhttp://www.outenin.com/index.htmlを見ると次のように説明されています。


浄土宗大蓮寺應典院塔頭

大蓮寺三世誓誉在慶の隠棲所として1614年に創建された大蓮寺の塔頭寺院です。1997年に再建される際、一般的な仏事ではなく、かつてお寺が持っていた地域の教育文化の振興に関する活動に特化した寺院として計画され、〈気づき、学び、遊び〉をコンセプトとした地域ネットワーク型寺院として生まれ変わりました。音響・照明施設を備えた円形型ホール仕様の本堂をはじめ、セミナールームや展示空間を備えており、演劇活動や講演会など様々活動に用いられています。一般に開放された玄関ホールには芝居や講演会のチラシが置かれ、文化情報の発信および人々の交流の場として機能しています。また、應典院寺町倶楽部の拠点施設として、コモンズフェスタや寺子屋トークの舞台となっています。


宗教、つまり葬送を行い、先祖を供養するという古い宗教的組織ではなく、今を生きる寺子屋の精神を持った、むしろそれ以上の人の集まる場所をプロデュースしようとする使命が見えてきます。
ホームページに記されたトピックスの数々にその見事な息使いが現れています。お寺はコンビニよりも数が多いと言われています。コンビニやお寺が町を席巻する日も近いのではないでしょうか。

2008年5月3日

ギャザリング

岡崎市東部地域で図書館活動を中心に活躍している木戸氏のつながりからミーティングを持ちました。西は岡崎市の西端の島坂町から、東は近年市に編入された額田町まで含めて、常に意識のある活動を行っている人たち10人が集まり、食事をとりながら自分たちの活動の紹介を行うだけで予定の時間が迫ってしまいました。

助成金や行政の対応(あるいは非対応)に一喜一憂しない、自由奔放なMrs鈴沖氏、学校などでの読み聞かせ活動を始め、司書の資格をとった石原氏、行政の長と職員との間に立って改革を実行するMr鈴沖氏、、、それぞれの活動を支援する特別の講師ではないですが、その人柄や姿勢に「大きく共感と勇気を覚えることができました。

それらは自分の活動を行う上でうまくいかない人たちを直接、ある方向へ向かわせるものではないかもしれないけれど、しかし、しっかりとした考えを改めて考えさせられ、陰ながらしかるべき方向へ向かわせる力を持ったミーティングでした。

最初からどのような結果がえられるかも、目指すべき方向も持っていなかったけれども、しかし、互いに語り合うことによって、しかるべき方向へ、しかるべきところへ、向かわせるギャザリングの姿を垣間見るようなミーティングでした。

2008年5月2日

政策とは

政策とは何か。しばしば、政策が語られるが、それは何を示すのであろう。

それは夢や言葉だけのものではないはずです。思いや理念を表現するだけではなく、具現化するためのものであるはずです。

それは立法、法律のことなのでしょうか。絶えず理念を掲げ、実現のための方策、現在の日本では、それは法律となるのであろうか、、、。

地方においては、政策を語るそうした行政や議会(それが立法府となるのかどうか。)と市民とはとても近い立場にあって、直結しているのではないでしょうか。だから、市民の意識高まることに意義のある場合が多いのではないかと感じられます。論理的な方策でも具体的なシステムでもなく、市民の意識、雰囲気が重要になるのではないでしょうか。

しかし、地方では政策の主体がはっきりしません。しないと感じられます。知事と市民との間のもやもやした、あいまいな、中間的存在。地方議員や議会の役割、、、それは地方の旧来性を最も背負った部分かもしれません。

2008年5月1日

大学図書館の試み

専門図書館としての特性が大きく、また利用者が特定多数(主に学生)に限られることから、大学図書館の運営は比較的落ち着いたものと考えていました。しかし、僕が設計にかかわった明治学院大学図書館の松岡氏、宮城氏と話をする機会があり、大学図書館の印象が一気に変わりました。


