2007年6月9日

口伝

4月から土曜日はお茶の授業を受けています。茶道というとマニュアルにしたがってお茶をいただくように感じるかもしれません。しかし、神谷先生の指導は畳の十六目に座りなさいと言われるのですが、そこに座っていてもだめを出される時もあり、常にこれでいいのかと自分自身を振り返りながら、所作を意識することになります。さまざまな角度から僕の所作の全体を見て、それぞれ感じたことを指導されます。すべてがこのように行いながら一つ一つ所作とその美意識を学んでゆくことになります。最初は不確かで、迷いもでますが、でも自分自身にあった美しい所作を獲得することができるようです。

これは密教のように口伝によって体得されるものです。少し時間はかかるが、いったん自分のものになったものは失うことはないし、更に進化を遂げることもできるはず。 マニュアルを憶えて、その通りに演じるよりも確実で早いかもしれません。
建築のデザインも口伝によってしか伝わらないものです。わが建築の師、内井昭蔵が設計事務所の組織化をめざしたが、結局はマニュアル化、組織化を排し、彼自身がスタッフと向かい合い、あるいはリーダーとなって言葉を発することによって、僕達は自立しながらもやわらかく建築の何たるかを教えられてきました。

でも、今社会では先にマニュアルをつくることも多い。所作が多くなればマニュアルを増やすことで対応し、間違いがでないように細かに分類することになって、それはつくっている本人でさえ、全貌がわからなくなってしまうのではないでしょうか。そして、利用者のさまざまな姿よりもマニュアルが重視される、そのようにしてつくられ、運営されている町や施設も多いのではないだろうか。

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