2007年9月3日

中間性媒体としての図書館長

前原の辻氏を訪れて、今回も2つの図書館を訪問しました。
前原市図書館は辻氏が活動して生まれた図書館です。図書館自体はまだまだ、小さく、これから新たな運動を進めてゆくということですが、ここには、参考なるネットワークが作られていました。
公民館を中心に、その一部を市民が借り受ける形で小学校区ごとに文庫が開かれています。地元の活動家が長い間の活動の中で育んできたもの、地域の均衡化のために望まれて生まれたもの、その出発点はそれぞれですが、連絡協議会儀によって、横にも、図書館ともつながれているようです。
その将来は困難な問題も抱えているかもしれませんが、市民の独自の図書館の将来像となる萌芽を感じてきました。
また、伊万里市民図書館、犬塚まゆみ館長にお話を伺ってきました。質問事項をいくつか用意し訪問したのですが、お会いした途端、細かな質問より、犬塚氏ご自身の考えを聞きだそうと方向を改めました。


すばらしい図書館にはこのような、しっかりした考えとそれを語ってくれる館長がいるものです。また、いづれも、訪問者を暖かく迎えてくれます。今回も時間を忘れるくらいに語っていただきましたし、私たちの考えもじっくり聞いていただきました。
彼女はもちろん、伊万里市の市職員です。しかし、言葉の端々には、行政と図書館と市民という独立した図式が感じられました。その言葉通り、今やどこの図書館の悩みである非常勤職員の任期を行政と闘い20年としたそうです。
こうした背景の下、リーダーとして、スタッフに考えさせる余地を残し、スタッフを育てながら図書館運営が行われています。

また、伊万里市民図書館の館長室は貸出カウンターのすぐ横、ガラス張りの部屋になって、誰でも入れるようになっているし、また、全館を身近に見渡せるようになっています。館長室が前線基地のようになっているのです。



しかし、このように闘っている館長は多くはないようです。むしろ、行政を代弁し、職員としての立場を守り、市民と闘っているのが多くの図書館長なのではないでしょうか。

予算を確保する、やりたいことをやる、スタッフの待遇を確保する、、スタッフを育てる、選書を自ら行う、、、、、など。つまり、図書館長もひとつの中間性媒体として、独立した行動をとっているのです。そうした図書館長の下にこそ、本物の図書館は生まれるのだろうと思います。



こうした本物の図書館こそ、まちのさまざまな情報が集まり、拠点となって、まちをつないでゆくのです。
それこそ、図書館。
市民が図書館をつくると言いますが、しかし、図書館長こそが図書館をつくるのです。

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