明治学院大学図書館は1990年に大枠の設計を終えているので、ほぼ20年前の仕様なのです。そのため、今後の課題にどう対処するか、相談を受けて、現状の問題を話し合いました。


松岡氏は20年前、大学本館の設計時に大学の諸部門を隅々までまわり、それぞれの関係性を新たに構築した方であり、また宮城氏は学長室から広報、図書館と多くの企画にかかわってこられ、楽しく交流させていただいた方です。二人とも、もともと図書館の専門職ではありません。しかし、そのため、発想が新しいのです。

彼らは図書館に人を集めたいと言います。才津原さんと同じ発想です。

当日も「写真集・冷蔵庫」で有名な写真家の潮田登久子氏が書物を「もの」として撮影していました。また、東京都写真美術館に展示資料を提供したことがきっかけで、自らもそうした展示イベントを開催する企画を持っています。

僕たちが高層の建築の中の6層分を占有する図書館を設計するときに、利用者の活動の大きな手がかり、シンボルになるようにデザインしたエントランスホールの吹き抜けに、潮田氏の作品が展示されています。


また、明治学院卒業生の著書の紹介など、企画が目に見える形で展開されています。活動する職員のセンスや姿さえそこには見えてきます。


20年前の設計思想でつくられた図書館です。「書斎」をつくろうという色あせない本質的な部分もありますが、閉じ込めるだけの「グループ閲覧室」、ノートPCなどなかった時代の個人専用の「AVコーナー」、 利用者を区切る「大きくりっぱなカウンター」など、変わるべきものも数々あります。
大学図書館も変わりだしたようです。

2008年4月22日

コミュニティシンクタンク「moco」誕生

6人の同人と準備を進め、4月からその活動を正式スタートさせたコミュニティシンタンクが次第に姿を現してきました。

コミュニティシンクタンク「moco」と組織の名称を決定し、5月から月2回、第2および第4金曜日夜にギャザリングと名づけた定例会を行います。また、6月22日には「岡崎の再生とは」をテーマに岡崎市竜美丘会館でシンポジウムを開催します。ぜひ、ご参加ください。

「moco=もこ」とは、三河地方の古い方言で「水が地下水道を通って出てくる所」を意味します。地層の豊かな水が溢れでてくるように市民やその豊かな活動と交流してゆきたいと考えます。

また、「moco」はMothership of Community /地域の母体機能を担う拠点として、市民のネットワークを築き、市民と市民、市民と行政や社会との間に立って連携し、協働する中間性触媒組織として活動します。

「moco」とはコミュニティシンクタンクです。その設立の理念は次のように考えています。

「岡崎市では多くの市民活動が活発に行われ、豊かな町であると実感しています。しかし、その多くは具体的な成果が見えなかったり、まちづくりに生かされていなかったり、また、活動そのものが困難な状況に追い込まれています。それは市民にとってはもちろん、行政や企業にとっても不幸なことと言えます。

私たちはこの豊かな市民活動を行政や社会に直結した有意義なものとし、その豊かな活動や柔らかな発想を大切にし、多様で人間的なまちづくりを実現したいと考え、私たち市民が自ら立ち上がり、市民と行政や社会とを真に、有機的につなぐコミュニティシンクタンク「moco」を設立しました。

私たち「moco」は市民や市民活動団体と交流し、支援し、その活動を推進させる触媒的組織、コミュニティシンクタンクです。これまでのような最大公約数としての市民でもなく、地方という画一的視点でまちを俯瞰するのでもなく、一人ひとりの市民の視点から地域の多様な課題を探求し、市民自らその解決する方向性を発見できるよう協働します。

私たちは「岡崎からコミュニティを考える市民グループ」です。社会の課題を地域から発信します。」

2008年4月8日

琵琶湖の小さな島の小学校

「琵琶湖・沖島の滋賀県近江八幡市立沖島小学校に新学期から、開校以来初めて、6年生1人が同市内から転校し、船で通学を始める。同市教委が、児童数が激減した同小に、新年度から通学区域を緩和して転校を認めることにした。船通学の転入生により、8日に始業する同小は、久しぶりに児童数が2ケタを回復した。」(asahicom)


