2007年6月30日

商店街の憂鬱

商店街の再生ということがどこでも言われていますが、商店街の活性化とは何でしょうか。
かつての小売業とは異なる形態も数多く出てきています。ファーストフード、携帯ショップ、100円均一、コンビニ、それから旅行会社、英会話学校や受験塾、スポーツクラブ、多様化したというより、ニーズやマーケットが変わったというべきではないでしょうか。

コンビニだって、まちをつくる重要な要素です。均等に同じようにではなく、ある意図を持って配置されているし、広場のような駐車場を持っていて、空間的にもまちを特徴づけ、また場所によって扱うもの、扱い方も大きく異なり、マーケットとしても単純なものではなくなっています。コンビニはまちの拠点、広場となっています。

このように考えると、今や商店街ではなくて、商店スポットなのかもしれません。拠点となって、点在し、つながり、ゆるやかに広がっている。まちのネットワークとなっています。縦に一直線につながる商店街ではなく、縦と横とに面的に広がる拠点型の特性を持つ。ここに、多くの機能が集まり、町の拠点が形成されてゆくことでしょう。今どき、身近な買い物だけで用はすまないのではないか、主婦も主夫も多様化し、ボランティア活動に走り回り、生涯学習講座にも出席し、カフェで団欒(団結)し、パソコンのデータをアウトプットもするでしょう。
また、学生たち若者の感覚と言えば、今年の住環境デザインの卒業生、厚海君の卒業制作は古い商店街の再生を目指し、ストリートバスケットやサッカーを行う広場をあちこちに挿入し、学生の通学路となるよう同窓会ギャラリーを付け加えました。それが若い人たちの柔らかな発想です。

まちって線じゃなくて、面なんですね。全国の商店街の元になっている銀座だって、1丁目から8丁目を一直線に歩く人はもういないと思うのです。

パリのパサージュも、イタリアのギャラリアも、日本の商店街もその姿は変わりつつあるのではないでしょうか。それを知っているのは今のところ、もうひとつの柔らかな発想の持ち主であるコンビニと自販機かもしれません。そのコンビニと自販機を描いたウォーキングマップがもうすぐデビューします。

ただ、もう少し根本的な視点から考えると、僕たちはネット販売やTVショップ、通信販売の方を多用しており、その実績や信頼は上っています。また、書籍はアマゾンで買うことも多いし、ジュンク堂や丸善でもネットで注文をし、書店へとりに行くことを常時行っています。古書さえ(古書だからこそと言うべきかもしれませんが)ネットで押さえています。

今や、書店では本を買うことよりも本に親しむことが求められ、公演会や学習講座が行われ、立ち読みならぬ、非購入品を座ってくつろいでコーヒーを飲みながら読むことを許されています。そうすると店舗とは物を売る場所ではないのですね。そこで物を売ろうと思うから、それで売れないから嘆くことになるのではないでしょうか。

商店とは何でしょうか。

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