2007年8月6日

阿久悠の世界/孵化過程

作詞家、阿久悠さんが亡くなられた。5000曲を超える膨大な作詞をされ、昭和を代表する作家の一人と評されています。

「歌は世につれ、世は歌につれ。」と言われる歌謡曲の世界で、社会が渇望する、新しい時代の歌をつくるということに挑戦した作詞家です。いかつい顔にかかわらず、「あなた、お願いよ~」(岩崎宏美のロマンス)などというフレーズがでてくることに大きな違和感を感じたり、「スター誕生」というオーディションで素人同然の応募者にきつい言葉で審査をしていたことを記憶していたり、僕自身の脳裏にも焼きついている作家です。

その「スター誕生」とは、彼が新たな時代を嗅ぎとるためにとった一つの戦略です。一人ひとりの応募者から、新たな歌手を発掘する、選んでゆくことの過程で、自らの価値観を探し求めていたのではないかと思うのです。一人のスターを探し求めるというより、時代の精神、時代の求める方向を探し求める手段ではなかったでしょうか。
「元々、スターの基準があったわけではない。」と彼があるところで述べています。もちろん、そうした基準などあるわけはありません。だからこそ、新たな創造といえるのであり、答えのない、新たな創造を行うために常に試みられる、必要不可欠なものです。

ただ、それは簡単なことではないでしょう。「歌は世につれ、世は歌につれ。」と言われるその言葉に世の作詞家や作曲家はどれだけ苦しめられていることだろう。

しかし、世が従って行くのは何も歌謡曲や流行歌だけのことではない。われらが建築家も自分のイメージが、世を問い、世に従われるものかは非常に苦しむことになる。生みの苦しみとはどの世界にも必ず存在するものなのです。

そうした新たな創造の時に阿久悠の頼ったもの、それは一人ひとりの応募者の姿であり、総計何万という新たな世代の姿であったのだろうと感じます。「スター誕生」とは孵化過程そのものなのではないでしょうか。

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