古い環濠の残る豊かな町である滋賀県近江八幡市は宣教師であり建築家であったヴォーリズによる近代建築もまた数多く残されています。また、周辺の豊郷町には近年その保存が期待され大きく取り上げられたヴォーリズ設計の小学校が残されています。


沖島小学校は写真に現れているように木造のすばらしい、堂々とした建築です。松本市の開智学校のような先進的な雰囲気も感じられます。沖島は琵琶湖に浮かぶ小さな島のようですが、こんなところにも当時の教育に対するまちの意欲や先進性が窺われます。

近江地域は古い街並みが残り、また図書館行政もとても豊かで先進的な地域です。ヴォーリズのようなすばらしい宣教師のもたらした新しい文化を受け入れ、またその次に現れる新たな価値に目を開く力を持っていたのではないかと感じられます。社会や地域が豊かであるためには価値を共存させる力、絶えず新たな価値を掘り起こしながら古いものと新たなものを共存させる、想像力と先見性が不可欠です。

先進性とはすべてを解体して、新たな開発することではないのですね。

2008年4月7日

市民によるコミュニティバス

「多くの学校で新学期が始まった7日、東京都東村山市の学校と駅を結ぶ新しいバス路線ができた。地元の酒店の一人息子、山本宏昭さん(44)が9年前、「夢だけで作った」という小さなバス会社「銀河鉄道」の初の独自路線だ。大手会社も苦戦している路線バス事業。それでも自分で思い描いた道の上を走りたいと、自らもハンドルを握る。地域を元気にするという大きな夢も乗せて、発車オーライ。」(asahi com)



多くのまちでコミュニティバスという名のバスが運行され始めていますが、その多くは行政が運行会社に補助金を与えて運行させたり、委託したりすることによるもので大きな違いが明確にはなっていないように感じられます。また、一般の路線バスでも経営が難しいなか、コミュニティバスの企画はどのような方向へ向かうのでしょうか。



この場合のコミュニティとは「地域限定の」、「地域独自の」というような意味を持ったものかもしれません。しかし、既存の路線と競合する部分を避けたり、市役所を発着点にこだわることなどによって本当に必要な部分にバスを走らせることができない事例も多いのではないでしょうか。名前や形だけのコミュニティバスであり、目的は市民の利便性や地域の活性化などを真剣に考えたものとは別のところにあるような気がします。


本来の地域のなかを小さなバスが縫って走るというきめ細かなケースはどれだけあるのでしょうか。



金沢市では観光のための金沢駅と中心地とをつなぐループ状の路線に加えて、地域のための「ふらっとバス」なるコミュニティバスが配備されています。



それは中心地の周辺に3つの環状ルートを持つものであり、それぞれが相互につながりながら、既存の路線とも融合しているように感じられます。病院や美術館、公共施設や市場をつなぎ、さらに地域の商店街の中にまで入ってゆくようです。



また、金沢市では、これらの計画を更に一歩踏み込んだ形で車に依存しない新たな社会システムの試み:パークアンドライドシステムが実践されています。

それは、郊外の自宅から車でコミュニティバス路線までアクセスし、市中心部周辺の所業施設などの駐車場(Kパーク)に駐車し、そこから割安のバス定期によってコミュニティバスを利用できるシステムで、市中心部の交通システムと通勤システムを根本から考えようとする意欲と真摯な姿勢が見えてきます。

そこには規制のバス路線との妥協のなかから生まれるものではなく、そのような既成のシステムなどつくり変えてしまうような新たな交通システムが社会に要求されているのだと感じます。それが真に利便性を与え、経営が困難と言われるバス経営をも再生し、まちに活気をもたらすものとなるのではないでしょうか。